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5月22日(水) 旧暦4月15日
仕事場への途上の薔薇。 いつもここで立ち止まって匂いをかぐ。 この日は空がいちだんと青かった。 薔薇をそだてている家がおおくて、この季節、たっぷりと薔薇をたのしむことができる。 わたしの生家では、母が花好きで薔薇や蘭をそだてていたが、わたしはいっさいダメ。 何にもしなくても季節になると咲いてくれる木の花しかわが庭にはない。 薔薇はしおれかけてゆく凋落の感じもきらいじゃない。 剪り花にはほとんど興味がない。 だからわたしに薔薇の剪り花をプレゼントしてくださらなくても結構よ。(誰もしやしないけど……念の為 18日づけの日本農業新聞の「おはよう 名歌と名句」に宮坂静生さんが、大井恒行句集『水月伝』より一句紹介しておられる。 「花の悲歌」芥子の花にぞとこしなえ 大井恒行 「掲句の作者は雛罌粟を永遠の祈りをこめて捧げたいという。明るい地中海が見える」と宮坂静生さん。 共同通信発信の新聞連載時評「俳句はいま」に浅川芳直さんが、井上弘美編『発信―武蔵野大学アンソロジー』と阪西敦子句集『金魚』をとりあげてくださった。 「俳人の感覚と教科書のずれ」と題して、子どもがつくる俳句について触れている。「俳句」4月号の中西亮太さんの寄稿「俳句と教育」についてふれながら、教科書で紹介されている子どもの俳句の問題点を指摘する。そのうえで星野髙士・仁平勝・石田郷子監修『先生と子どもたちが詠んだ学校歳時記』(角川文化振興財団)における子ども俳句の良さを紹介している。ふらんす堂刊行の上記の2冊はその延長線上での紹介である。 抜粋して紹介したい。 井上弘美編『発信ー武蔵野大学アンソロジー』は、編者が高等教育の場で行ってきた句会の作品集。先生に「教わる」より、自分で表現を「楽しむ」様子が伝わってくる。(略) 「ホトトギス」の生徒・児童の部で俳句を始めた阪西敦子の第一句集『金魚』は、子ども時代から現在まで約40年分の句を収録。〈新しいかさが使える春の雨〉児童らしい素直さが、雨に逆転の価値を見出す。(略)〈牡蠣買うて愛なども告げられてゐる〉〈むかし川見えたる蛍袋かな〉は成人後の句。一貫して伸びやかな佳句の数々は、俳句入門最初の一歩の輝きがいかに大切かを示しているようだ。 今日はお客さまがおひとり見えられた。 俳人の辻村麻乃さん。 目下進行中の「岡田史乃の百句」の装釘について打ち合わせに見えられたのだった。 俳人・岡田史乃は、辻村麻乃さんのお母さまである。 岡田史乃さんが亡くなられたあと、俳誌「篠(すず)」を継承され、今日まで頑張ってこられた。 今年は、「篠」創刊の45周年を迎えられる。 それを記念して「岡田史乃の百句」に取り組まれたのである。 担当はスタッフのPさん。 打ち合わせはとても楽しそうで、わたしのところまで明るい笑い声がひびいてくる。 辻村麻乃さん。 お母さまとおなじように華やかな方である。 今年45周年をむかえる俳誌「篠」 辻村麻乃さんが継承して5年になるという。 今日辻村麻乃さんがご持参くださった1冊の本。 笹尾史『わたしはロッテではない』 なんと岡田史乃さんが20代のころに書いた小説であるという。 「ストーリーとかなくて、不思議な小説なんです」と麻乃さんがおっしゃるように、その頃流行したシュールレアリスムの影響が濃いかもしれない。 「丸谷才一さんが絶賛してくださったらしいのですが」と麻乃さん。 史乃さんの夫君は詩人の岡田隆彦さん。 20代の岡田史乃さんのまわりには先鋭的な意識をもった詩人たちが集まっていだのだろう、そんな中で書かれた小説かとも。 ちなみにこの「ロッテ」は、ゲーテの『若きウェルテルの悩み』に登場してくる「ロッテ」であるということである。
by fragie777
| 2024-05-22 18:53
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