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8月25日(日) 旧暦7月22日
朝夕は大分涼しくなった。 久しぶりに自転車に乗って、仕事場にむかう。 仙川沿いを走る。 軽鴨たちが気持ちよさそうに夕風に吹かれていた。 軽鴨たちにとってもここ数年の猛暑は応えたのではないだろうか。 「気持ちいいねえ…」って声をかける。 さざ波に立つ鴨。 羽を広げてみたりもする。 今日の朝日新聞の岸本尚毅さんによる「俳句時評」はここ数年に刊行されたの全句集をとりあげている。 タイトルは「朗人と眸の全句集」 抜粋して紹介したい。 『有馬朗人全句集』についてば、 手袋を落し自分の記憶までも 病む地球憂ひて潜む龍淵に (略)一句目と二句目の間には七十年の歳月がある。苦学生は世界的な学者になり、人類を取り巻く地球環境は変化した。古今東西の古典に対する博識と物理学を超えた広い視野を持つ朗人の句は、夥しい海外詠を含み、いつしか賢者の風格を漂わせていった。 『岡本眸全句集』については、 崖づたひ日傘たためば身ひとつに 癌育つ身の影折れて月の階 喪主といふ妻の終の座秋袷 ほのぼのと齢忘れてひひな日 (略)日常吟を得意とした眸の句業には、時々刻々の記憶が凝縮されている。 全句集は重い。それは俳人の全人格であり、人生そのものだから。朗人は山口青邨、眸は富安風生に師事。 ほかに『林翔全句集』『稲畑汀子全句集』についても少し触れている。 そして、 今年は虚子生誕一五〇年。近代の俳句の歴史は、何世代かの俳人の生涯がすっぽりとおさまるほどの歳月に至ったのである。 今日は永田耕衣の忌日である。 仁平勝著『永田耕衣の百句』より紹介。 田荷(でんか)軒耕衣夢葱(むそう)居士薄 永田耕衣 「わが居士名みずから決定しぬ」と前書がある。居士とは在家のまま仏教に帰依した者をいうが、居士名はそのまま戒名と考えてもいい。昭和四十九年の作で、耕衣は七十四歳。今ふうにいえば終活を開始したわけだ。 「田荷軒」は耕衣宅の雅号である。命名の時期は不明だが、昭和四十年頃から使い始めたようだ。そこには文人としての矜持がある。「夢葱」の背後には「夢の世に葱を作りて寂しさよ」の句があり、句末の「薄」は、鬼貫の「面白さ急には見えぬ薄哉」に由来すると思われる。人生はまだこれから面白くなっていくということだ。 掲句は句集『冷位』より。 永田耕衣は1997年に亡くなった。ことしで27年になる。 台風前の仙川の穏やかさである。 ひどくならないといいけれど。。。
by fragie777
| 2024-08-25 21:05
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