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4月25日(金) 霜止出苗(しもやみてなえいずる) 旧暦3月28日
![]() 引っ越ししてはじめてコーヒーを入れた。 ブラックで飲みたかったのだけれど、冷蔵庫に賞味期限を数日すぎた牛乳があったので、それをあたためてカフェオレにしてのんだ。 朝のコーヒーって久しぶりだなあって思いながら。 すこし気持ちにゆとりができてきたのかもしれない。 荷ほどきをしてない段ボールはあいかわらず目の前にあるけれど。 部屋が整いましたら、お呼びしますわね。 っていうのはホンノ冗談。。 新刊紹介をしたい。 本書は、俳句集ではなく、川柳句集である。 著者の西田雅子(にしだ・まさこ)さんは、東京うまれで、京都、神戸で暮らされこの度東京にもどられたようである。2003年に新聞の川柳欄に投句をはじめられ、坂根寛哉に師事。「川柳黎明舎」「現代川柳琳琅」を経て、現在は、川柳を中心にことばの魅力をwebで楽しむ会「ゆに」の副代表をつとめる。本句集は、第1句集『ペルソナの塔』につぐ第2句集。 俳句に接する機会はおおいが、川柳の作品に接する機会は多くはない。 作家によって、川柳の世界も多彩であると思う。 わたしは本句集『そらいろの空』を拝読して、川柳というものにすこしでも近づきたいと思う。 担当のPさんは、「とても面白かった」と言っていた。 そのPさんのすきな句をまず紹介したいと思う。 木洩れ日で洗う五月の裏側も 水鳥は哀しみ畳むように降り コーヒーに砂糖一杯秋二杯 月光の銀を注ぎ足し育つ森 まばたきをするたび増えてゆくキャベツ ふくろうの森 ふくらんでゆく時間 一行の月光 一枚の夜明け 冷蔵庫の寝息、読点の羽音 うっすらと生春巻きに透ける声帯 雑貨屋まで少女夕陽を転がして スプーンの背中を降りてくる真冬 特別にむずかしい言葉は用いておられないが、不思議な世界がひろがっていく。 どの言葉もある意味日常の顔をしているのだが、その言葉が定型のなかで組み立てられたときに非日常の世界がひろがっていく、 言葉のとりあわせの魔術によって、世界がリトマス試験紙のように変化するのである。 自在にたのしく言葉とあそぶ、それもまた川柳のなのかも。 木洩れ日で洗う五月の裏側も この句は、「木洩れ日で洗う五月」まではイメージの連携としてキャッチできる。緑こき新緑の季節がはじまる五月。五月の木洩れ日はことさらに印象づけられる。この句の面白さは、「五月」には「裏側」があったことを読者に気づかせることである。「裏側も」までの叙し方があまりにも無理がないので、「裏側」が読者を驚かせながらも、胸におさまるのである。季節感をたもちながらも、われわれの認識している世界には無意識の領域があることを呼び込んではっとさせる。それをいかに無理なく読者になっとくさせるかが、川柳の面白さの一つであろうか。 冷蔵庫の寝息、読点の羽音 この句もおもしろい。「冷蔵庫の寝息」はまあ、分かる。夜の冷蔵庫がたてている静かな音を「寝息」ととらえた。ここまでは誰でも言い得る。が、「読点の羽音」が組み合わされている。共通するものは、かすかな「音」か、しかし、読点に音があったか。しかもこの句「読点」が句の中心に置かれている。その一呼吸を羽音のようにとらえたのか。この句の面白さは分析することより、「冷蔵庫の寝息」と「読点の羽音」にある「、」によって、どちらも独立を保ちながら微かな音として響き合っているのである。ない音であるはずの「読点」にひそやかな羽音がきこえて来る。この句に「、」がなかったら、おそらく音は引き出されなかっただろう。「読点」に「羽音」があるなんて、すごくいい。 うっすらと生春巻きに透ける声帯 わたしもこの1句には立ち止まった。なんといっても「声帯」が1句の世界を変容させている。「声」だったらまあわかるけど、「声帯」が1句を屈折させて印象づける。不気味でさえある。「声帯」は人体に発生装置である、喉仏をもった人体の一部が生春巻きとともに読者に記憶される。しかし、それは「うっすらと」「生春巻きに透け」ているのだそうである。「生春巻き」と「声帯」、その取合わせの飛躍度もおもしろい。生春巻きをたべている人間の肉体を声帯で呼び起こしているのか。 暗喩のような暮色のような椅子ひとつ これはわたしが好きな1句。実はいま椅子をさがしている。私事で恐縮だが、引っ越しをした際に、家を購入してくれた方が食卓テーブルと椅子をそのまま使ってくださるというので、そのまま置いてきたのである。よってわたしの今の家にはバランスボールと踏み台のような小さな椅子があるのみで、大人を座らせる椅子はない。基本、椅子はたくさん置かずともとおもっているのだが、二脚くらいは必要かとインターネット上でさがしている。が、なかなか良き椅子にめぐりあわない。高級なものを求めてはいないので、そこそこの値段でと思っているのだが、気持ちにグッとくるのがない。そしてこの句に出会った。う~~む。いいなあ。「暮色のような椅子」はすでに若くない私には、ぴったりだと思う。わたしを充分にくつろがせてくれる。こんな椅子をさがしたい。