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6月24日(火) 旧暦5月29日
甘草(カンゾウ)の花。 新刊を紹介したい。 執筆者林和清(はやし・かずきよ)さんによる『塚本邦雄の百首』が刊行となった。 23歳で塚本邦雄主宰の「玲瓏」に入会し、塚本に師事をされた歌人による「百首」である。塚本邦雄の著書は膨大であり、短歌もまた膨大である。その短歌より百首を選んでいただき鑑賞と解説をおねがいしたわけであるが、まことに優れた歌人・塚本邦雄への入門書となったのではないだろうか。 どのようなコンセプトでこの一冊が書かれたかということを、まず「塚本邦雄の血のあと」と題した解説の冒頭の部分を紹介することによってはじめたい。 近年、若い世代の塚本邦雄論に触れるたび、そのフラットさに驚かされることが多い。それも仕方がない。「革命歌作詞家」や「馬を洗はば」も晩年の歌も、一列に並べて文庫や全集で読めるのだから、塚本邦雄の実人生とは離れて、歌からさまざまな要素を抽出して論じればよいのだ。フラットになるのも当然であろう。そしてそれは塚本自身が望んだ読まれ方であるとも言える。歌人の名を消してしまい、純粋に歌だけを読まれることが理想だと、塚本はつねづね語っていたからである。 しかし私は思う。塚本邦雄というひとりの人物が存在し、試行錯誤の果てに苦しんで世に問うた作品は、やはりその時々に流した血のあとが見えるものであろうし、時代の中で必然的に生み出されたものに違いないのだ。 今回この百首の鑑賞の中に年譜的な要素を多く取り入れるようにしたのも若い世代にぜひ知ってもらいたいことが多かったからである。「塚本邦雄は一日にしてならず」である。それは塚本邦雄も理解してくれることと思う。 つまりテキストのみを読み解いていくのではなく、テキストの背後の「血のあと」を見据えていこうという読みなのである。 いくつかの鑑賞を紹介しておきたい。(旧漢字表記のものも、ここでは新漢字表記となることをお許しいただきたい。) 暗渠の渦に花揉まれをり識らざればつねに冷えびえと鮮(あたら)しモスクワ 『裝飾樂句』 私が考える塚本邦雄の最高傑作の一つ。二〇二二年二月に開始されたロシアによるウクライナ侵攻の時、真っ先に脳裏に浮かんだのもこの歌だった。この歌が作られてから七〇年経て、今だにモスクワは冷え冷えと理解を拒む存在なのだ。「識らざれば」は見事な要。なまじな見解よりも多面的な暗示力を発揮している。「鮮し」は皮肉を超えて、不安感を醸し出す。 暗渠にもまれる花を、散った桜とする解釈もあるが、私は直感的に、捨てられた花束がバラバラになり見えない渦に蹂躙されているイメージが浮かんだ。 はつなつのゆふべひたひを光らせて保險屋が遠き死を賣りにくる 『日本人靈歌』 『日本人靈歌』には、当時の市井の情景が執拗なまでに描かれていて貴重である。登場する事物の中で、蠅捕リボンや芥子泥湿布、石鹼を積む馬車などはすでに失せた物。市電や銭湯や平和祭などはあるにしても、モチーフとしての在り方がちがっているものだろう。 セールスに来る保険屋も今はほぼ見なくなった。額のてかりは見事な人物描写、遠き死を売るとは生命保険の本質をシニカルに捉えている。初夏の夕べの空気や町のにおいまで感じさせる。保険嫌いだった澁澤龍彥がいち早くこの歌に賛辞を寄せているのも面白い。 馬を洗はば馬のたましひ冱ゆるまで人戀はば人あやむるこころ 『感幻樂』 塚本邦雄生涯の代表作である。この歌の前に三行詩「水にふる雪/火のうへに散る百日紅/わがために死ぬは眉濃き乳兄弟」が置かれている。