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6月19日(水) 旧暦5月14日
家の令法(りょうぶ)の花が咲きはじめた。 蕾をつけてからひと月以上かけて花ひらく。 清雅な雰囲気のある花である。 今朝は雨も止んで、晴れた一日となった。 出かけるためのドアをあけて、空をみて、(歩いて行くか……)と思い、(いや、暑いな、歩くには)(じゃ、自転車か)(白いスラックスがよごれるな)一瞬のうちにそんな自問自答をくりかえして、結局は車に乗り込んだのだった。 どうしても安きについてしまう。 自分を甘やかすことが大好きさ。。。。。 新刊紹介をしたい。 46判背継ぎ上製本カバー装帯有り 184頁 二句組 著者の竹腰素(たけのこし・はじめ)さんは、1939年福井市生まれ、現在は岐阜市在住。2006年「三四雁通信句会」会員、「はるもにあ」会員。2007年「山河俳句会」会員。2014年詩集『しゃぼん玉刑』(北陸現代詩人賞 奨励賞受賞。現代俳句協会会員 俳人協会会員。本句集は第1句集であり、「はるもにあ」の満田春日主宰が跋文を、岸本尚毅さんが栞文を寄せている。 跋文のタイトルは、「ポエジーは時空を超えて」。満田春日主宰は詩人でもある竹腰素さんの詩質をふまえつつ、丁寧に俳句を鑑賞している。タイトルとなった『水無月の鹿」の句についての鑑賞をまず紹介したい。 水無月の鹿がのぞくよ厨口 素 鹿は古来秋の季題だが、この句は「水無月」という別の季を得て伝統から一旦自由になった。さらに、神の使いだったり、その角で宇宙からのメッセージを受けとったりというスピリチュアルな鹿のイメージからも距離を置いた。水無月の鹿。この句の命は水無月にある。雌なら出産したばかりの子鹿を連れているだろうか、雄なら柔らかな袋角を伸ばしている頃か。のぞくよ、というやさしい口吻の句から集名がつくと聞いたとき、詩人でもある素さんに相応しいと頷いた。しかし同時に、これが太平洋戦争の戦火激しき頃の実体験であることも知らされた。十分な餌を与えられなかった奈良公園の鹿、米櫃に鹿が頭を突っ込んでいると母上が悲鳴をあげたのだと。水無月は田に水をゆきわたらせる水の月だが、その年の田んぼの有り様、そして収穫はいかなるものだったろう。 人に馴れた愛らしい鹿になったり、飢えに苦しむ戦時下の鹿になったりしながら、この子は素さんの俳句の世界へと私たちを招く。 戦火の下での体験であるとは。『水無月』という美しい言葉を冠した鹿、もうそれだけで特別な鹿となった。作者がこの鹿にたくしたものが「水無月」にすべて籠められている。 岸本尚毅さんは、「『水無月の鹿』をよむ」と題して、たくさんの句をあげて鑑賞をしておられる。そのうちのいくつか。 栞文は、「この句集には動物を詠んだ佳句が多い。」という一文ではじまる。 菜の花や蛇にさも似る鷺の頸 鷺の頸は細長い。鳥類の鷺と爬虫類の蛇の骨格が似ていることに不思議はないが、「さも似る」といったことで作者の興味が読者に伝わる。「菜の花」という背景があるので、鷺が美しいし、作者の脳裡に浮かんだ蛇(おそらく鎌首をもたげた姿であろう)の姿も美しい。 天守へとご門の多し穴惑 天守閣に至る道に門の多いことを詠った。城らしい景である。下五は植物の季語でも成り立つ句であろうけれど、蛇の姿を点じたことで生き生きした句となった。蛇は道を横切ったり、石垣や茂みに出没したり、城中の生態系の頂点に立つ生きものとして、堂々と、しかも優雅に振舞うのだ。 「虫を詠んだ句にも惹かれる作が多くあった」としるし、 ひとつ囲にふたつ蜘蛛棲む秋の空 こういう景はよく見るが、この句のように素直な描写は出来そうで出来ないものだ。 旱田や即身仏に歯の残り 即身仏の朽ちた口元から、かろうじて残った白い歯が覗く。