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12月17日(火) 鮭魚群(さけのうおむらがる) 旧暦11月17日
今日の讀賣新聞の長谷川櫂さんによる「四季」は、石田郷子句集『万の枝』より。 ダムを見て寒さの底にゐるらしく 石田郷子 「圧倒的な水量に耐えているダムの静かな力」と長谷川さん。たしかに水をたたえているダムには「静かな力」があると思う。「寒さの底」って、いったい何処って思ってしまうが、なんかわかる。とっても寒いってこと。 新刊紹介をしたい。 四六判ペーパーバックスタイル帯カバー付き。 著者の佐治よし子(さじ・よしこ)さんの第1句集である。佐治よし子さんは、1949年山形県山形市生まれ、1999年「藍生」俳句会入会。2018年「いぶき」俳句会創刊・入会、2020年「藍生賞」受賞、2023年「藍生」終刊、2024年「青麗」俳句会創刊・入会。現在「青麗」俳句会、「いぶき」俳句会会員。巻末の略歴をしるしてみたが、佐治よし子さんは、学生時代に俳句と出会っている。全学ゼミ「作句演習」に参加した学生たちが発行した合同句集「原生林」に参加されている。本句集のはじめに、「出会ひ」という項目のもとに20句を収録されている。序文は、「青麗」の髙田正子主宰が寄せている。髙田正子主宰は、佐治よし子さんの大学の後輩にあたられるという。 序文を抜粋して紹介したい。 このたびよし子さんは芳紀十八の齢まで遡り、半生の絵巻をまとめられたのである。 翻る一瞬は金紋白蝶 はこべらも若菜といへば美しき 「藍生」以前のことはお聞きしていないが、暮らしの中に綺羅を探す句作りをなさっていたように感じる。 ほろほろと風花昏々と眠り 古今雛涙のあとのやうな罅 山形の空にぽかんと凧 時鳥たつた一人と思ひ知る あるいは、旧知の俳人黒田杏子と再会したのが、ちょうど人生の転換期だったといってもよいのかもしれない。だから運命に導かれるままに師と仰ぐに 至ったのだ。 学生時代につくられた20句には若々しい精神のハリが俳句にもみなぎっている。句集は「大学紛争の只中に」という前書きがおかれた〈春嵐退路断ちたし断つべしと〉の一句からはじまっている。わたしはほぼ同世代なので、この情況の緊迫感はわかる。もうひとつ、佐治よし子さんをしたしく思うのは、「愛読した F・モーリヤック逝く」という前書きの一句である。〈桐一葉小説家の訃ふらんすより〉。フランソワ・モーリヤックは、わたしも愛読した作家であり、ふらんす堂にご来社をされたときにそれをうかがって、とても懐かしいものを感じたのだった。いま、モーリヤックを読む人がいったい何人いるだろうか。 本句集の担当は、文己さん。 何よりも空青むこと北の春 玻璃拭いて四月の空をわがものに 水の音耳を離れず蕎麦の花 雨降れば雨の重さに糸桜 先生は桜の下を顔上げて ものを見よ書けよ八月十五日 何よりも空青むこと北の春 佐治よし子さんは、東北・山形にお住まいである。ご出身も山形であるから、北国の暮らしは長いと思う。〈玻璃拭いて四月の空をわがものに〉にという句からもわかるように、空の青さへの渇望は、わたしなど関東の人間からするとより強いものがあるのだろう。東京などは、真冬でも青空がつづく日もあり春が来て空の青さを格別におもうことはあまりない。北国の冬は雪の降り続く日々がつづき、あるいは雪がふらないでもどんよりと雲におおわれる日が多いのだろう。それであればこそ、「何よりも空青むこと」が春の喜びとなっているのだ。春が来て、晴れやかな面持ちで空を見上げることの喜びがこれらの句にはあふれてる。北国は春も遅いのだ、「三月の空」ではなく、「四月の空」こそ、春の空なのだって、「わがものに」の句で思ったのだった。 水の音耳を離れず蕎麦の花 「蕎麦の花」が咲いているところにやってきた。どこかで、水音がする。あるいは、水音が先にしていて、蕎麦の花が咲いているところにやってきた。 この水音は、「蕎麦の花」が詠まれていることで、澄んだ清らかな調べの水音じゃないかって思う。「蕎麦の花」にはそう思わせるものがある。「蕎麦」は寒冷地や高地などの条件の悪いところでも栽培が可能であるらしいので、きっとこの句が詠まれたところも人がすまぬ奥地のせせらぎが聞こえてくるようなところだろう。その水音に蕎麦の花の無垢な白さがきわだつ、そんな景がみえてくる。 先生は桜の下を顔上げて 黒田杏子さんと再会して、ふたたび俳句を始められた佐治よし子さんである。「藍生」に入会されてからは、熱心に俳句をつくられるようになり、黒田杏子を師と仰ぎ、「藍生」とともにある俳句人生となる。そして、その師の急逝である。掲句は「追悼黒田杏子先生三句」と前書きのある一句である。桜の下に立つ師を思いだしての一句か。懍とした顔を満開の桜にむけている師の横顔、傍らに立って、師と桜を感慨ふかく見ている弟子。「先生は」と叙すことで、距離の隔てない師への親しさも見えてくる。すでにこの世にはいない師への愛おしさのような気持ちも、この簡潔な文体から見えてくる一句だ。〈大白鳥帰るを共に見送りし〉〈発たれけり仁淀の桜ふぶいてよ〉この二句からも、師との親しい交流があったことがわかり、そうでなければ詠めない追悼句だ。 ものを見よ書けよ八月十五日 この一句は、わたしも立ち止まった一句である。敗戦忌にあたって、戦争を思い起こしそして敗戦を思う。歴史を問う批評の目がある。その上での一句だ。メッセージ性に富む一句であるが、そのダイレクトなシンプルさゆえに、説教くさくならず、読み手の心を貫く。若き日に「大学紛争」を経て、人間の内面をみつづけながら思索した作者ゆえの一句とも、と思った。 