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3月28日(金) 旧暦2月29日
しでこぶしの花。 小さな木であったが、花は一つ一つ大きかった。 仙川の桜も咲き揃いはじめた。 まだ、じっくり見る時間もないので、 ちょっと待って! という気持ちである。 しかし、桜は待ってくれない。 砂のように日々が流れ去って行く。 わたしたちの地上の日々は陰にすぎないのだ。 ヨブの言葉がいっしゅん胸をよぎる。 新刊紹介をしたい。 四六判ソフトカバー(グラシン巻)装小口折表紙帯有り 166頁 2句組。 俳人・彌榮浩樹(みえ・こうき)さんの第2句集である。第1句集『鶏』 から15年を経ての第2句集の上梓となった。彌榮浩樹さんは、1965年鹿児島生まれ、京都市在住。1998年「銀化」創刊同人。2011年「1%の俳句―一挙性・露呈性・写生」で第54回群像新人賞受賞。「銀化」同人。 読者は、本句集のタイトルにまずおどろく。「なんじゃ、これは!」って。そうなれば、著者にとってまずしめたものである。 「あとがき」に彌榮浩樹さんは、こう書く。 収めた三百句は、どれも〈生活の俳句化〉の積み重ねから生まれてきたものです。日常生活で出会う凡事が有季定型のかたちに(無理矢理)嵌め込まれることで、「なんじゃこりゃ?」と居心地悪い感触を纏う不思議なイメージとして立ち現われる。これが僕にとっての俳句 です。慧眼の皆さんに、多様に読み解き、多彩に楽しんでいただきたい、と願っています。 収録されている作品についてもまた、「なんじゃこりゃ?」と思いながら、楽しみながら読み解いて欲しいと彌榮浩樹さんは思っておられるのだ。 有季定型と季語という約束事をまもりながら、しかも日常からうまれた言葉でありながら、日常を大きく飛躍、あるいは逸脱(?)する、その景のイメージを自由に楽しんで欲しいということだろうか。 肉の火曜日いなづまの水曜日 自選の一句である。この句をまえにして「なにゆえか」と問うことはおおいにゆるされているのである。しかし、作者の方ではその問いに対する解答は用意していないだろう。まず、ヒエーって言って一句に立ち止まらせる。それがネライ化も知れない。事実わたしも立ち止まった。あれこれあれこれ、ぐるぐると肉といなづまと曜日が頭をめぐる。じゃ、月曜は?などとも考えてもみたくなる。しかし、追求しても追求しなくてもよろしいのだ。 本句集の担当は、Pさん。 春筍を抱いてめがねの曇りをり 鷹鳩と化す総総(ふさふさ)の粉チーズ 握手して燃え上がるひと芽吹山 春嶺にひとり頭(つむり)のとがりをり 花柄の浮き輪の中のむすこかな 猟期来る何百色の黄の中に はなおぼろ黒猫いろのパスタ巻き からすより黒き声にて入学す こうしてPさんの選んだ句をみていると、わたしが付箋をつけた句とだいぶちがう。 わたしはどちらかというと、彌榮さんの自選句と重なることが多かった。 花柄の浮き輪の中のむすこかな この句はわたしも立ち止まった一句である。一見とてもわかりやすい句である。しかし、この句「むすこかな」で、おおそうきたかって思った。たとえば、「子どもかな」とか、「男の子」とか、「男子かな」だったらよくある詠みであるが、臆面もなく「むすこかな」と作者と作中人物の関係性を露わにしているところが、ええっ!って思ってしまったのだ。なかなか、俳句で「むすこかな」はないんじゃないかって。いやわたしが知らないだけなんだろうか。そういう措辞はよくあるのか。花柄の浮き輪にふちどられた幼い息子をちょっと面白がってみている作者がいる。いま、きづいたのけど、ほかにも〈いるか似の息子とふたり牡丹雪〉という句があって、ここにも息子さんが登場していたのだった。この「息子」は、掲句の「むすこ」よりも自然にこころにおさまるのだけれど、どうしてだろう。「むすこ+かな」という叙法ゆえだろうか。 はなおぼろ黒猫いろのパスタ巻き 「黒猫いろのパスタ」って、とわたしはPさんに聞いた。「イカスミのパスタのことでしょう」とPさん。「ああ、そういうことね」「わたしはそのように理解しましたけど」とPさん。「イカスミ」ではなく「黒猫いろ」と変換されることによってやや、獣の匂いを帯びて強烈感がます。イカスミがべつのモノに変容して、それは「黒猫いろ」と表記されたことによってまったく異質感を呼び寄せたのである。花おぼろのゆったりとした時間であっても、どこかまがまだしさを感じさせるような、落ちつかなさがある。わたしはイカスミのパスタを食するとき、「黒猫いろ」とは思いたくないな。彌榮さんは、きっとそれでいいのさって思っておられると思うけど。 全員が剣道部員かきつばた 彌榮さんが自選句にあげておられる一句だが、わたしの好きな句である。これは「かきつばた」の季語が剣道部員とよく響き合っていて好き。剣道という武術スタイルの姿勢のよろしさとかきつばたという古格を感じさせる花の佇まいがいい。さらには、たくさんの剣道部員の数とも張り合えるような燕子花の品格。少年剣道部員たちに一本の燕子花がすらりを佇っている。そんな感じだ。しかし、彌榮さんののぞむように鑑賞するには、すこし当たり前すぎるかもしれないな。 