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8月21日(水) 旧暦7月18日
面白い顔に見えてきた。 今日は、俳人・斎藤夏風(1931~2017)の忌日。 柿を捥ぐ河口は常の暗さにて 斎藤夏風 『斎藤夏風全句集』より。 新刊紹介をしたい。 四六判ソフトカバー装クータバイディング製本 118頁 四句組 著者の松葉久美子(まつば・くみこ)さんは、1955年横浜生まれ。大学の在学中には詩を書いておられ、「現代詩手帖」「ユリイカ」などに投稿されていた。1981年句作開始「琴座」「鷹」に所属。1981年「鷹」新人賞受賞。1984年第27回短歌研究新人賞次席。(短歌は無所属)1986年句集『ゆめに刈る草』(書肆山田刊)、「鷹」「琴座」を退会し作句を中止する。そして3年間「藍生」に所属し、ふたたび作句を中止。2020年作句を再開。無所属である。 略歴からもわかるように、現代詩から出発し、短歌にも挑戦してこられた松葉久美子さんの38年ぶりの第2句集となる。結社に所属されている期間もあったが、作句を中止してこられた時間も長い。本句集には、第1句集以後の作品を収録されたのだろうか。「あとがき」はないので、そのことについてのは記載はない。 本句集は、編年体形式ではなく、全体を5章にわけ、各章ごとに小タイトルがあり、そのタイトルのもとに連作のように俳句がおかれていく。読者は、そのタイトルの軽いしばりのもとに俳句を読んでいくことになる。もちろん一句として鑑賞してもいいし、つぎつぎに俳句によって展開していく流れを楽しんでもいい。 句集の伝統的なスタイルとはすこし違う句集の編集の仕方である。 作者によってきわめて意識的にあまれた句集といってもいいとおもう。 「軸」というタイトルに展開する一連の俳句を紹介したい。これは短いものである。 軸 百合を挿す水のまとまるガラス瓶 百合ひらくつぼみの軸を虚に放ち 装飾か水葬か瓶に百合咲いて 〇 ゆりの香よ部屋に高鳴るゆりの声 行におかれた〇はそれとして意味のあるものなのだろう。 担当はPさん。好きな句をあげてもらった。 老いてゆくいもうとの芯夏椿 翅の微音ひかりの無音揚羽蝶 薔薇を挿すガラスを透る水の影 薔薇を嗅ぐ薔薇の命を獲るごとく 内側に初めての風蝉の殻 夏の風少年の臍吹きそこね 老いてゆくいもうとの芯夏椿 一句をとりだしてそれのみ鑑賞するということを著者がのぞんでいるかどうかは別として、ここではそれを許していただくことに。この句は、「メロン」というタイトルのもとの末尾に置かれた一句である。この句集は「メロン」から始まる。取り合わせの句として読んでみたい。老いていく妹に「夏椿」を取り合わせた一句。面白いのは老いていくのは「いもうとの芯」であるという。こう詠まれてみると老いというものが肉体の芯から発してくるようでそれはいっそう由々しきことになる。肉体の中心から静かに老は侵食してゆく。夏椿は沙羅の花のこと。沙羅の花と表記すれば、やや宗教的な匂いがうまれてくるが、夏椿というきっぱりした謂いによって、老いにしずかに抵抗してみせる何かがあるようにも思えるのだ。 翅の微音ひかりの無音揚羽蝶 この句はわたしも面白いと思った一句。揚羽蝶のありようを一句にしたのであるが、「翅の微音」「ひかりの無音」と対にして蝶の音をとらえたのが面白い。確かに蝶々が飛んでいるとき、幽かな羽音がうまれているのだ。あるいは人間の耳はとらえにくいかもしれないけれど。そして、蝶は光をまとって登場してくる。その光を音でとらえたのが斬新だ。一度読めば、すぐに覚えてしまいそうな一句である。「曇る家」というタイトルに置かれた一句。 薔薇を挿すガラスを透る水の影 繊細な一句だ。薔薇をガラスの花器に挿したのである。そのガラスを通してみえる水影をとらえて詠んだ一句か。ガラスの花器に入れられた薔薇を想像しただけでも薔薇の生気にみちた美しい色彩のかたまりが迫ってくるのであるが、作者の目はそこにとどまらず、そのガラスの器に溢れるばかり注がれた水へと移行していく。そしてそこにすーとある淡い水影をとらえたのだ。その水影があるガラスの器は薔薇に充たされていることで、水影はいっそう繊細で美しいものになる。