ふらんす堂編集日記 By YAMAOKA Kimiko

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「まつろわざる者」として。

3月21日(木) 雀始巣(すずめはじめてすくう)  旧暦2月12日

今朝の地震、怖かった。。。
ちょうど出かけるべくコートを羽織ろうとしていた時だった。
しばらく揺れながら、揺れがひどくなったらどうしようかって。

となりの造園林に逃げ込むか。。。

幸いなことにそれ以上の揺れは来なかった。

まずはひと安心して車に乗り込んだのだった。



「まつろわざる者」として。_f0071480_16305868.jpg
犬ふぐり。

見つけると(ああ、青い宝石のよう!)って思う。
この青の色が好き。



「まつろわざる者」として。_f0071480_16310095.jpg
犬ふぐりって地震のときって、どんな風に揺れるんだろう。
多分、地面にぴったりとしているんであんまり揺れないのか。
いやいや地割れするような地震だったら、それはもう大変だ。
そんな地震が来ないことを祈るのみ。。。。。




新刊紹介をしたい。


中嶋鬼谷句集『第四楽章(だいよんがくしょう)』。


「まつろわざる者」として。_f0071480_16313803.jpg
四六判フランス装グラシン巻帯有り 192頁 二句組

中嶋鬼谷(なかじま・きこく)さんの第4句集となる。1939年埼玉県秩父郡に生まれる。現在は東京都新宿区在住。加藤楸邨に俳句を学び、「寒雷」同人を経て、2019年季刊同人誌「禾」を折井紀衣、川口真理と共に創刊。のち、藤田真一参加、現在にいたる。句集に『雁坂』『無著』『茫々』がある。本句集はそれにつぐ第4句集である。ほかに評論・評伝などの著書も多く、郷里秩父の「秩父事件」をあつかった著書や秩父の俳人・馬場移公子についての著書などがある。本句集に、俳人の山下知津子さんが栞文を寄せている。「燠と芽吹き」と題した栞文は10頁におよぶもので、句集『第四楽章』の評のみならず、力のはいった俳人・中嶋鬼谷論である。ここでは『第四楽章』にふれているところを中心に抜粋して紹介したい。
まず、山下知津子さんは、「鬼谷」という俳号をとおして、中嶋鬼谷という人間の本質を解き明かす。

中嶋鬼谷氏の「鬼谷」という俳号は、氏の思索と存在すべての象徴である。(略)「鬼谷」の「鬼」とは、端的に言えばまつろわざる者である。そして「谷」とは、氏の生まれ故郷である秩父谷である。

「まつろわざる者」とは、すなわち「服従しない者」の謂いである。
まさにドンピシャリの言葉だ。その反骨精神をもって、俳句をつくりものを書き、今日まで生きてこられた方である。
そして「あとがき」は、こんな風にしてはじまる。

私の青春時代は社会が「六〇年安保闘争」の渦中にあり、秩父の寒村から都会にやってきた私は、別世界とも言うべき喧噪の現実に遭遇することになった。やがて学生寮の友人に誘われて国会周辺のデモに参加するようになり、次第に政治問題に関心を持つようになっていった。
当時、私はフランス文学、特にロマン・ロランやクロード・モルガンの小説に読みふけっており、平凡な一市民を主人公とする小説の中の次の一行の文章に出会った。
彼は政治に介入しなかった。政治の方がやってきて彼に介入した。
まるで私のことを言っているような一文であった。「六〇年安保闘争」の時代は、まさにそういう時代であった。
以来、私は「六〇年安保世代」を標榜し、八十五歳になる今日まで、権勢におもねるような生き方はしてこなかったつもりである。

つまり中嶋氏にあってはつねにその生き方が問題だったのである。
山下知津子さんの栞もそのような文脈のなかで懇切に記されたものだ。
 
 グラスの縁なづれば音や枯木星
 天狼に見つめられつつ老いにけり

グラスの縁の発する音と枯木星との繊細な出会いと響き合いの妙や、〈天狼に見つめられつつ〉と己の老いを詠むその颯爽たる気概に、作者の生来の豊かなリリシズムが感じられる。(略)
しかしこの生来のリリシズムのままにどこまでも流れてはゆかないところに、鬼谷氏の含羞や節度や認識力があり、それゆえにまた葛藤もあるように思われる。

