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5月12日(月) 旧暦4月15日
山法師の花。 わたしのかつての家の山法師はまだきっと咲いていない。 いつも遅いのである。 山法師のジェンニーは元気かしら。 新刊紹介をしたい。 四六判ソフトカバー装帯あり 230ページ 二句組 掛井広通(かけい・ひろみち)さんの第4句集となる。2013年(平成25)から2025年(令和7)までの句を収録している。本文の構成は、基本的には編年体であるが、章の最初に「父」、最後に「母」の章をおき、句集名の「父母」に対応するような構成である。父がなくなったことから本文ははじまり、母の介護で終わっている。その間に12年間の俳句が収録されており、「父」「母」をふくめて時間の流れも自然なのであると思うが、編集によって読者には読後感として「父」「母」がつよく印象づけられられることになる。 掛井広通さんは昭和38年(1963)生まれ、俳誌「小鹿」「鷹」「沖」を経て、現在「くじら」同人。俳人協会会員。第1句集『二十五歳』、第2句集『孤島』、第3句集『さみしき水』 につぐ句集となる。本句集に、「くじら」の中尾公彦主宰が跋文を寄せている。 中尾主宰は、第1句集から本句集まで丁寧に読み起こし、その代表句を紹介しながら掛井広通さんの美質に迫っている。 抜粋して紹介したい。 別々の五指のさざなみ春の川 水に浸した五指の細かな動きをさざなみと描写したり、冷静に自己をかえりみる眼と対象を凝視する眼の透徹した倫理観を既に併せ持つ。第一句集にして眼を瞠る感受性を持ち、後の活躍の片鱗を思う。 太陽ははるかな孤島鳥渡る 第二句集『孤島』を代表する核となる句で、修練を積み、詩情を見事に開花させた一句である。太陽こそ氏の目指す目標だが、孤独で険しい俳句の道程を想起させる一途な姿勢を思う。平成二十四年には第三句集『さみしき水』を上梓。題名は〈噴水はさみしき水のシュレッダー〉より抜粋。 木枯は海恋ひ人は人を恋ふ 氏の持つナイーブな境地の深みが表現されて、木枯という季語の不安な心と深い寂寥感が伝わる。木枯も七大陸を包む海を恋い、人も刹那と不条理に生きながら人を恋う。〈恋ひ〉〈恋ふ〉のリフレインもこころの襞に響いてくる。 本句集は、「父」という章題からはじまる。 交番に迷子の父や夜の新樹 代筆で父の名を書く若葉冷 に2句が冒頭におかれ、父の状況と作者の関係性がわかるものであり、なかなかショッキングな父の状況が俳句で展開していく。この章は父がなくなりその後の盆まで作品が収録されている。 本句集の担当は、Pさん。 冬の日や父の形に灰豊か 冬うらら手を当ててゆく父の墓 街灼けて動く歩道に流さるる 布団干す午前と午後を裏返し 秋立つて海が一枚ある地球 紙漉の水の表を使ひけり 卓に脱ぐ手套は一指づつ黙す 夏うぐひす空の底ひの声かとも 母老いて涼しき棒となりて立つ 冬の日や父の形に灰豊か お父さまが亡くなり荼毘にふされたときの状況を1句にしたものか。火葬後の遺体に対面した時の状態を1句にするのは、なかなか出来ないもの。灰となった父の遺体をみつつ、その灰を「豊か」と捉えたところに救いがある。灰燼となった父をみつめる作者の目は悲しみをとおりすぎて優しく穏やかだ。読者もこの「父の形に灰豊か」にホッとする。冬の日のやさしい日差しとまだぬくもりのある父の面影をのこす遺灰。十分に介護をしつくしたという作者の思いがあるのか、悲しみよりも安堵感と充足感があることを思わせる1句でもある。この句の前におかれた句は〈冬の日や父焼く煙永久に白〉、後ろの句は〈冬の部屋父は山河となり戻る〉、遙かへと旅立ちつつ父はふたたび作者のこころに遙かなるものとして戻ってきたのである。〈墓洗ふこの辺父の背なるや〉という句もあって、父はいつまでも作者に親しいのだ。 布団干す午前と午後を裏返し 面白い一句である。午前にほした布団を午後になって裏返したのだろうけど、それを「午前と午後を裏返し」と詠んで、意表をついた。およそ午前と午後を裏返すなんてできゃしない。時を支配する神にでもならないかぎり。しかし、布団を干す場合のみはそれがゆるされるのである。理屈っぽくいえば、午前にあたっていた部分を裏側にして、あたらしい面を午後の日に干すっていうことだろうけど、そんな説明なんて、この句には要らない。それほどに明瞭である。一句を読んで、おお、なるほど!って思ったのはきっと私だけじゃないと思う。 紙漉の水の表を使ひけり 「紙漉」が季語である。そして「水の表を使ひ」が意表をつく。