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3月7日(金) 旧暦2月8日
初蝶。 やはり黄色だった。 また、トンチキなことをやってしまった。 昨日のブログで、受賞の紹介をしたのだけれど、西村麒麟さんのご受賞は、去年の報道だった。 ほんとうに相変わらずスットコドッコイのyamaokaである。 西村麒麟さま、ほんとうに失礼をいたしました。 新刊紹介をしたい。 著者の岡山晴彦(おかやま・はるひこ)さんは、1933年(昭和8)年のお生まれである。戦争体験者である。 ふらんす堂からはこれまで、詩集『影の眼』(2010刊) と戯曲集『女鳥』(2016刊)の二冊を上梓されている。詩や短歌、小説、戯曲、俳句と表現範囲はひろい。今回の『ぼくの昭和のものがたり』は、童話集、小品集、朗読詩劇、随想、詩歌などを収録しており多彩である。 昭和への思いを作品に託したものであるが、そこに一貫してながれているものは、戦争体験者としての平和への思いである。戦争を経たあとの平和がいかに大切なものであるかをさまざまな言語表現を通して語っている。わたしは戦後生まれであるので、ある意味、戦後の復興期の元気な平和な時代を生きてきた。戦争の悲惨さを知らない。しかし、わたしたちは想像し思索する力を与えられている。すでに遠くなりつつある昭和という時代。この一書がかたることに静かに耳を澄ませたい。 たくさんの作品が収録されているなかより、著者の推しの二作品について紹介したい。 ひとつは「麦の穂」と題して、七五調で語られてゆく童話劇である。 この童話劇については、2018年8月4日づけの図書新聞3362号にて文芸評論家の志村有弘さんの記事が収録されている。 それをそのまま紹介したい。 岡山晴彦の友情の絆を綴る童話劇 最初に岡山晴彦の戯曲童話「今様お伽噺 麦の穂」(pegada 第19号)を紹介したい。登場するのは山に住むネズミ(ネズ吉)、町に住む三匹のネズミ、老猫の虎三、その猫を飼っている母と少年春夫。春夫の父は七年前の大地震で死に、祖父は行方不明。ネズ吉は粉挽き小屋に住む又六爺から、貨物電車で町へ行くことを教えられ、町で三匹のネズミと出会う。自分を救い養ってくれた春夫母子に恩返しを願う虎三の頼みで、春夫母子に春夫の父の焼き物の備忘録『鼠志野』や野菜の種を届け、ネズ子を嫁として山へ帰るという内容。記憶喪失の又六爺が春夫の祖父であることも示され、廃校に住むネズミが「友情の絆」という言葉を使う。登場するネズミだけでなく、人間も全て心優しい。一方町の廃校の寂しさもあり、今はやりの「忖度」の言葉も見える。震災の傷を随所に示す哀しい作品でもあるが、心温まる力作。 もう一つの作品は、朗読詩劇「愛の記憶」。 こちらの舞台は戦後すぐのBC級戦犯の収容所である。元俘虜収容所所員の夏男と同じく元俘虜収容所所員の冬男との話からはじまり、その子ども(養子)たちへと話は展開していく。すべては戦争がもたらしたゆえの運命に翻弄された二人の男女のものがたりである。 運命の糸にひきずられて出会った男女がいつしか愛し合うようになるのだが、やがて二人は双子の兄妹であったことを知る。 「愛の記憶は不滅(ふめつ)です。こころのなかにある広大な愛の沃野(よくや()ゆたかな土地)。そこに眠る人々、そしてかの地に眠るまことの父母へ、育(はぐく)んでくれた二人の親へ、いま魂の花束を捧げましょう。」 そう語ってふたりはそれぞれの道へと別れていく。 本書の担当の文己さんは、「ちょっと映画の「コクリコ坂」を思ったりしました」と。 確かに。 「コクリコ坂」もまた昭和という時代の明暗を若者たちの青春をとおして浮き彫りにしてみせる。 「昭和」を懐かしむ、あるいはその肌触りを楽しむ、そんな風潮がいまあるようだ。 