 夕立の白き闇なす故郷かな
 木菟啼くや闇がふくらみまた縮み
 麦熟るる頃ふるさとを捨てにけり

重い原郷体験を真正面から深々と受け止めた人の書く俳句の底力と、燻銀の存在感を思う。いずれの句も、産土について痛みも伴いつつ切実な我が事として熟察を積み重ねてきた作者が、リリシズムを沈潜させた上で己に徹して書いているものである。。個に徹していればこそ、その言葉はリアリティーを持ち、一句は錘のように読者それぞれの胸に深く沈みゆく。そして確かな普遍性を持つに至る。

 枯葎見るべきほどのこと未だ

『平家物語』における新中納言知盛の最期の言葉を噛み締める作者がいる。壇ノ浦で追い詰められた知盛は「見るべき程の事は見つ」と、鎧二領をまとい海に入った。文楽や歌舞伎の『義経千本桜』では、知盛は大錨をその身にくくりつけ、海に飛び込む。華々しくドラマチックなシーンである。しかし鬼谷氏はその正反対の意向を示す。荒寥として寂漠たる枯葎の只中で、悟りや諦観を拒否し、今生の修羅も無明も、あがきつつまだまだこれからしぶとく見透そうというのである。

抜粋ではあるが山下知津子さんの栞文を紹介した。鬼谷さんの反骨精神に共鳴をしながらの作品理解である。
わたしは中嶋鬼谷さんと郷里をおなじくする秩父出身である。60年安保世代ではないが、70年安保世代である。しかし、腑抜けなスットコドッコイの人間であるので、中嶋鬼谷さんのような方を目の前にすると恥じ入るばかりである。反骨精神も耳かき一杯くらいしかない。それにもかかわらず、ご縁をいただき郷里をおなじくする中嶋鬼谷さんの句集をふらんす堂より刊行いただけたことをとても嬉しく思っている。
句集に収録されている俳句をとおして郷里秩父のことがあらためて思った。
そんな俳句をわたしは少し紹介したいと思う。

 夕立の白き闇なす故郷かな

山下知津子さんが栞でとりあげ、帯の12句に抄出してもいる句である。わたしも好きな一句だ。この故郷は秩父のことである。この句「夕立の白き闇なす」におどろく。闇は黒いもの、ではなくここでは白いのである。激しい雨のふりざまは人間と外界をとざしてしまう。それは厚くとりかこみ行く手をさえぎる。そんな降りざまをみせるほどの激しい夕立なのである。「白き闇」を故郷にみる作者の思いの深さを感じる一句だ。

 木菟啼くや闇がふくらみまた縮み

ここにも闇がある。これもまた秩父の闇である。闇は生きもののようにふくらんだりちぢんだりする。それは闇を身近に親しいものとしてきた人間にのみ感じられるものなのかもしれない。というのは、この句集『第四楽章』には、「闇」を詠んだ句が多い。季語にある「闇」以外に闇が続出する。いくつか句を紹介しておきたい。〈蟇去りしあたりしづくの如き闇〉〈燭の灯に犇めく闇や夏きたる〉〈ぼたん雪家郷への道闇に浮き〉〈竹林の雪折の音闇を抜け〉。「闇」は、なんとたくさんの表情を持っていることか。「しづくの如き闇」「犇めく闇」などなど、作者にとってあらゆるところに闇がある。秩父は山々が眼前に迫る盆地である。それゆえ闇もまた漆黒で深い。その闇の深さに自身を沈潜させながら、中嶋鬼谷さんの情操は育っていったのかもしれない。日当たりのよいところのみを見るのではなく、日当たりのよきところがもついっそうの影の部分、そこにも思いを致す。批評精神は郷里・秩父の闇に育まれたものかもしれない。〈ひたひたと戦前の闇鉦叩〉

