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7月3日(水) 旧暦5月28日
棗の花。 蟻がいる。 棗(なつめ)ってこんな花が咲くのか。。。 以下は、スタッフPさんによる取材レポートです。 2024年7月2日に 第58回蛇笏賞・迢空賞、第69回角川俳句・短歌賞の授賞式が、角川武蔵野ミュージアムにて行われました。 第58回蛇笏賞 小澤實句集『澤』(角川文化振興財団刊) 第58回超空賞 吉川宏志歌集『雪の偶然』(現代短歌社刊) 第69回角川俳句賞 野崎海芋「小窓」50句 第69回角川短歌賞 渡邊新月「楚樹」50句 受賞者の方々。 左より、野崎海芋、小澤實、吉川宏志、渡邊新月の皆さま。 ![]() ご挨拶する小澤實さん。 角川賞と蛇笏賞が同じ「澤」から獲れたというのは望外のことで、幸せに浸っております。 芭蕉の拝聞に「ついに無能無才にしてこの一筋につながる」という言葉があります。 いろんなことを試みたけれども、結局自分には能力がなく才能もなく、この一筋の俳諧の道につながるという意味になると思います。芭蕉と比べるのは大変おこがましいのですが、まさに「無能無才」のぼくが30代後半から俳句専業になりまして、それでなんとか生きてこられたというのは「澤」の方の支えがあったからだと思います。その感謝の意味を込めて句集名を「澤」としました。 その句集で蛇笏賞をいただけたことを心から嬉しく思います。 先ほども正木さんがご指摘くださいましたが、平成12年の澤創刊以来、約十年の句をまとめました。最初は20年以上前の句になります。作ったときの事情はほぼ忘れてしまっています。 自作をいかに「読む」か、いかに選ぶかと言うことは大変難しいことなんですが、その長い時間ゆえに客観的に読めているということがあったかもしれません。 長い時間というものが味方をしてくれたように思います。 飯田蛇笏は若い頃から憧れて読んできた俳人です。コロナの前に山廬を訪れた際に、お孫さんの飯田秀實さんに山廬の門前から北アルプスが見えることを教えていただきました。 それも常念岳が見えると仰っていました。 常念岳は私の故郷松本からいつも見え愛してきた山です。 それも蛇笏も龍太も見てきたということを伺って、大きく言えば同郷の俳人と言っても良いという身近さを感じるようになりました。 ただその句の含んでいる「垂直性」には近づきがたいところがございます。 代表する句が「芋の露連山影を正しうす」故郷の山を詠むというのは私自身のテーマのひとつと思っていますので、この受賞を機にさらに蛇笏俳句に親しんでその垂直性を学んでいきたいと思っています。 次の句集はあまり時間をおかずに、時間を味方にするなどいっておらず編みたいと思います。 もうちょっと野放図に一冊編みたいと思っています。 60代のうちに蛇笏賞をいただけたことを感謝したいです。 ありがとうございました。 吉川宏志さん。 この度は迢空賞という歴史ある輝かしい賞を頂きましてほんとうにありがとうございます。 選考委員の先生方、この賞を主催していらっしゃる角川文化振興財団のみなさま、 それから「塔」短歌会の日頃から支えになってくださる方々、 文学的な刺激を与えてくださる方々に心よりお礼を申し上げたいなと思います。 『雪の偶然』というのは自分の人生において大変な時期をまとめた歌集になります。 ひとつは30年務めた会社を辞めたことです。 みんなから「大丈夫なのか?」と結構心配されたりもしましたが、なんとかなんとかがんばっておりますが、それから子供が家から自立したりなど、人生上大変なことがった中で歌集をまとめました。 妻の前田康子にほんとうに支えてもらいました。 お礼を言いたいと思います。 この歌集はたまたまなんですが迢空を詠んだ歌が入っています。 ゆうぞらを鳥わたりおり「歌ふ」とは「訴ふ」ことと迢空言いき という歌です。 折口信夫の『国文学の発生』に、「うたふとはうつたふと同根の語である。」という言葉がありまして、この言葉が心に残っていました。 私の歌は社会詠が多いのですが、そういう歌を作っているときにこの迢空の「うたふとはうつたふと同根の語である。」というのが支え、励みになりました。 そういう意味でもこの迢空賞をいただけて嬉しく思いました。 