さまざまなものがデジタル化されていく21世紀である。 昭和という時代の背後にあるアナログ感覚は、人間にうしなわれつつある何かを呼び起こすのかもしれない。 収録詩作品の一篇より。 アトモスフィア 丘に鳴る風 天を放浪するような 響きはアトモスフィアの仕業 そいつは伝説を生む いま 緯度経度 地球儀の針の先ほどの丘の一点で それから拵えた 季節風のメルヘンを食べている 風狂な咀嚼感(そしゃくかん) 何と懲(こ)りない日々なのか 時じくの木の実と陵(みささぎ)の前の大粒の涙 風船爆弾と軍国少年の喝采(かっさい) 循環する気流に乗って 人々は果てしない空想の朝餉(あさげ)を食べ 夕べには 現実の汚お泥でいを排泄(はいせつ)する 長い波長のアトモスフィア この世に何で悲しみがありましょう 交響し合う 田園の風物 薬草も毒草も一緒に茎を伸ばしている だから今日のおのれを胡乱(うろん)な人と思うまい 振り返れば 心は神話の岩になる ピッチャーが天に幻滅の球を投げ返している 進む時空にも揺れぬ私 風が舞う 丘陵に潜んでいる無名の鼓笛隊 楽想に陶酔しないうちに 空を仰いで朝の懺悔(ざんげ)をすることにしよう 装釘は和兎さん。 真ん中の犬は、本書の童話集「姫サラの木」に登場する犬のシロ。 「姫サラの木」は、多摩の自然の残る谷戸に暮らす動物たちと、人に飼われている犬のシロ君の友情の話。 シロ 冒頭の部分のみ紹介をしておきたい。 まっ白な毛なみのシロ君は、耳がピンと立った小型犬(こがたけん)です。住まいは「ひばりが丘」にあります。東京の西にあり、高層(こうそう)ビルや、天気のいい日には東に筑波山(つくばさん)、西に富士山まで見えて、見晴らしの良いところです。その辺あたりは、いくつもの丘が重なりあっているので、多摩丘陵(たまきゅうりょう)と呼ばれています。 岡山さんが昔飼われていた柴犬がモチーフです。 表紙の犬も、シロ君をイメージしてデザイナーさんに作ってもらいました。 とは、担当の文己さん。 表紙裏には、「麦の穂」の一節が引用されている。 この世は空気だけではのうて、息づくものの思いにも満たされとる。そこには、喜びや悲しみの気持も生まれよう。だがどんなことであれ思うことで心が癒(いや)される。それができるのは、生きているものだけの倖(しあわ)せじゃ。 野ネズミのネズ吉と仲良しの粉挽き小屋の双六じいさんのことばである。 扉にもシロが。 「防空壕で生き残った写真」と題されたもの、の生後6ヶ月の岡山晴彦さんがいる。(上段) 熊本市にあった明治半ば創立の基督教系幼稚園。岡山晴彦さんもいる。戦前の卒園写真。(下段) 「あとがきにかえて」として「ひとひひととせ」と題し、俳句をよせられている。 そのうちの数句を紹介しておきたい。 育(はぐく)みて文を己に淑気(しゅくき)かな 鳥獣(けもの)森の祭りのごと交(さか)る 狛犬(こまいぬ)の瞼(まなぶた)伝ひ梅雨滂沱 蜩(ひぐらし)の鳴く日手紙を束(つか)ねけり 宇宙より天祐のよう日脚伸ぶ なにしろたくさんの作品がびっしりとつまった密度の濃い作品集である。 興味のある箇所から自由に読まれるのこをおすすめしたい。 作者の岡山晴彦さんは、戦争をしらない若者に読んでほしい、また、昭和の時代を過ごした人たち、そして昭和を知りたいと思っている人たちに読んで欲しいということです。 「やがて歴史の一齣となってゆく昭和への鎮魂と愛惜の思いを一冊にしました。」と岡山晴彦さん。 昭和の岡山晴彦さん。 令和の岡山晴彦さん。 コルトレーンもまた、昭和のひびきか。
by fragie777
| 2025-03-07 20:37
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