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2月14日(水) 魚上氷(うおこおりをいずる) バレンタインデー 旧暦1月4日
四十雀。 いまはあっちこっちでよく見る。 特有の言語を持っており、わたしはその幾つかは聞き分けられる(と自分では思っている) 今日はバレンタインデー。 ということで、 わたしは手の爪を切った。 いったい何の因果関係が、、 ありゃしないけど。。。 切りながらおもったことは、爪ってそれぞれ伸び方がちがうってこと。 全体左手よりも右手の方が伸びてた。 小指や薬指よりも親指は人さし指の方が伸びがいいとも。 そして思った。 なんと不格好な手。 わたし、こんな手をもって長い間生きてきたんだ。って。 自分にチョコレートをあげたくなった。 新刊紹介をしたい。 四六判ハードカバー装帯有り 208頁 二句組 俳人・守屋明俊(もりや・あきとし)さんの第5句集にあたる。守屋さんは、昭和25年(1950)信州伊那高遠のお生まれ。昭和61年(1986)「未来図」に入会、鍵和田秞子に師事。平成3年(1991)未来図新人賞、平成11年(1999)「未来図」編集長、平成14年未来図賞受賞、令和2年(2020)鍵和田秞子主宰逝去、「未来図」終刊。令和3年(2021)俳誌「閏」創刊・代表、「磁石」同人。俳人協会評議員、日本文藝家協会会員。句集に『西日家族』『蓬生』『日暮れ鳥』『象潟食堂』『自選守屋明俊句集』がある。 略歴を拝見して、信州伊那高遠とあって、ここは信州の俳人井上井月がその活動を中心的にした土地ではないかとおもう。井上井月の本はかつて出版社勤務時代に一度関わったことがあって、あらためても守屋さんの故郷の風土をおもい、その風土がどれほど守屋さんに影響しているのだろうかなど、そんなことも興味ふかくおもった。 この『旅鰻』は『象潟食堂』に続く第五句集。六十七歳から七十二歳までの五年余りの作品を収めた。句集名は集中の〈旅鰻旅の終りは魂抜けて〉に因る。 と「あとがき」にある。 本句集の担当はPさん。 まだ風に肌を許さず牡丹の芽 花むしろ二人がかりで払ひけり あをあをと葱ふくらます光かな あたたかや母の遺せしヤクルト飲む 花として観る朝のあり南瓜畑 好きな句をあげてもらった。 あをあをと葱ふくらます光かな 「葱」が季語。食するときは、葱の白さに気持がいくが、畑に生えている葱畑ではなんといっても「青」の存在感が目をひく。この葱はきっと畑でもっか育ちつつある「葱」だとおもう。「あをあをと葱」までは、そういうものであると読むが、後半の「ふくらます光かな」でおっ!って思う。葱がふとって充実しているさまがみえてくるのだが、太陽光の下葱が葱がおおいに太ったことを「葱ふくらます光かな」と「光」に焦点をあて叙したことで、景に透明感と詩情が生まれた。きわめてシンプルに詠まれた一句であるが、こんな風に美しく詠まれて葱はおおいに満足していることだろう。 あたたかや母の遺せしヤクルト飲む 作者も自選であげている一句である。わたしも好きな一句。「悼 守屋道子」という前書きの句〈母は夜を吹きすさぶ風雪柳〉という句に導かれて母の句が数句おかれている四句目のもの。充分に介護をつくされたのだろう。そんな充足感のみえる一句である。お母さまが生前ヤクルトを飲まれたのだろう。切らさないように常備していたもの、そんなヤクルトが遺ってしまった。遺言のように。ひんやりと冷たく甘いヤクルトがのど元をとおっていく。上五「あたたかや」が作者の心情を十全に語っている。体感としてのあたたかさというよりも母への思いと、母よりの思いなどをしみじみと思い出し、その愛情のあたたかさに身を浸している、そんな「あたたかさ」だ。「ヤクルト」という具体的な固有名詞であるからこそ、生前の母との生活にねざした緊密な関係が効果的に詠まれている。「ヤクルト」をこんな風に母への追悼句に入れて詠む、ということも驚き、でした。 眼科医のくまなく覗く我が銀河 わたしの好きな句である。作者も自選にあげている。目の調子がわるくて目医者さんに行って診察をしてもらったのである。目医者さんが、目のなかを診察のために覗きいこんだその一瞬を俳句にしたのである。まず、それがおもしろい。生活の局面のある瞬間を五七五にしてしまうのが俳人であう。お見事って言いたくなるくらい。そして「我が銀河」がなんともいい。眼球の、ある意味では神秘的な世界を「銀河」に喩えた。それによって身体の一部、しかもすべてを見尽くす目のなかにも銀河があってそれは果てしない宇宙へと通じている。そんなロマンを匂わせている一句だ。「わが銀河」を覗いているのは眼科医であって作者自身ではない。しかし作者の想念にはありありと眼科医のまえに展開されている目の宇宙が見えるのである。人体はつねにロマンを内包している。。。 子規の忌の月見バーガー子規と食ふ これも好きな句である。子規忌に子規をおもっている。どう思うかというと、「月見バーガー」という目玉焼きの載ったハンバーガーを食べるのである。おそらく、いや絶対に子規が知らなかった食べ物である。健啖家の子規のこと、彼が生きていた時代にあったら大いに喜んで食したのではないか。パクついている子規の横顔が目にうかぶよう。