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7月8日(月) 旧暦6月3日
仙川駅前の百日紅(さるすべり)の花。 暑さに耐えて華やかである。 本当に暑い。 夕方ちかく郵便局までお使いに行ったのであるが、冗談でない暑さでヘロヘロになって戻ってきたのだった。 讀賣新聞の今日づけの新刊紹介「枝折」に河路由佳著『土岐善麿の百首』が紹介されている。 ローマ字を使用するなど表現を追求した土岐善麿(1885~1980)の100首を紹介する。生活の中で芸術としての短歌を見つめた。 〈肩ごしに見てこそ過ぐれさてほしきものもなけれど春帽子ひとつ〉 5月25日付けの東京新聞で、相子智恵さんが、ふらんす堂刊行の二冊の句集についてとりあげて評している。 抜粋して紹介したい。 タイトルは「叙情と社会は地続き」 〈春愁のいとまなき世や詩も細り〉をあげて、「60年代安保世代」を標榜する中嶋鬼谷の第四句集として評がはじまる。そして、 〈(略)人間が人間らしく生きることを願い俳句に詠むことは特別のことでなく極めて自然な創作行為であろう〉とあとがきに記す。昨今の俳句界に社会詠は少ないが、人間らしく生きるための詩歌・俳句と、生活を左右する政治は、本来地続きのはずだ。 本句集も、〈国深く病めりと記す初日記〉や「辺野古を追はれ」と前書きのある〈儒艮(ジュゴン)死す花咲く海藻(あまも)夢に見て〉の句がある一方で、基調をなすのは、〈グラスの縁なづれば音や枯木星〉〈夕立の白き闇なす故郷かな〉のような美しい叙情である。 〈まつろはず生きぬ白息太く吐き〉。「まつろう」とは、「服従する」という意味。寒い冬の朝、白い息を太く吐きながら、服従せずに生きた、これからもそうありたいと願う。叙情と社会へのまなざしが両立した、清々しい一句だ。 「70年安保世代の大井恒行が24年ぶりに上梓した『水月伝〉もまた、歴史や社会から目をそらさずに、自身の句世界を極めようとする句集である。」と記し、〈除染また移染にしかず冬の旅〉〈原子炉に咲く必ずの夏の花〉や〈頃中 (コロナ禍)は戦時に似たり猛々暑〉や〈戦争に注意 白線の内側へ〉などを採り上げ、 こうした批評のまなざしをもちながら、〈雨を掬いて水になりきる手のひらよ〉〈くるぶしを上げて見えざる春を踏む〉〈雪花菜(きらず)なれいささか花を葬(おく)りつつ〉といった句も作る。現実の写生ではたどりつけない。言葉によって築いた美しい情景である。 自然詠や社会詠、あるいは伝統や前衛……批評する側のラベルを、表現者である俳人自身が内面化することはない。表現はもっと多面的で、地続きでいいのだ。 中嶋鬼谷句集『第四楽章』 大井恒行句集『水月伝』 昨日行われた「俳句四季大賞」について、スタッフPさんからの追加のレポートである。 024年7月7日七夕に、ホテルグランドヒル市ヶ谷にて「俳句四季・七夕まつり」が行われました。 第23回俳句四季大賞を受賞した、小澤實句集『澤』の授賞式も行われました。 小澤實さんのスピーチです。 昨年、第二十回「七夕まつりに出席して、記念講演を務めさせていただきました。 「去りゆきしひとびとの声」と題して、過去に会うことができた、阿波野青畝、永田耕衣、飯田龍太、吉岡実らの思い出を語らせていただきまっした。 それに先だっての俳句四季大賞授賞式で、星野高士さんのご受賞を祝福したことが、記憶にあたらしいです 去年「七夕まつり」に出席しておいてほんとうによかったと思います。そのご縁でこの受賞があるような気もしています。ご縁というのも、人と人との出会いでも、句の中のことばとことばの出会いでもたいせつだと改めて思っています。 選考委員のみなさまには、選評、選考座談会で、句集『澤』のいいところ、問題であるところをよくご指摘いただきました。『俳句四季』7月号をくりかえし拝読して、次の句集の編集に向かいたいと思っています。 蛇笏賞につづき、おめでとうございます! また、その他にも、 第11回俳句四季特別賞、第12回俳句四季新人賞、第7回俳句四季新人奨励賞の授賞式もあり、華やかな授賞式でした。 また、堀田季何さん(楽園主宰)の「現代世界の戦争俳句」というテーマの記念講演も開催されました。 戦争俳句の種類を丁寧に解説され、戦地俳句、戦災俳句、銃後俳句、戦火想望俳句、反戦俳句など多様にわたることを知り、また世界中で詠まれている「戦争俳句」も丁寧にご紹介くださいました。 戦争という暴力を直接体験していなくても、自分が同じ立場になるかもしれないという想像力を働かせることは必要なことであり、どんな戦争俳句も否定されるべきではなく、短いからこそ強さを持つ俳句は、平和の教育・啓蒙には有用である、という発言には会場の皆さんが深く頷いていたことが印象的でした。 そして、ご受賞の皆さま、おめでとうございます。 今日はお暑いなか、おふたりの方がご来社くださった。 「郭公」主宰の井上康明さんと、「郭公」同人の小野打美智子(おのだ・みちこ)さん。 小野打美智子さんは、この度第一句集を上梓されるご予定である。 その打ち合わせにお見えになられたのだった。 担当はPさん。 いろいろと見本をご覧いただき、造本をお決めになられた。 小野打美智子さんは、昭和60年(1985)に朝日カルチャーで庄司圭吾の指導により俳句を始められ、翌年に「雲母」に入会、飯田龍太に師事、そして「雲母」終刊後は、「白露」にて廣瀬直人に師事、「白露」終刊後は「郭公」にて井上康明に師事、現在にいたるという方である。 長い句歴の持ち主である。 この度の句集が第一句集となる。 句集名は「百日紅」 小野打さまのお住まいは東京の国立市であり、ふらんす堂からは比較的近いところである。 今日、井上主宰とお見えになることになっていたが、この暑さである。 そして、九〇歳になられるお方とうかがっていたので、ふらんす堂スタッフ全員はたいへん心配したのだった。 しかし、お二人とも爽やかにご来社くださった。 井上康明主宰と小野打美智子さん。 7月7日がお誕生日で、90歳を迎えられたというが、とても若々しい。 「本当に90歳ですか?!」って思わずうかがってしまったほど。 おふたりとも仙川の街ははじめてという。 こんな暑さでなかったらいろいろとご案内したいところであるが、この暑さである。 残念である。 なお、井上康明主宰には、かねてより、というかもう10年越しになるかもしれない、「飯田蛇笏の百句」のお願いがある。 そのお原稿をまもなくいただけることになった。 そのことがとても嬉しい。 井上康明さま、小野打美智子さま 今日はお暑いところをご来社いただきまして まことにありがとうございました。 よき一冊となりますよう、おすすめしたいとおもっております。 そして、「飯田蛇笏の百句」、とても楽しみです。
by fragie777
| 2024-07-08 18:56
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