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12月22日(日) 乃東生(なつかれくさしょうず) 旧暦11月22日
![]() プロテスタント教会の壁にかけられていた「イエスの誕生」を祝う手作りの壁掛け。 ひとりのみどりごが、私たちのために生まれる。 ひとりの男の子が、私たちに与えられる。 主権はその肩にあり、 その名は「不思議な助言者、力ある神、 永遠の父、平和の君」と呼ばれる。 (イザヤ書第9章6節) 今日は阿波野青畝の忌日である。 1992年の12月22日に逝去。 田中裕明・森賀まり共著『癒しの一句』は、今日の句は阿波野青畝の句より。鑑賞は森賀まりさん。 座について庭の万両憑きにけり 阿波野青畝 「千両か万両か百両かも知れず 星野立子」という句もある。千両と万両、区別のつきにくい方もあるだろう。葉の上に実をつけ、生け花の花材などになるのが千両。かたまった葉の下に実をつけ、つくばいの傍らなどに植えられたりするのが万両である。千両より勝っているので万両というそうだが、いずれの紅も冬景色のなかで美しい。 作者は、廊下を渡り部屋に向かう途中庭に植えられた万両に気づき、ふと見入ったに違いない。つやつやとした大粒の実は寂しい冬景色のなかで、その紅色を際立たせていたのだろう。座についてひとしきりすると、ふとさっきの万両を思い出した。そのあともなぜか頭に浮かんでくる。まるで、その万両にとりつかれたように。穏やかな時間の流れと作者に憑いて離れない鮮やかな一景、さりげなく詠まれているこの違和感こそが詩のありかただろう。 今日は、作者阿波野青畝の忌日である。掲出句は昭和五年作、句集『萬兩』所収。(万両・冬) 昨日の谷保散策で、友人に聞かれた。 「これはどっち? 千両? 万両?」 「ああ、万両よ」 って即座に教えてあげたのであるが、違いわかります? 森賀まりさんの解説によると、「千両より(万両のほうが)勝っている」とあるのだが、いったいどんな風に勝っているのだろうか。(知りたいところ) 個人的には、わたしは「千両」の方が好き。 万両の方が重さを感じ、千両はもっと軽快な感じがある。と思うのはわたしだけか。。。 阿波野青畝は、カトリック信者でもあった。 待降の木椅子に一書置き忘れ 阿波野青畝 一章の聖句を附して日記果つ 〃 谷保の万両。 万両としては不本意かもしれないが、 さすが、野趣がある。 本来はもっとお屋敷の整然とした庭になどが似合うのかもしれないけれど。
by fragie777
| 2024-12-22 19:18
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