ふらんす堂編集日記 By YAMAOKA Kimiko

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富士山麓にすみ、人生の秋、ないし秋の暮を生きています。。。。

3月6日(水) 蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく)  旧暦1月26日


富士山麓にすみ、人生の秋、ないし秋の暮を生きています。。。。_f0071480_16355977.jpg

仙川の白鷺。


富士山麓にすみ、人生の秋、ないし秋の暮を生きています。。。。_f0071480_16360116.jpg
仙川にはコサギ、ダイサギ、アオサギなどたくさんの鷺がいる。



今日も大切なゲラがわたしの机から消えた。
どう捜してもない。
お送りするはずの方へ「そちらに届いてますか」などとマヌケな電話をしてしまったりした。
しかし、
ないと、困る。
「ない、ない」と言って騒いでいたら、うるさいヤツとおもったのか、スタッフのPさんがやってきた。
そして、わたしの横につみあげてあるもの(わたしはそれをもう5.6回点検したもの)をひとつづつ見ていき、
「これじゃないですか」と指さす。
「ううん、それじゃないのよ、ちがうのよ」と言いながらわたしは指さしているものを見る。
「あら、それだわ! ああ、良かった! ありがとう! どうなることかと思った。心臓が縮まる思い」って言うと、
「まったくどこに目をつけているんですか」と言って呆れた顔でするどく睨む。
それを見ていたスタッフのKさんが「本当にPさんがみつけると一発で見つかるんですね」と笑う。
しかし、どうして、わたしは見つけられないのだろう。
今もって謎である。



新刊紹介をしたい。


佐々木敏光句集『富士山麓・秋の暮(ふじさんろく・あきのくれ)』



富士山麓にすみ、人生の秋、ないし秋の暮を生きています。。。。_f0071480_16365541.jpg
46判ペーパーバックスタイル 148頁 三句組

著者の佐々木敏光(ささき・としみつ)さんは、1943年山口県宇部市生まれ、現在は静岡県富士宮市在住。もと「鷹」同人。いまは、ご自身のホームページ「俳句*佐々木敏光」をもっておられ、そこに作品などを発表しておられる。本句集は第1句集『富士・まぼろしの鷹』、第2句集『富士山麓・晩年』につぐ第3句集となる。

この第三句集『富士山麓・秋の暮』には、ネット版・佐々木敏光俳句個人誌「富士山麓(第二期)」の二〇一八年から二〇二三年にかけて掲載した句から選んでのせている。

「あとがき」にある。
佐々木敏光さんは、富士宮市の富士山麓にお住まいで、富士山は日々に親しい山なのであろう。句集すべてに「富士」と命名されており、本句集にも多くの富士が登場する。

本句集の担当は、文己さん。
「雄大な富士の麓での暮らしを想像しながら編集製作をおすすめしました。」と。
文己さんの好きな句は、

 新緑や付喪神住む藁農家
 ベランダに我待つ靴や夏の朝
 炎天や大地に点として渇く
 正面に雪の富士たつ家路かな
 水澄むや川底歩むわれの影
 わが森のわがふくろふと決めて聞く

 正面に雪の富士たつ家路かな

たくさんの富士の句のなかから文己さんが選んだ一句である。家への帰途の道すがらに富士を見ながら帰るとは、なんとも羨ましいことだ。しかも雪の富士とは、思い浮かべるだけで真っ白な富士山が立ち上がってくる。作者はつねに帰途には富士を見ているわけであると思うが、やはり四季のいずれにおいても「雪の富士」を正面にすえながらの家路が最高なんだろうって思う。「富士ある」ではなく「富士たつ」としたことによって作者のなかで更新された富士を見上げたのだ。〈雪白くまことの富士となりたまふ〉という句もある。

 わが森のわがふくろふと決めて聞く

佐々木敏光さんの暮らしの環境を彷彿とさせる一句である。そして羨ましい。「わが森」と「わがふくろう」と決めても誰も文句は言わないだろう。そう決めてふくろうの鳴き声を聞くだけなのだから。われのものと思えばいっそうの親しみがわくというもので、さらに「わが」という語彙によって、森への生き物への神のごとき慈しみも思わせる。そんな風にして自然との日々をたのしまれている佐々木敏光さんの暮らしの豊かさがみえてくる一句だ。

 万緑や瞳のごとき一湖あり

「瞳のごとき」の比喩に驚く。夏の森は鬱蒼として暗い。そんななかに湖を見つけた。それは潤いにみちた光をたたえ、人を引き込むような力をもっている。そして神秘的でさえある。あるいはこの「瞳」とは、森を統べている者の目か。万緑なればこその「瞳のごとき一湖」である。

 宇宙とは巨大な書物福寿草

作者は、フランス文学者でもあり、16世紀のフランスのユマニスト・モンテーニュの研究もされており、ホームページにその頁もある。神学の呪縛から解き放たれて合理的、実証的に人間研究をおこなったユマニストの研究者であれば、佐々木敏光さんもまた「知の人」であると思う。上五中七はそのような佐々木さんが導き出した感慨である。下五の季語「福寿草」がそんな思索をする作者の足元を明るく照らしている。マクロ的な視座から一挙にミクロ的な視座「福寿草」へと焦点が絞られていき、その生気がまぶしい。