この句は、平成31年の俳人協会主催の「俳句大賞」を受賞された句であり、跋文で中尾公彦主宰が、触れている。「切れ字の〈けり〉の利いた一物仕立てである。水の表裏の意外性を解く事にも尽きる。」と。水に表があったとは知らなかった。まあ、水の表面ということばがあるから、あながち無理ではない謂いかもしれないが、この一句は、その表を使うという措辞によって、水に裏があるということを読者に意識させるのである。水の裏ってどこ?と即座に思ってしまうが、水をたっぷり使って表裏をもつ一枚のうすい紙ができあがっていく行程。それを見つめる作者の目が発見した「水の表」だったのだろう。水は「紙漉」にとってとても大切である。その水へのオマージュともとれる一句でもある。 卓に脱ぐ手套は一指づつ黙す 脱いだ手袋をたんねんにみつめた一句である。普通、というかyamaokaの場合は、脱いだ手袋はそのへんに放り投げて、こんな風にみつめたりしない。ぜったいに! 掲句のこのありようは作者の生きる姿勢を物語っている。あるいは自身が脱いだ手袋ではなく、他者が脱いだ手袋であるかもしれない、が、脱いだ手袋をじいっとみつめる作者がいる。一卓にそっと置かれた(あくまでそっとである)手袋はまだ人間の温もりをのこしつつ人間の指から解放されて物としての静けさをとりもどそうとしている。その手袋を愛おしむように見ている作者。しかも一指ずつ見つめるというこの細やかさはどうだろう、なんとも愛されている手袋である。そういえば、わたしの手袋はいつもどっかに行ってしまってへんなところから丸まって発見される。掲句の手袋に限って謂えば、ぜったいそんなことはないって断言できる。 母老いて涼しき棒となりて立つ 最終章の「母」におかれた一句である。わたしもこの一句を読んだとき、ハッとした。「涼しき棒」って、一瞬、お母さまのことを「棒」なんて詠んでいいの、などとおもったりしたが、しかし、一句をもう一度読んでみるとすーっと胸におさまってくるものがある。老いた母であり、〈長閑すぎて母昇りゆくごとくなり〉とも詠んでいる母である。天を希求するかのようにすっくっと棒のように立っている母、それは涼しき姿であり、老いることによって生のしがらみから解放されつつある母だ。そんな母が得た「涼しさ」でもあるのだ。。 校正スタッフの幸香さんは、〈助手席に空の水筒麦の秋〉「とても懐かしい気持ちになりました。」と。 句集『父母』は二〇一三年より現在までの三百三十句を纏めた小生の第四句集です。九年前父を亡くし、現在九十五歳のほぼ寝たきりの母を自宅にて介護。外出は制限され父母の句が自然と多く出来、句集名を「父母(ちちはは)」としました。父母は、デイサービスなどは拒否、二十四時間の介護が必要のため会社を退職。介護福祉士の資格を取得し現在に至っています。母は一年前食事が出来なくなり自宅にて三か月点滴。最後の看取りと思われたが食事が出来るまで快復。ただ要介護三の状態は変わっていません。介護の資格はあるが一人での介護は困難であり、訪問介護、訪問看護、訪問入浴で対応。二週間に一回の往診を受けています。 「あとがき」を紹介。 装釘は、君嶋真理子さん。 「父母」という集名は、装釘をするのがむずかしかった。 その課題を君嶋さんは、樹木の静かな佇まいの風景のなかに表現した。 すべてが落ち着いた配色である。 亡き父を諭してゐたり盆の母 この句集は氏より父への思慕と母への感謝を綴った唯一無二のオマージュである。(中尾公彦/跋) 作者の掛井広通さんより、本句集上梓後の所感をいただいた。 ●感想 (1)本が出来上がってお手元に届いたときのお気持ちはいかがでしたか? 句集名に寄り添うような素敵な装丁に感動しています。 視力も衰え、もの忘れもある母でありますが句集を手に持ち「ちちはは」と口に出して読み、私の俳句であることは分かったようでした。その後すぐに眠ってしまいましたが私としてはそれだけで胸がいっぱいになりました。 (2)この句集に籠めたお気持ちがあればお聞かせ下さい 父の介護に始まり父亡き後の母の介護。父母の句をこれほど多く作った十年はありませんでした。 感謝の気持ちは直接にはなかなか言えませんが句集と言う形で思いが残せ、感慨無量です。 (3)句集を上梓されて、今後の句作への思いなどございましたらお聞かせ下さい。 今後も変わることなく日常を詠み続けていきたいと思います。 駅の灯に一人をこぼす枯野かな 掛井広通 わが住まいにやってきた猫。。。
by fragie777
| 2025-05-12 19:51
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