ふらんす堂編集日記 By YAMAOKA Kimiko

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大井恒行氏の作品はどの一句も根底に鎮魂の想いを湛えて存在している。

8月23日(金) 綿柎開(わたのはなしべひらく)  旧暦7月20日


大井恒行氏の作品はどの一句も根底に鎮魂の想いを湛えて存在している。_f0071480_17105439.jpg

今日の夕方のふらんす堂の前の通り。

ふらんす堂の看板があるのだけど、ほとんどの人が気づかない。
あまりにもつつましやかで。。。





今日の讀賣新聞の長谷川櫂さんによる「四季」は、関谷恭子句集『落人』より。

 轟の絶えずして滝あらはれず    関谷恭子

滝音がすれば、ぜったい滝をみたくなる。わたしはまだ那智の滝をみたことがないのだけれど、一度見て見たいって思っている。音だけして見えない滝を心に思い描くのもいいけれど、見たいなあって思っている滝をあれこれ想像するのも嫌いじゃない。そう、熊野古道も歩いてみたい。




図書新聞の8月31日号では大井恒行句集『水月伝』が皆川燈さんによって書評にとりあげられている。
タイトルは「二十三年ぶりに刊行した第三句集ーー著者は現在の俳句界にあって、深々と屹立する存在である」

抜粋して紹介したい。


大井恒行氏の作品はどの一句も根底に鎮魂の想いを湛えて存在している。_f0071480_17483384.jpg

大井恒行句集『水月伝』


大井恒行は現在の俳句界にあって、いわば「急霰に雀を入れる一樹ほし 清水径子」のように深々と屹立する存在である。俳壇や結社を超えて、俳句に真摯に向き合う人々へエールを送り続けてきた氏の営為は、ネット上で日々に更新されている「大井恒行の日日彼是:続」でつぶさに見てとることができる。
本句集は大井氏が二十三年ぶりに刊行した第三句集である。
(略)
四章に分かれていて、章題はつけられていないが、Ⅲ章には「悼」の前書き付きの「悼句」だけが収められているのが目を引く。しかし、Ⅲ章だけに限らない。大井氏の作品はどの一句も根底に鎮魂の想いを湛えて存在している。

そして皆川燈さんは、各章から数句を紹介しながら、丁寧な鑑賞を付しておられる。ここではⅢ章から引用したい。

Ⅲ章には中村苑子、三橋敏雄、佐藤鬼房、金子兜太ら諸先輩ばかりでなく、ともに俳句の前線を切り開いてきた戦友たちへの悼句がならぶ。

 我ではなく春の硝子に満ちる影

これは大本義幸氏(享年七三)への一句。
全句集のタイトル『硝子器に春の影みち』と集中の一句「硝子器に風は充ちてよこの国に死なむ」を引き寄せながら、ついに満たすことが叶わなかった硝子器の悲哀を描く。

 極彩のみちのくあれば幸せしあわせ

この澤好摩氏(享年七九)への悼句には「倒れしのち、「しあわせ、しあわせ、」とつぶやく」の後ろ書きがそっと添えられている。
Ⅳ章には妻、救仁郷由美子氏の病床の日々が見え隠れするように思われる。
 
 行方わからぬ光放てり手の林檎

俳句という詩型は死者を悼むためにこそあると改めて思わされた。





ここで紹介されている大井恒行さんのブログ「大井恒行の日日彼是:続」で、数日前に岩田奎著『田中裕明の100句』が紹介されている。
若き日の田中裕明さんの写真もある。
この写真は、ふらんす堂で刊行した句集『櫻姫譚』の出版のお祝いを新宿の飲み屋さんでやったときのものである。
集まった俳人たちで花園神社で写真撮影をしたものもある。
ほんとうに懐かしい。
岸本尚毅さんはご都合でみえず、木村定生さんが出席してくださったのだった。
わたしも持っている写真であるが、大井さんも持ってらしたのね。
みんな若いなあ!

→「大井恒行の日日彼是:続」

この日のことは、四ツ谷龍さんが、『田中裕明の思い出』のなかでも書かれている。




明日から「俳句甲子園」がはじまる。

行ったことないけど、すごい熱気だろうなあ。。








大井恒行氏の作品はどの一句も根底に鎮魂の想いを湛えて存在している。_f0071480_18424441.jpg



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by fragie777 | 2024-08-23 18:42 | Comments(0)


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