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4月9日(水) 鴻雁北(こうがんかえる) 旧暦3月12日
仙川の翡翠。 手前が♀、左が♂かと。 水涸れとなった仙川であるが、こうして翡翠たちは元気だ。 新刊紹介をしたい。 四六判ソフトカバー装帯有り(かがり製本・天アンカット・栞紐つき) 著者の高橋修宏(たかはし・のぶひろ)さんは、1955年東京生まれ、富山市在住。1997年に鈴木六林男に師事。「花曜」に入会。「西東三鬼賞」「花曜賞」「現代俳句評論賞」ほかたくさんの受賞歴がある。2006年「光芒」創刊に参加。(2008年終刊まで編集人)。2010年俳誌「五七五」創刊。既刊句集に『夷狄』『蜜楼』『虚器』の3冊、評論集に『真昼の花火 現代俳句論集』。2023年にふらんす堂より『鈴木六林男の百句』を刊行。詩集に『水の中の羊』など5冊。共著『新現代俳句の最前線』ほか。 俳誌「五七五」編集発行人。「豈」同人。現代俳句協会評議員、日本現代詩人会会員。 本著は、20余年間にわたる鈴木六林男についての論考を一冊まとめたものである。 20年以上とは、いやはや、長い年月である。 わたしは本著をどのように紹介しようか、本書にこめられた著者の思いをどれほどくみ取れるのだろうか。 渾身の一冊。 まさにそのような重さを本著に感じている。 井口時男さんの帯文を紹介しておきたい。 鈴木六林男は戦場の砲弾の破片を体内に留めたまま「戦後」を生きた。その静謐な抒情、苛烈なリアリズムと社会批判、そして独自の「群作」と「季語情況論」―戦後俳句に鋭い異和として屹立しつづけた六林男俳句の可能性が、あらたな「戦前」かもしれぬ現在にあざやかに立ち上がる。 本著について的確にのべられた一文であるが、そもそもここでいう「戦後俳句」とは、どういう意味なのだろうか。 いろいろと調べたところかなりの多義性がある。わたしはこんな風にいま「戦後俳句」を考えたい。 つまり、「太平洋戦争」を経たうえで、それを意識しつつ戦後に詠まれた俳句、簡単すぎるきらいがあるが、このように定義をしてみたい。 そういう文脈からいっての、井口さんの帯文における、鈴木六林男の「鋭い異和」ということだろう。 その異和をうらづけるものとしての「群作」であり、「季語状況論」なのであると。 わたしは本著をよんで、この「異和」という言葉にとらえられた。 「いわ」を辞書でひくと「違和」は出て来るが、「異和」にはたどりつけなかった。 しかし、著者の高橋修宏さんは、鈴木六林男の戦後俳句にたいする向き合い方を「異和」ということばにたくしている。「違和」ではなく、「異和」なのである。 高橋修宏さんは、「後記にかえて」でこのように記す。 六林男を戦争俳句という範疇において、その評価を定説化しようとすると、はみ出してしまうものがある。あるいは、戦後の社会性俳句という状況において捉え返そうとすると、やはり違和感の方が優ってしまう。そんな六林男評価に付きまとう〈余剰〉や〈異和〉を、彼自身の句作行為の単独性として取り出してみること、そして〈戦後俳句〉と呼ばれるひとつの可能性の中心として考えてみることが、本書全体を通底するテーマであった。 これはわたしの「異和」をめぐる勝手な思い込みであるかもしれないが、「異和」とは、「違和」が単に「他とあわない、調和しない」という表面的な現象であるとすれば、「異和」はその違和感がもっと内在化されたもので、その存在のずれから発した違和感とでもいうべきものなのだろうかと。 その鈴木六林男の戦後俳句における「異和」をめぐる巡る考察が、本書の骨子なのかと。、 あまりうまく言い得ているかわからないが。 暗闇の眼玉濡さず泳ぐなり 『谷間の旗』 六林男の第二句集『谷間の旗』(一九五五年)に収められた代表句のひとつである。この〈眼玉〉のみがクローズアップされた特異な一句をめぐっては、これまで作者の戦場体験や戦後における社会情況を背景として、次のような読みが試みられてきた。 「この眼玉は、周囲の状況も方向も定かでない暗闇の中でも、自分を見失わず、何ものかを見定めようとして大きく見開かれた眼玉である」。さらに評者の川名大は、「敗戦後の政治的にも、文化的にも混乱した「暗闇」の社会状況の下で作られたが、何ものにも依存せず、自分を見失わずにそうした社会に向き合っていこうとする意志的な生き方がモチーフになっている。」(川名大『現代俳句 上』二〇〇一年)と続ける。たしかに、戦後という時代的・社会的文脈に則した説得力のある読解と思える。だが同時に、この一句に秘められた可能性は、このようなコンテクストをはみ出してしまう、どこか不穏なイメージを宿しているように感じるのだ。 