が、この1句「暮色」のみにあらず、「暗喩のような」という措辞がつくのである。暮色だけではなく、さらに椅子はそこはかとない何かをまとっている。さらに素敵ではないか。こういう椅子にたどりつくのは、なかなか困難であるが、やる気をおこさせるとも。 体内に月の木のある部屋ひとつ 著者の西田さんが、自選十句にいれておられる句である。「月の木のある部屋ひとつ」はシュールにしてメルヘンチックな世界へと導いていく。が、「体内に」が、なんといったらいいのだろうか、読者をすこし居心地わるくさせないだろうか。いや、体のなかにそんな部屋があったら、面白いかもと思う読者もいるか。なにゆえ体内なのか。そして「月の木」とは、月に生えている木、月に照らされた木、いずれにしても、日常からはおおいに飛躍している。しかし、こう1句にして目の前におかれると、体内のなかをのぞきこんで月の木のある部屋を訪れてみたいと思ってしまう。この1句の魅力は、「月の木」の不思議さである。この静けさがいい。わたしの体内にも欲しい部屋かも。 校正スタッフの幸香さんは、〈ぞろぞろと正門を出る桜の木〉をあげて、「とても晴れやかです、胸を張っていそうです。」と。 みおさんは、〈ペン先でつつくまだやわらかい月〉「春のおぼろ月などは、確かに水分をふくんでやわらかそうだなと思います。川柳ってあんまり読んだことがなかったのですが、面白いですね。」 子どもの頃、正月の晴れた日に、よく凧揚げをした。父にコツを教えてもらいながらだったが、風に乗せて、高く上げることがなかなかできない。半ば、あきらめかけたとき、グイッと手応え。一瞬、凧に引っ張られたかと思うと、凧がスルスルと空高く舞い上がっていった。見上げた空は、ピーンと張られた真っ青な一枚の布のよう。その空を気持ちよさそうに凧が泳いでいる。凧が空に上がる瞬間のあの「グイッ」は、まるで空が凧を引っ張り上げてくれたような感覚だった。 川柳と出合ったのは、関東から京都に移って少し経った二十数年前。ある日、新聞の文芸欄を見ていると、川柳と目が合った、と思った。子どもの頃、空が凧を引っ張り上げてくれたあのグイッという手応えと同じ感覚。川柳に引っ張り上げられたような感覚である。川柳に「遊びにおいでよ。」と誘われたような…。それ以来、五七五の向こうに広がるもう一つの世界を行ったり来たりしている。 「あとがき」を紹介した。 装釘は君嶋真理子さん。 著者の西田雅子さんの明確なご希望に十全に応えてもらった装釘になったのではないだろうか。 ややあたたかなブルーがテーマカラーである。 タイトルは銀箔。 装画の縁取りも銀箔である。 こまやかな銀箔押し。 美しく上品である。 扉は淡いピンクの光沢ある用紙。 待ち針で留めておくそらいろの空 『そらいろの空』は、十一年前のフォト句集『ペルソナの塔』に次ぐ第二句集である。この句集ができあがる頃には、住まいを関西から生まれ育った東京に移している。川柳と共にあった京都、神戸での暮らしの節目の句集でもある。(あとがき) 句集上梓の所感をうかがった。 ◆本ができあがってお手元に届いたときのお気持ちはいかがでしたか。 段ボールを開けたとき、句集の表紙のみずいろと線描の銀色がキラキラ輝いて、イメージしていた以上に美しい装幀でした。手に取ると、ずっしり重く、思いを形にしていただいたような句集です。できあがるまでは、どのように読まれるか気になっていましたが、完成された句集を目の前にして、どう読まれてもいいという開き直りというか、覚悟ができました。身の引き締まる思いです。 ◆この川柳句集に籠めたお気持ちがあればお聞かせください。 第一句集のあと、いつかもう一冊句集を作りたいとずっと思っていました。東京への引越しを機会に、京都で出合った川柳との10余年をまとめて、次へのステップになればと、思い切って句集をつくることにしました。 ◆ご本を上梓されて、今後の作句活動への思いなどございましたらお聞かせください。 わたしらしさを残しつつ、漠然とですが、常にアップデートできればと思います。 わたしらしく、あたらしく!です。 ◆今後の作句への思いをお聞かせください。 俳句の句会に何度か参加させていただいています。俳句と川柳の違いはあまりないように思いますが、俳句における季語の存在感はやはり大きいです。季語へのリスペク トというか、その季語の持つ背景や歴史の上に個人の思いや記憶が重ねられて、深い一句が生まれるのだと思います。句の読みのアプローチも俳句と川柳とは多少ちがうように思いますが、俳句の句会では、それらを含めたくさん刺激をいただきながら、楽しく参加させていただいています。 ことばとことばの飛躍をたのしみながら、自由に遊びつつ、あたらしい世界の手触りをよびおこす川柳。 たのしそうでありながら、いやいや、奥ははてしなく深そうである。 そんな印象をもちつつ、言葉によって立ち上がる世界に刺激をもらいつつ拝読したのだった。 木の中の木が水色になり立夏 西田雅子
by fragie777
| 2025-04-25 18:52
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