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7月12日(土) 旧暦6月18日
今朝の翡翠。 六時前に目がさめてしまい(わたしとしてきわめて珍しい)、おお、そうだ、ひさしぶりに仙川の翡翠たちに会いにいこうっておもった。 歩くのはちょっとシンドイので(暑いじゃない)自転車でいくことに。 外に出てみるとたいへん涼しい。 六時前ってこんな感じかって思いながら歩いていくと、すれちがった人たちが「今日は涼しいわね。気持いいね」と話している。 どうやら、いつもはもっと暑いらしい。 ひさしぶりの丸池公園である。 人の姿はまばらである。 仙川に水が戻った。 それが嬉しい。 遠くで太極拳を演舞している20人ほどのひとたちがいる。 気持よさそう。 まず、3羽の翡翠をみつけた。 なんとさい先のいいこと。 何かを咥えている翡翠。 見ていたら水に落とした。 食べられるものではなかったらしい。 こちらは二羽の翡翠。 この翡翠はツガイのようだ。 一羽が飛べば、もう一羽が追いかける。 そして、二羽でこんなふうになかよく。 この翡翠はまだ色が薄いので、幼鳥かもしれない。 それにしてもかわいいな。。 すごく癒やされる。 今日の仙川は、翡翠に声が空に満ちていた。 こんなにあっちこっちで翡翠に声を聞くのは、いままでになかったこと。 (なんか、歓迎されてるなあ……)と、勝手におもっていい気分。 ほかに「ホシゴイ」(五位鷺の幼鳥)や、軽鴨の親子などにも出会った。 途中で自転車おいて、歩き回っていたら一時間以上の朝の散歩となったのだった。 窓の前幹ばかりなる夏木かな 今井つる女(昭和七年) 何の変哲もない句であるが、情景はよくわかる。窓の前に幹が並んでいる。 木の枝が茂っている部分は窓より高い所にあり、窓からは見えない。しかし、窓から見える幹の太さや伸び具合、あたりの陰翳などから、高い所で青々と茂っている枝葉の様子が想像される。 じっさいに窓から木立を見ているような心地にさせられる句である。こういう何気ない写生句を、虚子は大切にしていた。 今井つる女は、先日亡くなられた今井千鶴子さんのお母さまである。 ふらんす堂からは今井千鶴子編・解説今井つる女精選句集『吾亦紅』(ふらんす堂文庫)が出ている。 この編をおねがいしたときに、今井千鶴子さんは口癖のように、 「母はとても美しい人でした」と何度も言っておられたのが印象的だった。 ふらんす堂文庫は口絵に著者の写真を入れているのだが、つる女さんの場合、その写真はすでに若い時のものではない。 しかし、端然とした美しさがある。 この『吾亦紅』には、草間時彦さんが栞文をよせておられる。 今井つる女の印象をこんな風に書かれている。はじめのほうを紹介してみたい 私は何度かつる女さんにお眼にかかっている。お眼にかかるといっても、なにかの会でお姿を見掛けたという程度である。もっとも強い印象が残っているのは鎌倉の近代文学館で鎌倉在住の文人の回想録が開催されていたときである。文学館で展示室を見て廻っていると、ある展示室のショーケースの前に立っていらっしゃるご婦人がいた。虚子の資料を見入っているのである。ご高齢らしいが、和服の背筋がまっすぐで美しい人だった。ああ、つる女さんだと、私はすぐ気付いた。私は遠慮して声を掛けなかったが、その姿は今でも印象深く残っている。 ふと語る昔涼しき泪かな 今井つる女(『吾亦紅』より)
by fragie777
| 2025-07-12 18:52
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Comments(2)
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
シナモンさま
翡翠をまだ見たことがないとは。 やませみを何度もみているとは、それはとても羨ましいです。 いつかやませみを見てみたいと思っております。 (yamaoka)
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