|
カテゴリ
以前の記事
最新のコメント
検索
外部リンク
画像一覧
|
7月1日(月) 半夏生(はんげしょうず) 富士山開 旧暦5月26日
名栗川にいた川蜻蛉。 川蜻蛉といってもいろんな種類がある。 これは、たぶん「ミヤマカワトンボ」。 赤い翅と青い胴体のコントラストが美しい。 さあ、これからブログを書くか。。。 と思いながら、目の前にある塩飴をひとつ口にいれたところ。 塩飴であるので、やはりしょっぱい。 が、飴であるのでやはり甘い。 甘さとしょっぱさがいい感じに口中を支配している。 ところでこの塩飴、いったいいつのものだろうか。 もうずっと昔からわたしの机の上にころがっていて、しかし、手にとられることもなくそこにあったのである。 もう机の上オブジェのごとくであった。 今日は、ふっとそれが飴であることに気づいたのである。 飴という機能をはたすこともなく、机のうえの夾雑物のひとつの景色としてありつづけたそれを とりあげてじっとみて、そうか、飴なのか、と思い、舐めてみようって思ったのだ。 こんなことを書きつつあるいまも口中にあって、なかなかなめらかな感触のものとして 塩飴としては上等な美味さではないか。。。 はたして3年くらいわたしの机にありつづけたのか、それとも、もっと。 わたしの机は乱雑をきわめていて、ものが見えたり隠れたりするのがデフォルトでもあるので、 今日はこの塩飴はわたしに舐められるためにひそかにその身をやや乗り出したのかもしれない。 塩飴は舐められるためにある。 ひょっとしてこのyamaokaのように塩飴の存在をわすれておられる方がおられたら、 ほら、あなたの前にある塩飴、 どうぞ舐めてあげてくださいな。 って、わたしなんでこんなこと書いてるんだろう。。 6月29日付けの毎日新聞の坪内稔典さんによる「季語刻々」は、中嶋鬼谷句集『第四楽章』より。 瀧口へ仰向けの川流れゆく 中嶋鬼谷 「危ないよ、落ちるよと声を掛けたくなるが、当の川はあおむけになったままのダイビングを楽しもうとしているのかも。」と坪内稔典さん。 「仰向けの川」が面白い。 今日は新刊の髙柳克弘著『現代俳句ノート 名句を味わう』より、「飯田蛇笏」の最初の部分を紹介してみたい。 蛇笏9歳のときの句からはじまる。 もつ花におつる涙や墓まゐり (『山廬集』) 明治二十七年、蛇笏が九歳の時の句である。 芭蕉が「俳諧は三尺の童にさせよ。初心の句こそたのもしけれ」(土芳『三冊子』)と言ったように、さかしらな大人よりも、言葉を飾るすべを知らない子供の方が、ときにすぐれた句を作ることがる。そうはいっても、私たちは普段、子供の俳句と大人の俳句を区別してしまっているのではないか。結社誌でも、子供の投句欄を別に設けているところがある。俳句大会でも、「大人の部」と「子供の部」とで投句先を分けているのが普通だ。 蛇笏のこの句は、子供の作った句だから良いというのではない。純粋に作品の完成度が高いのだ。それは、墓参の悲しみを子供ながらにわかっているからではなく、悲しみを物に即して表すという、俳句表現の原則がしっかりと踏まえられているからだ。いささか通俗的なきらいはあるが、この句は大人の俳句の舞台にあがっても、まったく遜色のない句である。才能という言葉を安易に用いることは慎みたいが、九歳の作としてこのように俳句形式の要諦を弁えた句を見せられると、やはり蛇笏というのは俳句に選ばれた人なのだと思わせられる。 まだ墓に捧げる前の、「もつ花」に涙が落ちているのだから、花の持ち主は溢れくる悲しみらえきれなかったのではないか。遠忌というよりも、ここ数年の、生々しい死の記憶が、この句には書きつけられている。蛇笏は生涯、その作品を通して死を見つめ続けたが、すでに幼少期からその萌芽はあったことを、この句は示している。 この句の良さは、「墓参の悲しみを子供ながらにわかっているからではなく、悲しみを物に即して表すという、俳句表現の原則がしっかりと踏まえられているから」という指摘にはっとする。そして蛇笏の死への思いは「すでに幼少期からその萌芽はあったことを、この句は示している。」と。 このあと飯田蛇笏の俳句への鑑賞はつづいていくのだが、この最初の一句の鑑賞にして、すでに蛇笏の本質をとらえた飯田蛇笏論となっているのではないだろうか。 「俳句の鑑賞の領域をひろげ、おもわぬところに気づかせてくれ、そしてきわめて繊細な見方もあって、とてもいい本だと思いました」と、高橋睦郎さんから感想をさきほどいただいたのだった。 もうすでに口の中には飴はないことに気づいた。。。
by fragie777
| 2024-07-01 19:04
|
Comments(0)
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ファン申請 |
||