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3月15日(土) 菜虫化蝶(なむしちょうとなる) 旧暦2月16日
ぺんぺん草が咲きあふれる武蔵野で半日を過ごす。 セグロセキレイもやってきた。 今日は昨日とはうってかわって春寒の一日となった。 寒いのであるが、あたりを見回せば春色にみちている。 迎春花も咲いていた。 今日は夕方より、深見けん二氏の奥さま・龍子(りょうこ)夫人のお通夜に伺う。 場所は、所沢にある昌平寺である。 冷たい雨がふりしきる夜となった。 龍子夫人にはいつもあたたかく見守っていただいた。 享年91歳 会場には、ふらんす堂より上梓された龍子夫人のエッセイ集『ある日箱の中から』が飾られていた。 甲野未央というペンネームで、俳誌「屋根」(斎藤夏風主宰)に連載をされていたものを一冊にしたものである。 ご本人の生い立ちや深見けん二先生のこと、こ家族のことなどが生き生きと語られている。 わたしが本をみていると、ご子息の深見俊一氏がいらっしゃって 「yamaokaさん、この本を母からもらったとき、こんな手紙がそえてあったのです」とおっしゃって、本をひらいてその手紙をみせてくださった。 やったぜ! おしゃれなクリスマス・サプライズ! 魔女の好みの本が出来ました 皆さんで読んでください 家族も登場します。 龍子 「母らしいでしょ」と俊一氏。 茶目っ気があって可愛らしいお方だった。 会場には、深見けん二先生やご家族のとの写真がかざられ、そこに深見先生が龍子夫人を詠んだ色紙が並べられていた。 春の風邪心の風邪と妻はいふ けん二 衰へる妻傍らに雛祭 けん二 この色紙を眺めていると、 「yamaokaさん」と声をかけられた。 深見先生、龍子夫人が亡くなるまでお世話になった介護施設「もみの木」の高木オーナーである。 ご夫妻が全幅の信頼をおいていた方である。 「龍子夫人にとって、三月三日は特別な日だったんですよ」と。 龍子夫人は、ふらんす堂の創立日(3月3日)を覚えていてくださってこの日には毎年かならずお祝いを送ってくださっていたのだった。 「もうお気をつかわないでくださいませ、恐縮してしまいます」とご子息の俊一氏に申し上げたのであるが、 「母がそうしたいと思っているのですから、母の好きなようにさせてください」というお返事だった。 そして、今年の3月3日はお便りがなかった。 その3月3日に龍子夫人は亡くなられたのだった。 わたしは思わず涙がこぼれたのだった。 あらためて、深見先生ご夫妻のあたたかな思いをいましみじみとかみしめている。 龍子さま たくさんたくさんの応援とお気持ちをいただきました。 心より感謝しております。 深見けん二先生は、首をながくして龍子夫人を待っておられることでしょう。 どうぞ、けん二先生によろしくお伝えくださいませ。 yamaokaが言葉にならないほど感謝もうしあげていると。 ご冥福をこころよりお祈り申し上げます。
by fragie777
| 2025-03-15 22:30
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