おなじタイトルのもとにあるのが〈薔薇を嗅ぐ薔薇の命を獲るごとく〉であり、薔薇は特別なものとして存在する。タイトルは「水の影」とあり、やはり、なるほど!と思った。薔薇の背後にある「水の影」。 内側に初めての風蝉の殻 この句も好きな句である。空蝉を詠んだ一句であるが、こんな風に空蝉を詠むとは。蟬が脱皮してしまった直後の空蝉。そこへ一陣の風が吹き寄せた。そして空蝉の中へも吹き及んだ。ということである。この句の面白さは、上五に「内側に」とまず置いて、内側なるものを読者の心にたたきつけ、そして「初めての風」と風を感じさせ、下五でその風がふきよせた場所をしらせる、しかし、それがよもや蟬の殻の内側であるとは、その意外性におどろくとともに、空蝉がいのちあるごとく風を感じている、そんな風におもわせる一句でもある。と、わたしはずいぶん長々と説明をしてしまったが、こんな説明ホント余分だわ。この一句が素晴らしいのである。タイトルは「風のすべて」 夏の風少年の臍吹きそこね こちらも風を詠んだ一句である。風や少年は俳句によく登場する句材である。それ故に、詠むのがむずかしいと謂われている。この句、「臍吹きそこね」で成功していると思う。夏の風は少年の臍をねらったのか、夏の少年は太陽の下お臍をだして裸で遊んでいる。きわめて敏捷に。その生き生きとした機敏さは、とうてい風がとらえることのできないものか。少年たちが元気に遊ぶある夏の日の景色を風が「少年の臍を吹きそこね」と極めて具体的に詠むことによって、俳句による瑞々しい命への讃歌となったのではないだろうか。この句のタイトルは「すすき夕陽」この句の前後におかれた句もここでは紹介しないが面白い一句である。 校正のみおさんは、〈林檎剥いた十九時眩暈の二十五時〉「不思議な気持ちになります」 本句集の装釘は和兎さん。 タイトルは金箔。 全体的にただよう不思議感。 カバーをとった表紙。 見返しは赤。 屋根を飛ぶ恋人はどんな草の絮 句集のタイトルとなった一句である。 上梓後のお気持ちを松葉久美子さんにうかがった。 (1)本が出来上がってお手元に届いたときのお気持ちはいかがでしたか? とても嬉しかったです。コンパクトで軽量で、浮遊感のあるカバーのデザインも、とても気に入りました。 本当にありがとうございます。 (2)この句集に籠めたお気持ちがあればお聞かせ下さい。 心が見たもの、眼が見たものを、自分の言葉で書ければ、と思いました。 1冊にまとめて踏ん切りをつけたいという気持ちがありました。 (3)句集を上梓されて、今後の句作への思いなどございましたらお聞かせ下さい。 ささやかな達成感と、自分の至らなさへの冷静な気持ちがありますので、延長線上をこつこつ努力しながら、より深くより幅広く書いていけたら、と思っています。心身に無理のない範囲で、です。 言葉とゆく旅はしたたか金銀花 松葉久美子 今日はお昼に岡田和子句集『白桃』をご上梓された岡田貞峰氏とそのご子息の岡田岳郎氏にお目にかかり、お昼をいただきながら、お話をうかがうことができた。担当に文己さんも一緒に。 岡田貞峰氏は、九八歳とはとても思えないほど矍鑠としておられ、何でも召し上がり、ご健康そのものでいらっしゃる。 そしてご子息の岳郎さんが、肌理細やかにサポートをされ、すばらしい父と子でおられる。 岡田和子さんはいま施設にはいられておられるが、その和子さんのためのこの度の句集のご上梓となったのだ。 今日は、その御礼として千歳烏山の鰻屋さんで、美味しい鰻をご馳走なった。 千歳烏山はふらんす堂がある仙川のとなりであるが、こんなにおいしい鰻屋さんがあるとは知らなかった。 貞峰氏は、水原秋桜子の「馬醉木」で俳句を学ばれた方であるが、石田波郷とも面識があった。とくに奥さまの和子さんは、石田波郷夫人のあき子さんと仲が良く、波郷が好きだった椿の苗をいただいたこともあったという。 そんなお話も伺えて、わたしたちは贅沢なひとときを過ごしたのだった。 岡田貞峰氏(右)と岳郎氏。
by fragie777
| 2024-08-21 19:59
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