答案の∴ ∴ を青嵐 この「∴ ∴」を印刷ミスだとおもって、おもわずPさんに聞いてしまった。そうしたら、そうではなくてちゃんとした用語であるという。知っている人はいるはずとも。「∴」なんと読むかわかりますか。「∴ ∴」で、「ゆえにゆえに」と読むのだそうである。俳句の編集をしていてはじめて知った言葉である。調べたところ、数学用語で「∴」は「ゆえに」「したがって」という意味で、それまでの議論の展開から得られる結論を述べるために使われます。と。まさに「ヒエー、なんじゃこりゃ」である。この句のむこうにいたずらっぽく笑う彌榮さんの顔がある。 さまざまな音の落葉を拾ひけり この句も好きな一句である。しかし、彌榮さんの句としては素直すぎるかも、なんて思っていたら、彌榮さん自選句に選んでおられた。この一句によって「落葉」にはさまざまな色だけでなく、「さまざまな音」があることを知らされた。すべての落葉が立てる音はすべて異なるのだ。その落葉がたてる音の世界にいて、その音を楽しみながら落葉を拾っていくのだ。落葉がたてる音の世界、わたしもしばし耳をすましてみたい。 校正スタッフのみおさんは、「〈雨の蜜豆法隆寺も雨か〉が好きです。蜜豆のシンプルさがなんとなく法隆寺らしいような…」と。法隆寺の蜜豆ってひと味ちがいそうかもってわたしも思った。
第一句集に響き合うような装幀を希望されました。すみずみまで彌榮さんのこだわりがつまった句集です。 とスタッフのPさん。
装釘は第一句集とおなじ君嶋真理子さん。 ![]() 装画もユーモラスである。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 小口折表紙にグラシン巻のカバー掛けは、なつかしい造本である、 わたしの好きな蔵本だ。 見返しは、レモン色に。 ![]() 表紙はグリーン系。 ![]() 扉。 ![]() ![]() 第二句集『トリガー・ハニー 銃爪蜂蜜』を上梓します。二〇一〇年の『鶏』から、社会的にも個人的にも激動・激変の十五年間でしたが、中原道夫先生・「銀化」の仲間たち・句会や研究会を共にする皆さん等に、様々な刺激を頂きながら、俳句づくりを続けて来られたのは、幸せ、というしかありません。有り難うございます。(あとがき」 さて、「トリガー・ハニー 銃爪蜂蜜」について、彌榮浩樹さんは、「あとがき」にこう書いておられる。 なお、謎めいた句集名(句集中に〈解〉はあります)の「トリガー」は、通常「引金」とするところを「銃爪」と表記していますが、「ザ・ベストテン」世代の皆さまには首肯していただけるのでは、と信じています。 この「あとがき」も、なんじゃこりゃって思われた方もおありだとおもうが、それが彌榮さんのネライです。句集への遊びこころがこのタイトルにも託されているのです。 (句集中に〈解〉はあります)という彌榮さんの言葉に担当のPさんは、結局わからずに尋ねたところ、教えてもらったということである。わたしもさっき教えてもらって「そうくるのか」とおもったのだけど、ここでは内緒です。 また、もうひとつの「銃爪」の読みについては、わたしは分かったのである。なんせ「ザ・ベストテン」世代なので。 じつは、SらMのりさんとは、年齢もちかく同じ誕生日なのね。(←関係ないか) いろろと答えのわかった方は、是非に彌榮浩樹さんに句集のご感想といっしょに送ってくださいませ。 本句集の上梓について、お気持ちをうかがった。 (1)本が出来上がってお手元に届いたときのお気持ちはいかがでしたか? 五十代ぎりぎりに第二句集を纏めることができ、安堵しました。十五年の間隔は長すぎた気はしますが、(結果的に)第一句集とも雰囲気が通い合う素敵な装丁の一冊になった、と感激しています。 (2)この句集に籠めたお気持ちがあればお聞かせ下さい 俳句とは、(因習的な伝統芸能などではなく)先鋭的な文藝形式(の一つ)だと僕は思っています。ごくごくささやかではありますが、最先端の世界文学の一つの作品として、変梃な句の詰まった一冊を送り出せたことには、仄かな達成感があります。あ とは、(ほんの数人かもしれませんが)同じような思い・期待・慄きを俳句という文藝に抱いている読者の手元にこの句集が届き、刺激を与えたり楽しんでもらえたりすることができる、そんな僥倖を祈るばかりです。 (3)句集を上梓されて、今後の句作への思いなどございましたらお聞かせ下さい。 生きている間に、できればあと二冊、句集を出したいと思っています。第三句集に向けて少しずつ作品を書き溜めている日々が続きます。 彌榮浩樹さま すでに第3句集へむけて、俳句を書き溜めておられるとのこと、楽しみです。 さらにわたしたちを楽しく驚かせてくださいませ。 ふたたびのご縁をいただけますように。 春の蟻初めから付き合つてゐる 彌榮浩樹 ![]() 可憐な一木のシデコブシであるが、花は大きくて存在感があった。
by fragie777
| 2025-03-28 18:22
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