即身仏を納めた堂から望む風景は一面の旱田である。古い時代であれば餓死や身売りもあったであろう、そのような過酷な世を生きた僧侶のぼろぼろの亡骸がそこにある。(略) 著者は詩人でもあると聞くが、句集を読むかぎり、俳句の骨法に忠実な、表現に過不足のない確かな句をいくつも拾うことが出来た。 俳句らしい、短く強い句を多く揃えたこの好句集が良き読み手と出会うことを願う。 即身仏の句より、「過酷な世を生きた僧侶のぼろぼろの亡骸」と鑑賞するのがするどい。「歯の残り」が無残でリアルだ。 本句集の担当はPさん、Pさんのすきな句は、 子燕のはじめて梁に鳴く日かな 寒晴の仮死の目白を拾ひけり 春の蚊のそこはかとなく人を選り 炉心溶融白繭にさなぎ眠りて 透明なものに輪郭ある寒さ 子の詩集抱きて母寝る聖五月 紫陽花の日に日に影をひろげけり 子燕のはじめて梁に鳴く日かな この句は、満田春日さん、岸本尚毅さんともども、鑑賞でふれている。「営巣から見守ってきた眼差しがあたたかい」と満田さん。「『はじめて』は、燕の営巣を見守る人の心優しい気づきである」と岸本さん。この句「梁に」という二文字によって、子燕のいる情況がよくわかる。とても簡潔であり場面がよくみえてくる。そしてそれを見つづけ来た作者の心情もおのずと読者に伝わってくる。 春の蚊のそこはかとなく人を選り おもしろい一句である。「春の蚊」を歳時記で調べてみて驚いた。「春になって羽化したのではなく、成虫のまま越冬したイエカ属の蚊である。昨今は暖房の整備が進み、温暖化もあって、蚊の越冬には条件が整ってきているといえようか」とある。つまり、夏の先触れとして早めに羽化した蚊ではなく、なんと越冬したツワモノ(?)の蚊なのである。初々しい蚊ではない。そんな蚊であるからこそ、人を見る目もできている。美味そうな血の持ち主はだれだ?と吟味するゆとりさえある。しかも、「そこはかとなく」である。さすがあなどれない。そんな春の蚊をみている作者の目もまた、ややおもしろそうでありつつ、余裕を感じさせ、この春の蚊といい勝負である。 透明なものに輪郭ある寒さ 不思議な句。寒さというものをひとつの観念でとらえたような句と、一見おもうのだが、「寒さ」と最後に置かれたこの句を、(ムムムッ)なんだこれはと思い、ふたたび初めから読んでいくと、輪郭をもった本来透明なものがみえてくる。氷だったり、雪だったり、霜だったり、液体から固体になることによって輪郭がうまれるのだ。まずは視覚にうったえて、「寒さ」という体感を呼び起こすことによって、寒さをまとった透明な輪郭あるものが見えてくる。すこし、理屈っぽくなるけれど、「寒さ」という感覚をひとつの視覚的な概念でみせた面白さがないだろうか。 子の詩集抱きて母寝る聖五月 この句集はいまは亡きお母さまにささげられたものである。満田春日さんの跋文によると「本集に母上を詠まれた秀句の数、三十近く。『水無月の鹿』は母に捧げる句集という一面を持つ」とあり、〈小春日の伊吹に向けて母の椅子〉〈梅雨月や見えぬ瞳をあくる母〉などの句を鑑賞されている。掲句もまた母を詠んだ一句だ。母上にとって、わが子の詩集はなによりもの宝物なのだろう。著者は1冊の詩集を上梓された。母はそれを何度もくり返し読んだことだろう。〈棺には杖と詩集と夏帽子〉という句も収録してあり、2016年6月享年103歳で母上は亡くなられた。その棺に詩集をおさめたのである。1冊の詩集を介して濃密な親子の関係がみえてくる。〈古襖母には読めし崩し文字〉という句も収録されており、教養ゆたかなお母さまであったことがわかる。だれよりも良き詩集の愛読者であり理解者であったことだろう。詩集も句集も母のために編まれた1冊なのだ。 