ただ最近、藤井貞和さんの『「うた」の起源考』を読んでいましたら、その一節に逆のことを仰っていて「うたた寝の〈うたた〉」とか「疑う」とかそっちの方が語源じゃないかというのを読んでびっくりしました。どちらが正しいのか私にはわからないのですが、どっちがただしくてもいいのではないかと思います。 「訴える」というのも大事だし「うたたね」や「疑う」も不思議で混沌のあるもの、というのも歌の起源としてはいいなと思います。 いろんな要素を含めた歌を歌っていきたいなと思っております。 それから京都新聞から共謀罪のときにインタービューを受けたことがあります。 なぜ私に共謀罪のインタビューをとびっくりしたことがありました。 新聞記者の方が「新聞の言葉というのは事件が起こってからそのことを後追いする言葉で、逆に詩歌の言葉というのは事件が起きる前に予感的に歌う、時間を先取りした言葉なんだ」ということを仰って、感動しました。詩歌というのは現実を、時間を先取りしていく言葉なんだと実感しました。 迢空賞という最高の賞をいただきましたが、ここで止まらずに粘り強くプレッシャーに感じずになるべく自由に伸び伸びと歌っていきたいなと思っています。 ほんとうに今日はありがとうございました。 選者、主催者と記念写真。 蛇笏賞選者は、高野ムツオ、高橋睦郎、中村和宏、正木ゆう子の各氏。 超空賞選者は、佐佐木幸綱、高野公彦、永田和宏、馬場あき子の各氏。 角川俳句賞選者は、仁平勝、対馬康子、小澤實、岸本尚毅の各氏。 角川俳句賞選者は、松平盟子、坂井修一、俵万智、藪内亮輔の各氏。 俳句賞・野崎海芋さんのご挨拶。 角川俳句賞というのは目指すべきひとつの到達点だと思っていました。 ですが、実際賞をいただいてここに立ってみて、受賞というのは新たな始まりなのだなと感じています。 作品を作り続けるというのはもちろんなんですけれども、座談会などの機会をいただいたり、毎日学ぶことばかりでもっともっと真摯に深く俳句とむきあっていかなければならないなと思っております。 まだまだ実力不足なんですが、導となる師がいること、そして結社の仲間がいるということが私のよすがになると思っています。 性別とか年齢とか職業と言った社会的しばりからまったく関係なく、「俳句」という共通点一点のみで培われる友情があるというのが俳句結社というものの素敵なところだと思っています。 「澤」俳句会の小澤實主宰と「澤」の仲間にこの場を借りてあらためて感謝を申し上げます。 短歌賞・渡邊新月さんのご挨拶 大学に入って、能や和歌や短歌を少し勉強させて頂いて、私がおぼろげにつかみかけたことは、やっぱり型というものは自分を自由にしてくれるんだなということでした。 型というものがあって、自分自身を超越したところで表現することができる。 私の歌が古典の言葉を使う、もう一度使い直すことによって、私の歌がひとつ別のところで鋭く立つことができるというのを発見したことが私にとっては大きなことでしたし、今回の作品を作る動機になったんだなと思っています。 古典というものとの緊張関係を持って、私が詠む歌が、世界・社会のテーマとどういう風に結びつくのかをこれから追求していきたい、という決意を申し上げて挨拶とさせていただきたいと思います。 ご受賞の皆さま おめとうございます。 心よりお祝いをもうしあげます。 今日はひとりお客さまがいらっしゃった。 岡山晴彦さん。 今日は原稿持参でご来社くださった。 担当の文己さんと綿密なる打ち合わせ。 「私の昭和ものがたり」は、わたしにとっては懐かしいもの、ことばかりであるが、若いスタッフの文己さんにとってはいかがだろうか。 「阪妻がねえ」とか、「山田五十鈴がね」とか、 わたしにはわかるが、文己さんは、たぶんさっぱり?であると思う。 しかし、 昭和という時代をしるために編集をお手伝いするのは面白いのではないだろうか。 戯曲集『女鳥』を手に、岡山晴彦さん。 ことし91歳になられるという。 いやはや、 なんともすばらしくお元気で、詩、短歌、俳句、戯曲、等々創作意欲はハンパないものがある。 新宿のゴールデン街には、お仲間がいて句会をやったり、毎日忙しくしておられるご様子である。 いよいよ「ふらんす堂通信」編集期間に突入である。
by fragie777
| 2024-07-03 18:48
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