草の花君らも我も名なきもの 好きな一句である。はじめから3番目におかれた句であるので、学生時代のものだ。叙し方に若さが漲っている感があるが、「草の花」の季語がすごくいい。これは「草の花」以外には、考えられない。わたしは、この句をみて、聖書の有名なペテロ第1の手紙1章24節をどうしても思い起こしてしまう。「人はみな草のごとく、その栄華はみな草の花に似にている。草は枯れ、花は散る。しかし、主の言葉は、とこしえに残る」という聖句。中7下5は、神の言葉に対しての人間存在のはかなさを踏まえている。カトリック作家フランソワ・モーリヤックを愛読していた若き日の佐治よし子さんであるからこその「草の花」の一句であると思う。だが、この聖句をはなれても、「草の花」という秋の小さな草花のいのちに人間を対峙させていることで、人間のはかなさが詠まれている。しかし、さらに名なきものであっても、草の花の小さな命が愛おしいのとおなじように、君も我も愛おしい存在なのだ。そのことを「草の花」に見事に語らせている一句だ。 校正スタッフの幸香さんは、「〈雪降つてとんと昔の夜が来る〉に特に惹かれました。」と。 私にとって言葉とはなかなかに重いもの。生来の口下手、付き合い下手の性格で、思っていることの半分も言えずに吞み込んでしまう。そんな人間が何故言葉に関わろうとするのか。いつも自問します。が、むしろそれゆえなのかもしれません。何か自分を表現するものが欲しかった。たまたま若い時に接する機会のあった俳句が、いつの間にか掛けがえのないものになっていました。 おぼろおぼろ心をのぞく遠眼鏡 俳句は自分の心を探るツールでした。従って、客観写生よりは心象俳句に傾いていたと思います。良くも悪くもそれがこれまでの私。今後も人生の時間のある限り、句を作り続けたいですが、さてどんな変身ができるでしょうか。願わくは成長でありたいものです。 「あとがき」を抜粋して紹介した。 本句集の装釘は、君嶋真理子さん。 深い紺がテーマカラーである。 帯カバーにしてシンプルな装幀に。 帯カバーの用紙は、表情があり透明感があるもの。 文字は金箔。 表紙は紺。 銀の刷色。 見返しも紺。 扉、 極力色をおさえた装幀である。 知的、かつスマートな仕上がり。 風光るきりきりと弓引かれつつ 「この先もどこまでも飛び続けたい」と書かれたよし子さん。そう、きりきりと弓は引かれた。あとは放つのみである。(髙田正子/序) 上梓後のお気持ちをうかがってみたところ、丁寧なお手紙をくださった。 完成した句集を手に乗せて、撫でて、嬉しいなーと感激しています。 学生時代に東大ホトトギス会に出て、山口青邨というすばらしい先生の御指導を受け、良い環境でスタートした私の俳句人生。でもその頃は、趣味の一つ位の気持ちでその後すっかり離れてしまい、転居等も多く仲間とのつながりも保てず、ほぼ忘れた感がありました。でもやはり一度接した俳句の魅力は胸の奥に残っていました。 四十代後半になって、書のサークルに入っていたらそこに俳句をやりたい方がいて、「私、昔やってたわ」というようなことから数人で句会をやるようになり、その中のお一人が黒田杏子先生の「藍生」で頑張っている人でした。それから、かつてちらりとお会いしていた杏子先生との再会につながりました。 それからは段々俳句がやめられない大切なものになり30年ほど。句は作りっぱなし。句会が終われば、また先のことを考えるのみで、俳句ノートが山積みになるばかり。「藍生」賞も頂いて、70歳という年齢にも達し、そろそろ句集をまとめようかという思いも湧きましたが、同じような想いの方がまだまだたくさんいらっしゃることもあり、なかなか切り出せずにおりました。そのうちに先生が御逝去、しかし、たまたま台湾で吟行をするという素敵な旅にご一緒した髙田正子先生に「青麗」で御指導頂けることになり、あれよあれよという間に句集の話もまとまり、昨年一年は目まぐるしい年でした。全て機は熟したのです。 句集作りをしてみて、思いがけないことがありました。ある程度長くやってきたと思っていたものの、いざ古い作品を見直していると、自信を持てる作品が全然見つからない。途中で何度も嫌になりました。 これまで自分の句を見直さずに来たことと、経験を経て句を見る力だけはついてきているせいか、創る力が追いついていないのは確か。句集をまとめて幸せな気持ちになるつもりが、かえって落ち込みました。正子先生にも慰めて頂きましたが、でもとてもいい勉強になったとしみじみ思います。これで終わりじゃいけない、もっと完成度の高い作品を作り、もっと良い句集を編めたらなと思うのです。これは全く想定外でした。私は案外、欲張りなのかもしれません。 まだしばらくは活動ができますかしら、そのつもりでもう少し頑張ります。 今回の句集作りは自分を見つめ直す良い経験でした。お力添え本当にありがとうございました。 「遡上」という句集名は、髙田正子主宰がつけられたものである。 佐治よし子さま 第1句集上梓を機に、 髙田主宰の下、さらにさらに句作に励んでくださいませ。 亡くなられた黒田杏子先生もきっとこの度のご上梓を天上にてよろこばれていることでしょう。 おめでとうございます。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 野の人の黙の激しき焚火かな 佐治よし子
by fragie777
| 2024-12-17 19:58
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