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2月11日(火) 旧暦1月14日
百舌鳥(モズ)♀。 同じように見える写真だけど、若干角度がちがうのね。 ややこっちを向いている。 近くにオスもいた。 この日、いろんな鳥がいた。(写真にはあまり撮れなかったけれど) これはイカル。 すごく高い木にとまっていたのをどうにか。(ちょっとぼけてる) ちょっとずんぐりむっくりな姿かたち。 これはアオゲラ。 かろうじて後ろ姿のみ。 頭のてっぺんの赤が目立っていたので、たぶんオス。 これらの鳥たちは数日まえに会ったもの。 今日は、午前中より夕方まで仕事場で仕事。 いますすめている評論集のゲラをどうしても読みきってしまいたかった。 読み応えのあるもので、わたしには大変面白かった。 明日、色校正と一緒に著者の方に送り最終的な確認をしてもらう予定である。 ともかく予定通りに終わったので、わたしはわたしを褒めてやりたい。 そのご褒美に、このブログを書き終えたらいただきもののとびきりおいしい餡蜜を食べるつもり。 さあ、はやくブログを書いてしまおう。 今日は、田中裕明・森賀まり共著『癒やしの一句』より、2月18日づけのものより。田中裕明さんの鑑賞である。 木の芽ひらいてくる身のまわり 荻原井泉水 春の木の芽の開いてくる様子を詠ったもの。「春(はる)」という日本語が「木の芽はる」という日本語から生れたという説もあるくらいで、木の芽は春という季節を象徴的に表現している。千載集の「よも山に木の芽春雨降りぬればかそいろはとや花の頼まむ 藤原基俊」なども「木の芽はる」という言葉にかけている。井泉水は、そういうこともよくわきまえて、木の芽がひらくと言ったのだろう。 荻原井泉水は明治一七年(一八八四)東京生れ。俳句の本質は季語と定型と言われるが、そういう決まりから自由になって俳句を作ろうという運動が大正時代におこった。それを新傾向俳句という。荻原井泉水は、その新傾向俳句の重要な作家であり、運動の中心となる雑誌「層雲(そううん)」を主宰した。掲出作品も三・六・五という自由律の句となっている。掲出句は大正一五年作、のちの自選句集『原泉(げんせん)』所収のものだが、この句の前には「水おと梅開く」という四・五というリズムの作品も収められている。 身のまわりに木の芽が吹き、春の訪れを全身で感じている。(木の芽・春)
by fragie777
| 2025-02-11 19:44
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