この作者もまた月見バーガーを大口をあけて食べる時、子規の存在を感じたのだ。下五の「子規と食ふ」の措辞によって子規を生き生きと生き返らせている。子規という人物もまたおおいに人懐っこい人物だった。月夜の晩には、ひょっこりと現れるかもしれない。この一句、単なるハンバーガーでなく「月見」であることによって、「月」を連想させ、しっとりとした情感が呼び起こされる。誹諧味もある一句。 涙ほどあたたかき雨春を待つ 句集『旅鰻』を拝読するにあたって、今回は作者の自選句と自分の好きな句があまりにも一致してしまうので驚いている。この句もそう。待春のこころを雨に寄せた。どんな雨かというと「涙ほどあたたかき」雨であるという。単なるあたたかさではなく、「涙ほど」がいい。人間の肉体のあたたかさは実感できるものだ。春がちかづけば身体もゆるみ、涙腺もゆるくなる。身体がほどけていくそんな感触、それを「涙」に集約させたのである。やさしい表情をした心地よいあたたかさの春雨が春といっしょにやってくるのだ。 春永や触るれば美しき子らの指 この句「春永(はるなが)」が季語。わたしははじめて目にする季語だった。「春」の季語かと思い調べたところ、「新年」の季語である。「新年になって陽光もさることながら心持ちものんびりしたことを楽しむ風情がある」と歳時記に。そんな季語にも挑戦されている本句集である。 校正スタッフの幸香さんは「〈朝涼や木登りの木に花が咲き〉が特に好きでした。」と。 令和三年(二〇二一年)に九十七歳の母が永眠した。その前年には恩師の鍵和田秞子先生を失った。母も先生もコロナマスクを最後まで外せなかった。母の死と前後して、身ほとりの御縁ある皆さん方と俳誌「閏」を創刊し、もうすぐ三年になる。この句集は「未来図」時代の句とそれ以降の句を心覚えとして年代順に纏めたものである。 「あとがき」を抜粋してふたたび紹介した。 ここに記されているように守屋さんは大切な人を二人失っている。 お母さまとそして師である鍵和田秞子氏である。 本句集の装釘は和兎さん。 守屋さんの句集へのこだわりを十全にとりいれた一冊となった。 質朴感とシンプルさ。 病葉に戦火の色を学びたり 「悼 鍵和田秞子先生」と前書きのある一句である。 2020年にふらんす堂より『鍵和田秞子全句集』 が刊行されたのであるが、守屋明俊さんは、その編集委員のお一人としてご尽力くださったのだった。 ご上梓後のお気持ちをうかがった。 (1)本が出来上がってお手元に届いたときのお気持ちはいかがでしたか? 今回もすべて自分で編纂し、一句一句に魂を吹き込み配列しましたので、句集として出来上がって来た時は感慨一入でした。 評判の高かった前句集の『象潟食堂』の装幀デザインの明るさに対し、今回はかなり落ち着いたトーンの装幀を希望しましたが、その通りに仕上げてくださり、装幀され た和兎さんをはじめ、ふらんす堂の皆さんに感謝しています。 表紙のデザインの鰻には勢いがありますね。旅の終りは、旅の始まりでもあります。 (2)第五句集に籠めたお気持ちがあればお聞かせ下さい。 この5年間は、コロナ下での鍵和田秞子主宰のご闘病の末の死、「未来図」の終刊・解散、そして母の介護と死がありました。 その悲しみを超え、私は俳句の初心に戻りました。身ほとりの御縁ある仲間たちから物心両面の支援を受け、同人誌「閏」を創刊。この2月で3周年を迎えます。 激動の5年間でありながら、鎮魂の句集でありながら、この『旅鰻』は何故か全体の印象が明るい。感謝の言葉しか浮かびません。 (3)句集を上梓されて、今後の句作への思いなどございましたらお聞かせ下さい。 「閏」3周年、『旅鰻』の出版。今年はその閏年でもあり、ここを一つの節目として、健康に留意しながら句作に励みたいです。 俳句は、映画で言えば、製作・脚本・役者・演出・撮影・編集・音声・音楽・記録などの分担された役割を、たった一人で貫徹することが出来る。しかも観客にもなれ る。こんなに楽しく面白い文芸はないです。 人の心に安らぎを与えられるような句は出来ないけれど、手垢に塗れず、自分の目と耳と鼻を信じて、これからも色々なものを感じ取り楽しい俳句を作っていきたい。忙しい一年になるかと思いますが、時間の許す限り、ゆっくり心の旅を続けます。 守屋明俊氏。 先日、高橋睦郎さんがこの句集『旅鰻』について、「いい句集でした」とお電話をくださった。 そして、 あをによし奈良に昼寝の仏たち の一句がとくに良いと。「奈良盆地は暑いんですね。そして奈良びとはよく昼寝をするんです。そんな奈良の風土がちゃんと詠まれています」と。 三月やたましひと酌む浦霞 守屋明俊 この句にであったとき、わたしは田中裕明さんを思い出した。お酒をおいしそうに飲む田中さんに、「どんなお酒が好き?」と聞いたところ「そうですね。浦霞とか好きですね」と。浦霞は甘口のお酒である。「たましひと酌む」が『浦霞」の固有名詞によく響いている。もうすぐ三月だ。浦霞を買っておくか。。。 片手(?)をあげている四十雀。
by fragie777
| 2024-02-14 18:39
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