 
 とりあへず無念無想の端居かな

この作者らしい「端居」とみた。たぶん思索者である作者は、思考の枷から逃れられないのではないだろうか。せめて夏の一夕の「端居」くらいは、雑念をとりはらってなにも考えず「無念無想」の境地でのぞみたい。まず「とりあへず」である。しかし、わたしは思うに、きっとすぐにモンテーニュのように人間についてのあるいはわれについての思考、わたしは何を知っているのだろうか。などなど自問自答をしつつ端居をされるのではないだろうか。この上五の「とりあへず」の副詞が効果的である。


この九月に八十歳になってしまった。
掲載の句の中には昔を思い出して作った句もあり、かならずしも季節順にはなっていない。そこで、並べなおすのはやめて、個人誌で発表した順のままにしておくことにした。
これからも句をつくらないわけでもないが、諸般の事情により句集はこれで最後といった思いである。
万感の思いはあるが、あえて書かない。

「あとがき」を紹介した。


本句集の装釘は君嶋真理子さんであるが、ほぼ作者の佐々木敏光さんのご意向にしたがってデザインにしてもらった。


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表紙の写真は、佐々木さんによるもので「田貫湖」とある。


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扉。


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 神死せりニーチエも死せり大銀河

 StayHungry StayFoolish  夏怒濤


句集のタイトルは少々長いが、「富士山麓にすみ、人生の秋、ないし秋の暮を生きている」ことを表していると、とっていただければ幸いです。(あとがき)


上梓後の所感をいただいた。

編集部の適切な提示などもあり、充実感をもっての句集制作過程でした。
これからしばらくは、ゆったりと自然の中で生活をつづけながら、出会ったもの、思いついたことを断片的なメモにしたりするよりほかないというのが実情です。
俳句に「年齢」による「軽み」が加わっていれば僥倖です。富士山麓の日常の断片と年相応の思いなどに、若き時代へ翔ぶ心も混在しています。
そして、三人の俳人の言葉を引用されてきたので、紹介をしておきたい。

①「後ろめたさついでに言えば、俳人という肩書がつくことも後ろめたいね。この頃はみんな図々しくなってえらそうにしているけど、戦前なんかは恥しいぐらいのもの だったからね。だいたい、俳句でいっぱし結構だなんていうのは、一世紀に一人や二 人ですよ。あとはみなジャミ(釣で言う小魚のこと)。そいつらがつっぱって、かっ こつけているのは滑稽ですよ。それに、俳句には専門的な要素なんてどこにもありま せんよ。俳人が専門家意識を持っちゃ、おしまいです。先生、先生つて黄色い声で言 われるのは、いい気分だけどね。俳人という看板を出している以上、この点はしっか りと自戒しておかなければならないと思うね」 (飯田龍太「太陽」1987年3月号)
「見事な技がかえって作品を小ぶりにしていないだろうか。」(飯田龍太)

②「こうして三十年間の句業の跡である作品を調べてみると、作法を決めたくないのが私の作法であるという観を呈している。しかしどの句も、その時の私自身に対して せい一杯忠実につくってきたつもりである。そのうちに、俳句は事前に予定すると成功し難いという厄介なこともわかってきた。作法は選ばず、結局私がこだわるのは言葉だけである。俳句という特殊な詩形にの せて、言葉を詩の言葉としていかに機能よくはたらかせるかという興味である。俳句の場で、言葉、言葉というと、こころを軽視しているととられる。だが作品を なすにはまず何らかの意味でのこころが在り、最後に又何らかのこころが出ていなけ ればならないのは当然である。(『飯島晴子読本』富士見書房)

③「俳句は詩です。詩は言葉でつくります」 「詩はむりなくわかることが大切だと思います」「俳句という詩は、ほんのささやかな営みですが、セオリーを身につけて、そして セオリーを忘れることが大切です」(田中裕明)




 カツトスイカ買ひて夫婦の暮しかな   佐々木敏光







今日はお一人お客さまあった。

董振華(とうしんか)さん。

第二句集の句稿をもってご来社された。

董振華さんは、ふらんす堂より第1句集『聊楽』(りょうらく)』を上梓されている。

お目にかかるのは久しぶり。
担当のスタッフのPさんと打ち合わせが終わったあと、

「句集『聊楽』っていつの刊行でしたっけ?」と董振華さんにお尋ねした。
「2019年です。だからもう5年前なんです」と董さん。
「ええっ、もうそんなに経つのですか」とわたしは驚く。

句集を上梓されたあと、すぐコロナが蔓延し、董さんはどこにもでかけず家で蟄居されていたということである。
五年後にはつぎの句集を上梓したいという思いはあって、この度のこととなった。
第1句集は、師である金子兜太がなくなった亡くなった翌年の上梓。題簽は金子兜太による。
そして、この度の句集『靜涵(せいかん)』にも金子兜太の題簽である。
生前の兜太さんが思いをかけられた弟子である。




富士山麓にすみ、人生の秋、ないし秋の暮を生きています。。。。_f0071480_16361600.jpg

董振華さん。




余談であるが、もっか中国時代劇に夢中なわたしは、董振華さんにドラマのことを尋ねてみた。
すると、董さん、わたし以上に(当たり前か……)中国時代劇に詳しい。
で、打ち合わせ後は、おおいに中国ドラマ談義に花がさいたのだった。
おもしろいドラマをたくさん教えてもらったわ。
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by fragie777 | 2024-03-06 18:53 | Comments(0)


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