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4月24日(水) 霜止出苗(しもやんでなえいず) 旧暦3月16日
仙川の軽鴨(かるがも)。 渡り鴨たちはすでに帰ってしまって、軽鴨たちがゆったりとのどかに泳いでいた。 これからは子育ての季節となる。 花びらの流れる仙川である。 今日は燃えないゴミを出す日。 わたしは小さめのフライパン(使いふるしたヤツ)と持ち主に確認して黒のスニーカーをゴミとして出した。 まだ履けそうな靴などは、出すときちょっとした勇気がいる。 もったいない、 という意識がまず先行し、しかし、履かない、いつか履くか。。いや履かない、という自問自答をくりかえして結局は出すことになる。 出してしまえば、その靴の存在はきれいさっぱりと忘れるのである。 思うに、捨てるの反対語は拾うである。 しかしながら、わたしたちが物を捨てるのは多くは拾ったものを捨てるのではない。 金銭で買ったものを捨てるのである。 だから、捨てるという行為にもったいないという意識がはたらくのだろう。 購入した金銭の額に見合うだけの減価償却をしていれば、納得がいくのであるが、多くの場合そうではない。 ゆえに捨てる物に貨幣価値がまとわりつく。 そこをふっきらないとなかなか物を捨てられないということになる。 で、 目下、わたしには捨てなくてはいけないものが山積みしている。 人間をながくやっていると、いろいろと捨てなくちゃいけないものが増えてくるのよ。 それをどうするか、、、 う~~む。。。 こころにたまった垢もそぎ落としたいところだけれど。。。。 こっちの方が難問である。 お客さまがおふたりいらっしゃった。 俳誌「閏」の代表の守屋明俊さんと、「閏」の同人でおられる田中京(きょう)さん。 田中京さんの第1句集の句稿をもってのご来社である。 田中京さんは、20代のまだ学生のころに俳句をはじめられた。 在学している東京女子大「白塔会」に入会されて、山口青邨の指導をうけたことが作句のきっかけである。 俳誌「夏草」に入会し、「夏草」終刊後は、「屋根」「藍生」で俳句をつづけられた。 しかし、生活環境のことなどあって、「藍生」を退会され俳句を一時中断されたのだった。 数年後、ふたたび俳句をはじめようとおもったときに鍵和田秞子の俳句にであった。 そく「未来図」に入会し、鍵和田秞子に師事。「未来図」同人を経て、「未来図」終刊後は、「閏」の創刊同人となって現在にいたっておられる。 今回の句集は、青邨の元で学んだ俳句から現在にいたるまでの50年以上にわたる作品を収録した第1句集となる。 「たくさんの句がありましたので、選句に時間がかかりました」と田中京さん。 「青邨先生はどんな方でしたか?」と伺うと、 「それはもう温厚なお方でした。句会においては師と弟子に上下はない、とおっしゃって自由な発言を求められました。そしてご自身の句が選ばれるととても嬉しそうなお顔をなさいました」 「熱烈な巨人ファンで、日本シリーズがあるときなで、句会がおわるすぐにラジオをつけて実況放送などを聞いておられました」 そんな山口青邨の姿は初耳である。 「鍵和田秞子先生の句に感銘をされた、ということですが、どんな句ですか」と伺うと、すぐにさらさらとおっしゃったのが、 鶴啼くやわが身のこゑと思ふまで 鍵和田秞子 枯蓮の水よ懺悔に色あらば 〃 の二句だった。 「いままで自分が勉強してきた写生句とはまたちがった世界が詠まれていて、深い感銘をうけました」と田中京さん。 守屋明俊主宰と田中京さん。 「これまでの句をまとめられて、どんな印象をお持ちですか?」と伺ったところ、 「自分の歩いてきた道をおもいかえし、楽しい気持ちになりました。わたしの句はあかるい句がおおいのです」とにっこりされたのだった。 ふらんす堂で本をつくろうと決められたのも、京王線沿線におすまいの田中さんが、「ご近所でいいと思った」ということと「ご近所を応援したい」ということ。 なんとうれしい理由のこと! そしてとてもすてきなご縁である。 今日のわたしのお昼。 猿田彦珈琲で、一番人気の「ミルクフランス」。
by fragie777
| 2024-04-24 19:03
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