初蝶の交はりあはく離れけり わたしの好きな一句である。岸本さんが栞文で鑑賞しておられる。「出はじめの頃の蝶々のささやかな接触。「離れけり」と強く切ったことで、しっかりと情のある句となった。」この句「ハ音」が効果的である。リズムを刻むように「ハ音」がおかれている。そしてどこか、初々しい気にみちている。「離れけり」の切れが、「しっかりと情のある句となった」という読みの深さにおどろく。まさに会者定離の一句だけれどそう言ってしまうと陳腐で月並みだ。「初蝶」がもつ清らかさもみえてくる一句だ。 校正スタッフのみおさんは「〈胸鰭のまだ乾かぬに施餓鬼舟〉「まだ乾かぬ」がとても生々しく、実感がこもっているなあと感じます。」 この句集に収めた句の多くは、二〇〇六年から二〇二二年の間に、句誌「はるもにあ」及び「山河」に発表した作品の中から選定したものであり、選定にあたっては「はるもにあ」主宰満田春日氏の助言を得た。読むに値する句がいくらかでも含まれているとすれば、それは主宰の助言に負うことを申し上げ、氏に謝意を表したい。 私が句を作り始めたのは、二〇〇五年、大学(国際基督教大学)の山岳部OB会に出席したことが契機になっている。そこで往時の山仲間が俳句を通じて交流をしているのを知り、彼らの屯する通信句会(三四雁通信句会)に、参加を申し出た。当時の私は身体不自由の母を介護する日常だったので、何らかの気晴らしを欲していたのである。ただ下手な作句では気晴らしにならないので、いくつかの句誌を見比べ、「はるもにあ」の門を叩くことにした。早世した田中裕明の句をうけついだ、同誌の平明な句風に惹かれたからである。爾来、満田氏の指導を仰いでいる。 さらに、通信句会幹事の高野公一氏の推薦により、「山河」に同人として参加することになった。個性的な同人の多い同誌の作品から多くを学ばせていただいた。前代表松井国央氏、畏友高野公一氏が昨年相次いで死去したのは、私の深い哀しみである。 また、「獅子吼」の大野鵠士主宰から連句について多くのことをお教えいただいた。ここに併記してお礼を申し上げたい。 また、田中裕明の盟友である岸本尚毅氏に栞文の執筆をお願いした。よい栞はその本の読者のみならず、作者にもよい道標であることを痛感させる。玉章をお寄せいただき深謝する次第である。 「あとがき」を抜粋して紹介した。 「あとがき」には、お父様のことにも触れられているが、それについては、本句集を読まれて欲しいと思う。最後に「早世した父のひそかな志向に、この句集が応えるものであることを祈るのみである。」と付されている。 本句集の装釘は和兎さん。 タイトルはパール箔。 背継ぎ表紙である。 最近では珍しい。 背は白の布クロス。 扉の文字は金箔。 しやぼん玉うかとたましひ吹き入れし 詩人としての矜持を保ちつつ、謙虚に俳句形式に向かわれた成果がこの句集である。 (満田春日/跋) ご上梓のお気持ちをうかがった。 とにかく今は発行にこぎつけてほっとしているのが実情です。 重い荷物をひとつ下ろした気分です。 歳をとってからこれまでの一生分の句を一冊にまとめるのは骨の折れる仕事で、もう少しこまめに句集を出しておけばよかったかなと思っています。 この次はもっとすんなり読める句集を素早くつくれたらいいのですが……。 竹腰素さん。 2023年11月10日 ご来社の時に。 ご体調をくずされて、心配いたしましたが、お元気になられてなによりです。 次の句集はもうすこしはやくお作りいたしましょう。 ご健吟をお祈りもうしあげております。 ヒロシマノマツクラガリノサクラカナ 竹腰 素
by fragie777
| 2024-06-19 20:25
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