本書のタイトルとなった一句についてである。「不穏なイメージ」まさにそのような気配が濃厚である。以下、つぎのような文章がつづいていく。 ところで、〈眼玉〉とは、言うまでもなく人間の視覚を司る根本となる器官であるが、それ自体が俳句表現においてモチーフの中心となったことはあっただろうか。ここで六林男自身に限ってみれば、第一句集『荒天』(一九四九年)の中に次のような一句を認めることができる。 負傷者のしづかなる眼に夏の河 この一句をめぐって、かつて六林男自身から「何で、しづかなるなのか、解るか」と直接問われたことがある。筆者が逡巡していると、「もうすぐ死んでゆくことを、すでに本人も解っているからなんや」と六林男は語った。おそらく作者にとって〈眼玉〉というモチーフは、戦場という極限的な情況の中で出会ったものであるのかもしれない。たしかに六林男は、このような極限的な情況ゆえに、そのモチーフにひそむ動物的とも本能的とも呼べる本質を発見しえたのであろう。そして、更に人間存在をめぐる普遍性を帯びたもの自体として、〈眼玉〉というモチーフを戦後という時間の中に召喚したのではなかったのか。 本書を読みながら、わたしはこの「異和」という言葉の意味を敷衍して、戦争で生きてしまったものの「異和」つまり、自身がそこにあってはならないような居心地の悪さやそこはかとない恥じらいを、外部への批評・批判のみならず自身へむけた批判のベクトルも意味するものとして思う。 戦争で死にゆくものの「眼」を見てしまった「眼玉」は、決して閉ざされることなく開かれつづけるのだとも。 勝手なことをかいてしまったが、いずれにしても鈴木六林男の「異和」や「余情」の繊細さに出会うために、心をとぎすませながら読んで欲しい一冊である。 本書の装丁は、伊藤久恵さん。 装画については、担当のyamaokaの提案である。 本書のタイトルをうかがったときに、すぐにルドンの目玉の絵がうかんだ。 それをブックデザイナーの伊藤さんがよき形にしてくださった。 ルドンのこの絵には、 《『エドガー・ポーに』1、眼は奇妙な気球のように無限に向かう〉 とある。 扉。 スピンは黒。 巻末には、高橋修宏さんによる鈴木六林男百二十句が収録されている。 鈴木六林男への入門書としてもおすすめしたい一冊である。 オイディプスの眼玉がここに煮こごれる 言うまでもなく「オイディプス」とは、ギリシャ悲劇に登場するテーバイ王の名前だ。神託の通りに実の母と交わり、その後に自らの罪悪感に苛まれ、己れの両眼を刺し、盲目となってテバイから追放されてしまう王である。この作品の「オイディプスの眼玉」とは、作者自身の〈眼玉〉なのだろうか。それは、見てはならない禁忌さえ見てしまった〈眼玉〉なのか。それにしても、何故オイディプスなのか。この異貌の一句をめぐって疑問は尽きないが、「ここに煮こごれる」という結句には、六林男の晩年に及ぶ断念とも呼べるものが透けて見えはしないだろうか。 ともあれ、どこか知的にも見える句の構成とは裏腹に、ここには近代主義的なヒューマニズムの論理では括りきることのできない、原初的な〈眼玉〉の孕むラディカリズムが脈動している気がしてならない。 本書の魅力のひとつに、いろいろな文章の引用がちりばめられているのであるが、その引用が著者の精神を育んできた豊かさを語りつつ、この評論の世界をさらに豊穣なものにしている。 ゴダールの映画ではないが、引用にふれるよろこびがある評論集である。 10日の夕方、つまりさきほど、高橋修宏さんからお電話をいただいた。 所感の宿題におこたえいただくために。 以下にご紹介します。 高橋修宏さん。 所感。 鈴木六林男について一段落したので、自身の俳句をみつめなおして次の句集刊行へとつなげていきたです。 目下、第6詩集の刊行を思潮社から予定しており、こちらは夏頃の出来上がりを目指しています。 詩集名は「echo island」。かつて籍をおいたハワイ大学の大学院での考古学、人類学への学びの経験をもとに、そこでつちかわれたものが土台となっています。「echo」は、「エコー」のことであり、それは「死者のこえ」なんです。その「死者」とは人間にかぎらず、動物をもふくめたものの声であり、その声がみちている島という意味です。 今回の評論にしてもこの詩集にしても、わたしの場合、出会ったひとへの「返礼」という意味があるのです。評論は、鈴木六林男への返礼であり、詩集はハワイで学んだ時に出会った方への返礼なんです。
by fragie777
| 2025-04-09 19:32
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