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1月26日(日) 旧暦12月27日
寒晴れの一日。 今日は、埼玉県東所沢にある角川武蔵野ミユージアムにて、午後1時半より、角川文化振興財団主催の「角川短歌賞、角川俳句賞」の授賞式があり、スタッフのPさんとともにうかがう。 休日ということで、このミュージアムにはたくさんの人がやって来ていた。 その一角で今日の授賞式は行われる。 スクリーンに受賞者や選者が映し出される。 角川短歌賞の選者は左から、松平盟子、中川佐和子、坂井修一、薮内亮輔の各氏。 角川短歌賞を受賞された平井俊さん。 1990年生れ、2015年より「八雁」所属、阿木津英に師事。 家系図に載ることのなき人の待つ間借りの部屋をイエとわが呼ぶ 流木のように互いを添わせたり産めないからだと産めないからだ 燃えつきる精子のごとく降る雪を高架舗道(ペデストリアンデッキ)に見上ぐ 角川俳句賞の選者は、左から仁平勝、対馬康子、小澤實、岸本尚毅の各氏。 角川俳句賞を受賞された若杉朋哉さん。 1975年生れ。無所属。 どこからが梅林といふわけでなし 裂くる音なくて茸の裂けにけり 洟をかみながら怒つてゐる子かな 受賞者の平井さんの短歌についてかたる、選者である松平盟子さん。 (抜粋で紹介したい) 「激論の果の授賞であったと思います。平井さんの短歌は、口語俳句の多い昨今、韻律が美しい。破綻がなく説得力のある韻律の力を持っている歌人であり、美しい磁場をつくることができる歌人であると思います」 受賞された平井俊さんのご挨拶。(抜粋です) 「短歌は文学であるということを大切にしたいと思います。そこに人間とは何か、人間が住む社会や世界とは何か、そのような大きな問いが必ず根底にあるべきだと考えています。わたし個人の痛みを作品に籠めたはずですが、それが別の人の痛みと共鳴するのではないか、ということを受賞してみてつよく感じた次第です。」 角川俳句賞については、選考委員のおひとりである仁平勝さんが評した。抜粋で紹介します。 「若杉さんは、五七五のリズムの使い方がうまい。俳句の作り方としては、二句一章(二物衝撃)と一物仕立て(季語そのものをよむ)の二つの作り方があるわけですが、初心者などは二句一章のほうが作りやすいんですね。しかし、若杉さんの句はほとんどが一物仕立てであるんです。」と語り、若杉さんの作品の数句をあげて、その優れた点を具体的に検証されたのだった。 角川俳句賞を受賞された若杉朋哉さん。 若杉朋哉さんは、昨年の暮に亡くなった俳人の後閑達雄さんのことに触れて、ともに角川俳句賞をめざしてがんばってきたその交流について語られたのだった。以前「俳句」誌上で、後閑達雄さんの句「畳見て畳拭きをり盆用意」という句をみて、後閑さんに連絡をとったのが交流のはじまりであるということ。後閑さんが亡くなられたことを今年になって知って大変ショックを受けられていることなどを語られたのだった。この度の受賞も心から喜んでくれた後閑さんだったという。 「いまは角川俳句賞の重みを感じています。これからも自分がいいと思う俳句を作っていきたいと思っております」と。 受賞者、選者、主催者の方たちと記念撮影。 平井俊さま、若杉朋哉さま、 ご受賞おめでとうございます。 こころからお祝いを申し上げます。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() お二人ともこの賞をめざし、励んでこられたのだと思います。 喜びもひとしおのことと存じます。 さらに、さらに頑張ってくださいませ。 こ若杉さんのご挨拶によって、会場ではあらためて後閑達雄さんが亡くなったということを知った方もいて、ショックを受けられている俳人の方も少なからずおられた。 選者である岸本尚毅さんは後閑さんのことはその作品もふくめてよくご存じで、もうすこし詳しく知りたいおっしゃられたので、わかる範囲でお伝えしたのだった。後閑さんは、第1回田中裕明賞にも句集『卵』で応募され岸本尚毅さんはその選者でもあられた。「今回の句集『カーネーション』もいい句集でした」と岸本さん。後閑さん、聞こえました? あまり評価されなかったって落ち込んでおられましたよね。 今日の角川俳句賞の授賞式に、後閑達雄さんのことがこのように話題になることに、わたしは不思議な気持ちをもちつつ、やはり愛される方だったのだと思ったのだった。 後閑達雄さんは、お兄さまの茂雄氏のお取り計らいで、ご葬儀が25日にご親族でいとなまれました。 病名は、糖尿病ケトアシドーシス、25日の午後8時29分に亡くなられました。 享年55歳。 あらためてお伝えをいたします。
by fragie777
| 2025-01-26 20:38
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