|
カテゴリ
以前の記事
最新のコメント
検索
外部リンク
画像一覧
|
11月2日(土) 旧暦10月2日
見慣れているのだが、観るたびにハッとする。 午後からは晴れると聞いていたが、雨は降りつづいていた。 何年も着古した革ジャンをはおる。 今のような季節にはとても便利である。 わたしのは黒の革ジャンであるが、やはり獣の皮であるゆえか、 ほんの少し、気持ちが粗野にして目つきがわるくなるように思えてしまうのだが、 多分これは自意識過剰で、温厚なR女であることは間違いないと思う。、きっと。 午後より仕事場ですこし仕事。 仕事をしていたら、Pさんがやってきた。 彼女は、昨夕仕事のことで飲んで、したたかに酔っ払って今日は二日酔いらしい。 「大丈夫?」って聞くと、 「なんとか」という答え。 必要なことを片付けて早々に帰っていった。 今日は北原白秋の忌日である。 君かへす朝の舗し き石い しさくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ 一晩いっしょに過ごした女性が、朝あけて道路の敷石をさくさくと踏みながら帰ってゆく。空から雪が舞い降りる。雪よ、林檎のよき香りのように彼女を降り包んでおくれ、と心の中で呟く。官能の匂いをほのかに漂わせながら清新さのある恋の歌であり、『桐の花』を代表する作品といえよう。 この直ぐ前に「薄青き路上の雪よあまつさへ日てりかがやき人妻のゆく」の歌があり、その関連で読むと、いっそう複雑な味わいが生まれるが、しかし単純にこの作品だけ切り離して読むほうが清澄度は高い。 薄野(すすきの)に白くかぼそく立つ煙あはれなれども消すよしもなし 大正初期の白秋の生活は目まぐるしく変転する。大正二年『桐の花』を刊行後、松下俊子と結婚し、三浦三崎に住み、翌三年には小笠原父島に渡り、帰京後俊子と離婚し、四年『雲母集』を刊行、五年には江口章子(あやこ)と結婚、千葉県東葛飾郡真間(まま)(現、市川市)に住む。真間というところは、国府台(こうのだい)の裾に広がる平地で、古くから手児奈伝説で知られる。この一首、広い薄原のところどころに人家があって、遠くで白くかぼそく立つ煙が見えるのが可憐で哀感があるが、消すこともかなわぬ、とその静かな興趣を詠んだ歌である 物の葉やあそぶ蜆蝶(しじみ)はすずしくてみなあはれなり風に逸それゆく 昭和十一年の作。「白秋歌話」によれば、砧村の家の翼はなれ家に坐っていると、前に池があって、池のそばに芒や桔梗や紫苑などの草花が群れていて、立秋のころ、うす碧色(あおいろ)の小さな蜆蝶が群れつつ飛んでいた。「それらが一つ一つの草の葉に止りさうになると、ほんのすこしのところで風に流され流されしてしまふ」云々とある。 克明な描写によって、一つ一つのものの存在を浮き立たせ、かつそれらを包み込む大きな気配のようなものを感じさせる。これは、白秋が目指した新しい幽玄の世界を体現した歌の一つかもしれない。 ほつねんと花に坐れる我が姿生なしのままなる盲目(めしひ)とも見む 昭和十六年七月号「多磨」掲載歌。「花に坐れる」は桜の花を連想させるが、この歌の前に「春日すらひとり堪へつつわびすけの花赤しとふを白しとを見る」があって、侘助の花のようだ。白秋には、侘助の赤い花が白い花に見えるらしい。視力の低下が進んでいるのだ。 花は侘助でも他の花でもいい。花瓶に花が活けてあって、そばに白秋が坐っている図を思い浮かべてもいい。眼が悪くなると自ずから動作が緩慢になって、じっと坐っていると、生まれつき盲目なのだ、と人は見るかもしれない。悲しみと諦念の混じり合った歌である。 巻末の高野公彦氏による解説のタイトルは、「言葉でありながら音楽であること」 遠くからはこんな風に見える。
by fragie777
| 2024-11-02 19:42
|
Comments(0)
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ファン申請 |
||