|
カテゴリ
以前の記事
最新のコメント
検索
外部リンク
画像一覧
|
5月9日(木) 旧暦4月2日
咲き溢れる春紫菀(ハルジョオン) いまはいたるところで目にするハルジョオンである。 ずうっと見ていると眠たくなってくる。 今日は仕事がたまっているうえに、車のタイヤがパンクしてしまうという災難に遭う。 パンク経験は二度ほどあって、一度は運転をしていて、なにかに乗り上げパーン!!というすさまじい音がしてその後車が傾いてしまったのをよおよお家まで運転してもどったこと。 今回は、車にこんな表示が出ていた。 「左リタイヤ空気圧低下」 注意して運転してください。という表示だったので注意しながら運転したのだけど、 やはり気になったので、担当営業マンさんに連絡をしたところ、 「それはパンクです」と言われ、驚いてしまったのだった。 それから保健会社に連絡をしたり、レッカー車の手配をしたりして、それはもう大変だった。 駐車場にやってきたレッカー車。 載せられたわが愛車。 はじめて見る光景。 「一緒に乗って行きますか?」と言われ、あわてて首を横にふって、「仕事がありますので」と断る。 レッカー車に乗ってみたい気もしたのだが。 左後方のタイヤをみると、大きな釘がささっていた。 こんな釘をいつ踏んだのだろうか。 幸いタイヤの交換はしないですみそうである。 井上泰至さんの執筆による「夏目漱石の百句」を校了にすべく、もう一度目をとおしはじめる。 校正と言うよりつい読み込んでしまう面白さだ。 漱石を俳句にさそったのは子規である。 はじめの頃の句について、子規との交流から生まれたこんな俳句が紹介される。 目出たさは夢に遊んで九時に起き この句についての鑑賞で、子規は俳友たちと『なじみ集』というアンソロジーを作っていたとある。漱石の句も17句あって、俳号がなんと「凸凹(でこぼこ)」だったという。「あばた面だった自分の顔を自嘲してこう名乗った」とあり、笑ってしまう。そして松山中学校時代のあだ名が「鬼瓦」だったときくと、いったいどんだけーって思ってしまう。わたしたちが目にする漱石の写真は修正済みのもの、お見合い写真もそうだったということ。こんなふうな面白いエピソードが本著にはいたるところにあって読み物としても楽しい。そして俳句は漱石にとって「自分を解放する器」だったということである。俳句がそうであったということも面白い。 胃病になやまされた漱石であったが、死に至る時まで俳句は漱石を幸せにしたという。 漱石の闘病のすさまじさを思うとなにか救われるような気持ちになる。 6月中には刊行したいが、むむっ、微妙か。。。 明日がんばります。 刊行をお楽しみに。 牡丹を咲かせていた家。 はっとするほどあでやかである。 やはり牡丹園でみる牡丹よりこうして出会う牡丹がいい。
by fragie777
| 2024-05-09 19:28
|
Comments(0)
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ファン申請 |
||