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3月25日(火) 桜始開(さくらはじめてひらく) 旧暦2月26日
山茱萸をついばむ鵯。 木の実を食べる鶫。 見られるのはこの日が最後かもしれない。 さっそくであるが新刊紹介をしたい。 四六判ソフトカバー装 176頁 4句組 本句集は、「諷詠」に所属する「東京諷詠会」の方たちの合同句集である。合同句集としては三冊目にあたる。『井の頭公園』(1983・中央公論刊)、『武蔵野』(2004・ふらんす堂刊)につぐものである。本句集には、「諷詠」に和田華凜主宰が序句と序文を寄せておられる。 参加者は27名、各20句を収録している。 まずは和田華凜主宰の序句、序文を紹介しておきたい。 ここには「諷詠」の心がある。万物を愛おしむ心が。東京の各所を吟行し、自然に触れ、人に触れ、一会の奇跡から生まれた十七音のさまざまな詩がある。 東京諷詠会の皆さまの中に脈々と流れる「諷詠」の美しい詩魂がこの「合同句集」となった。天界の先師先人へ届ける虹の橋が七井橋から空へと架かるのが見えた。 天界へ七井橋より虹立ちぬ 華凜 参加されている方々の句を一句づつ、紹介しておきたい。 タイトルにされている句を中心に。 見上げれば白木蓮の来迎図 井狩たかし 手花火や時甦り流れつつ 石橋直子 美しき山河に亡者踊かな 岩田雪枝 吾を包む空より地より花吹雪 金田志津枝 菖蒲風呂あがりし子より菖蒲の香 河瀬正子 江戸の代と同じ夕風桜草 喜多真王 樗咲く想ひ出花の数ほども 黒田泰子 万葉の色に醍醐の花衣 小菅唯介 天の川流れ落ちたり槍ヶ岳 齊藤正志 初心とは真白な心松の花 佐藤恵美子 猫抱いて長閑よのどか長閑なり 下谷和子 紫は寒に耐ふ色寒すみれ 末永美代 悲しみをりんごの花に預け笑む 中松育子 花人となる花人を待つために 永嶋千恵子 天守閣よりハンカチの白を振る 長屋きみ子 八月や母の形見に父のもの 西井千づ 亡き夫の声の聞きたし鬼やらひ 根本晴美 食卓に小さき幸せさくらんぼ 花谷 文 いつ切るかメロンに尋ね掛けてをり 平井ひさ子 いなせなる神田祭の皆の衆 前田たか子 切山椒色の濃ゆきも浅草寺 溝口恭子 手古奈池入江の名残り芦の花 三橋粂子 花野風夕日色へと移りゆく 宮川建子 須磨恋しふたたび須磨に花灯籠 村岡公子 目刺焼き我が人生は豊かなり 吉田 隆 ふるさとの瀬音うつくし雨蛍 吉田るり 花林檎遠くにかすむ岩手山 𠮷永友子 本句集の装釘は君嶋真理子さん。 淡紫が基本カラーである。 タイトルは金箔押し。 昭和三十七年七月十二日に僅か六名の参集で「東京諷詠小集」として始められた東京諷詠会。会の発足から六十有余年となりました。江川虹村、嶋田峰生、中山一沖、竹中弘明、金田志津枝と世話役を担当され、令和二年より岩田雪枝が引き継ぎ現在に至っています。 その間、昭和四十一年には「横浜諷詠会」四十二年には「東京探勝会」、さらに「かりがね会」を加え、東京諷詠会を母体として四つの公開句会を有し現在に続いています。毎月の定例句会には投句も含めて十五名程の参加を得ています。 句集名「七井橋」は句集刊行委員会で話し合い決定いたしました。井の頭池には湧水がいくつもあったことから「七井の池」とも呼ばれていました。池の中央にかかる橋が「七井橋」です。『井の頭公園』『武蔵野』に続く第三句集として相応しい題名となったのではないかと思っております。 また、華凜先生には、句集刊行への励ましのお言葉より始まり、素晴らしい序文と序句を頂き心より感謝申し上げます。 この一集を会員のこれからの糧としてまた支えとして更に励んでいきたいと思います。『七井橋』が今は亡き夜半先生、比奈夫先生、立夫先生、そして華凜先生と私たちを繋ぐ虹の橋として輝き続けることを願って。 岩田雪枝さんによる「あとがき」を抜粋して紹介した。 「七井橋」については、わたしもよく井の頭公園に行くが、あの橋が「七井橋」であることをあらためて知った。 岩田雪枝さんより、出来上がりのご感想をいただいた。 立派な句集になりました。何度も読み返しました。 七井橋に相応しい素敵な句集となり感謝しております。 会員のみなさんからも、喜びの声が届いています。 お送りした方々からいただいたお手紙のなかより一部をここに紹介させていただく。 「東京の名だたる方々の珠玉の名句が並び壮観な素晴らしい合同句集です。ふらんす堂の装幀、表紙の図案も素晴らしい。」 「東京諷詠会を中心とした皆様方のチームワークと俳句に対する真摯な姿が伺え敬意を表するばかりです。」 「合同句集『七井橋』御上梓おめでとうございます。吉祥寺井の頭公園は青春の思い出の地、懐かしく拝読いたしております。」 この合同句集刊行のために何度かふらんす堂に足をお運びくださった 金田志津枝さま、岩田雪枝さま、西井千づさまに感謝をもうしあげます。 また、「東京諷詠会」の皆さまのさらなるご充実をお祈りもうしあげております。 つぎの合同句集刊行へむけて、さらなるご健吟を! 午後におひとりお客さまがみえられた。 木村内子(ちかこ)さん。 第1句集のご相談に見えられたのだ。 木村さんは、「姫沙羅」という俳句の会で長く俳句を続けてこられ、俳誌「天晴」(津久井紀代主宰)にも所属、津久井紀代主宰のご紹介でこの度、はじめて句集を上梓されることになり、ご相談に見えられたのだ。 担当スタッフは文己さん。 たくさんの見本の本をご覧になって好きな雰囲気や造本などをきめられたのだった。 木村内子さん。 句集をつくろうと思われたお気持ちをうかがうと、 「八十二歳を迎えた今、私もいつ死んでもおかしくない、何か生きた証を残せないか。そうだ「句集」だ。六十七歳から始めて十五年近く書き溜めた句があるではないか。「句集」を出すのに句の上手い下手のしばりは無いとおもったのです」と明るくかたられたのだった。
by fragie777
| 2025-03-25 18:38
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