「おおはるかなる」が狂言小唄からそのまま初句を用いながら、景は近代的であったのに対して、この歌には直接の典拠がないにもかかわらず、世界は極めて中世的である。 夏の季語「馬洗う」の通り、鮮烈な水を逬らせ丹念に馬を洗う男。そこには『葉隠』を思わせる武士道精神がよぎる。かつて三島由紀夫が「馬の薄い皮膚の精緻なスケッチ」と評したように、馬の存在感が際立つ。 春の夜のばかりなる枕頭にあっあかねさす召集令狀 『波瀾』 巻末に置かれたこの歌が巻き起こした衝撃は、今でもはっきりと覚えている。内容も当然だが「あっ」は新仮名の表記であり、絶対に正字正仮名の方針を曲げなかった塚本の新仮名へのニアミスだ、と騒がれた。 塚本没後に開催されたシンポジウムで、菱川善夫がこの歌の正しい読み方を伝授するとして「あっ」のところを会場に響き渡る大音声で会衆の度肝をぬいたことがあった。塚本が新仮名にニアミスしても表現したかった「あっ」を菱川は正しく理解したのだ。これは近い将来、必ず現実に発せられる「あっ」の声なのだ、と。 黑葡萄しづくやみたり敗戰のかの日より幾億のしらつゆ 『魔王』(一九九三) 長年の好敵手・岡井隆が宮中歌会始の選者となり歌集『宮殿』(一九九一)を上梓したことを意識し、塚本は歌の魔王となる道をあえて選択したのだ、という藤原龍一郎の指摘がある。確かに塚本の覚悟が定まったような気迫をこの『魔王』からは感じることができる。 巻頭のこの歌は斎藤茂吉「沈黙のわれに見よとぞ百房の黒き葡萄に雨ふりそそぐ」※ への反歌であろう。茂吉が悲痛な思いで詠んだ雨を「しづくやみたり」という塚本。半世紀幾億の涙が流されても人間は戦争を止めない。この歌の制作時に、湾岸戦争が勃発した。 ※『小園』(一九四九) ふたたび「解説」の一文を紹介しておきたい。 私は思う。大正期、近江に生まれた少年が、身辺にはない文学、音楽、美術、映画あらゆる芸術への身もだえるような憧憬に心焦がれていた日を。その全てを戦争の黒い泥靴が踏みつぶし、自らの存在を全否定された地獄の日々を。そして戦後、生き直そうと文学に命の火を燃やし続けた情熱の歳月を︙︙。 塚本邦雄はやはり真の文学者であったと思う。その人とめぐり逢い師事できたことは、私の人生において無上の幸福であった、とあらためて感謝する次第である。 この一冊をよみとおしたとき、塚本邦雄という表現者がより身近な存在となることは間違いないって思ったyamaokaである。 本書の担当はPさん。 Pさんは、つぎの短歌がその鑑賞もふくめて好きであると。 あはれ知命の命知らざれば束の閒の秋銀箔のごとく滿ちたり 『されど遊星』(一九七五) 知命とは五〇歳。歌の制作時における塚本の実年齢とも一致する。ただその齢になっても自分は天命を知らないという。成句をもじるのは得意の手法だが、ここには塚本の人生観が表れているのかもしれない。 人間は悩みや迷いの果てに熟成し、完成してゆくという一般的な概念を拒み、美のきらめきを見せる一瞬に出会うことを欲し、その刹那的な美に満ち足りる気持ちを尊いものとする、という価値観であろうか。 坂井修一がこの歌を「空中に静止しているような下句」※ と評しているのが印象深い。※『鑑賞・現代短歌七塚本邦雄』 日向灘いまだ知らねど柑橘の花の底なる一抹の金 『豹變』(一九八四) これはわたしの好きな一首。 もっとたくさん紹介したいところであるが、是非本書にふれて塚本邦雄の短歌に親しんでいただきたいです。
by fragie777
| 2025-06-24 19:22
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