 暮れぬ間のしばしを歩む木の芽かな

この一句は、自然のなかにいる思いを率直に詠んでいて好きな一句である。山中は暮れていくのがはやい、きっと郷里の山歩きをしながら芽吹きを楽しんでいるのだろう。「しばし」という言葉に束の間のよろこびがあって、いい。おなじように自然に親しんでいる句に、〈呼ぶ声にかへりみすれば花辛夷〉〈山毛欅若葉音なく風の渡りをり〉〈蕗の葉をたたきて山の雨きたる〉〈冬草のものげなき花いとしみぬ〉などがあって、自然を身近に生活をしてきた人の俳句だなあと、つくづくと思う。

 六〇年安保世代の破案山子

「吾は」という前書きのある一句である。句集の終わり頃におかれた一句だ。やや自嘲的か。そのすこし前に〈麦熟るる頃ふるさとを捨てにけり〉という句があって、ドキッとした。そうか、郷里・秩父を捨てたという思いがあるのか。「麦熟るる」ということは夏のころだ。思うところがあって郷里をはなれた、いや「捨てにけり」だから精神的に訣別をしたのである。郷里にたいする思いが深ければ深いほどそこに容れないものを見出せば妥協はできなくなる。「麦熟るる頃」の上五の季語が、内省的な人間像を浮かび上がらせる。激しくも豊かな自然が中嶋鬼谷という人間の情操をつちかったにもかかわらず、その風土を切り捨てるように訣別したのかもしれないが、そこで育まれた情操は俳句においてはすこしも死んではいない。ゆえに季語がこれぼどまでに自然に身体に溶け込んでいるのだろう。詠まれた季語に無理がないのだ。

 狼祀る一峰暗き片時雨

好きな一句である、というか、これは外せない一句だ。秩父の山奥にある三峯神社への挨拶句か。ここは狐ではなく狼が祀られている神社だ。わたしも何度か行ったことがある。秩父はかつて狼の生息地として知られたところだ。金子兜太の〈おおかみに螢がひとつ付いていた〉は秩父の荒々しい闇を詠んだものとわたしは思っている。掲句については、漢字表記を主にし、カ行とイ行の音を響かせてややすべりのわるい固さを表出して、句をするどく立ちあがらせている。景を叙しただけであるが、その底に作者中嶋鬼谷の反骨精神がひそやかにある、とわたしには思えるのだ。

 

私は加藤楸邨師に俳句を学んだ。師の「寒雷」は「有季定型」であり、私の俳句もそのことを踏まえている。一方、楸邨師の批評精神、叛骨精神にも深く学んできたつもりである。
句集名は、
 第四楽章の余韻や夜の花吹雪
からとった。
この数年の間に、親しい友人たちがこの世を去って行った。
私もこの三年ほどの間に冠動脈バイパス、腹部動脈瘤の手術を受けた。人生を四楽章の交響曲に喩えるならば、いよいよ第四楽章に入っている。
入院中は俳句の仲間達や知友の励ましを受け、生きる希望を頂いた。
 
ふたたび「あとがき」を抜粋して紹介した。



本句集の装釘は、君嶋真理子さん。

フランス装の本をというのは、中嶋鬼谷さんのご希望だった。


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そしてシンプルなものをというご希望。


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帯の十二句は、山下知津子さんの抄出である。


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天アンカットで。


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わたしはこの不揃いなところが大好きである。
書物に余韻というものがあるとしたら、ここだな、って思う。


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栞紐は紺。



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 灯を消しぬ欅の芽吹き思ひつつ
 

一生活者としての日常のさりげない行動の中で、身近な樹木である欅の芽吹きに思いを馳せるのである。気負いも衒いもなく、ただ小さきいのちを慈しみ、その光に希望を託すのである。(山下知津子/栞)



著者の中嶋鬼谷さんは、出来上がりをとても喜んでくださり、「満足してます」というひと言をお電話でいただいた。

その言葉をいただけて、とても嬉しい。


わたしは秩父を郷里にしながら、どちらかというと秩父が苦手で、
うすっぺらな都会人になり下がっているのだけど、
このように郷里をおなじくする方の本をおつくりするのはすごく有り難い。
改めて郷里の魅力に気づかされるのだ。







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by fragie777 | 2024-03-21 19:37 | Comments(0)


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