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12月16日(土) 旧暦11月4日
国立・谷保天神裏の侘助。 梅林があって、小さな売店があり甘酒などを売っている。 たまに立ちよることがある。 今日は、こんな風に侘助が花瓶に活けられていた。 良きかな。。。。 今日は桂信子の忌日である。 2004年の今日であった。 享年90 子がなくて白きもの干す鵙の下 桂 信子 信子は二十五歳で結婚、その後二年も経たずに夫を失い、子供が無かったこともあってまもなく実家に戻っている。子供があればそのまま婚家にとどまるという選択もあっただろう。子供を持たなかったことは信子の生きかたに少なからず影響を及ぼしたと思う。 この句集には掲句のほかにも「夫なくて子なくて白き菊咲かす」「子への愛知らず金魚に麩をうかす」「子がなくて苺ミルクの匙なむる」など子供を持たなかった寂しさや、その暮しの物足りなさを率直に吐露している。(『女身』昭和二十五年作) 忘年や身ほとりのものすべて塵 桂 信子 信子七十四歳の作品。この頃の信子は俳誌や総合誌からの作品あるいは文章の依頼、また俳句界の集いなどの外出も著しく増え、九十年の生涯で最も多忙な時期だったと推察する。それも年末ならひときわの筈。身辺には本や書類をはじめ色々なものが雑多に置かれていただろう。日頃は大切な書物や仕事に必要な書類、日々の暮しにかかせない物だが、今はすべて塵に等しく不要だと言う。一年の多忙を振り返って身をとりまく何もかもが疎ましく投げ捨てたい思いがしたようだ。言い放つような結句の表現が印象深い。(『樹影』平成元年作) 冬麗や草に一本づつの影 桂 信子 好きな一句である。 今日は、「ふらんす堂句会」の片山由美子句会の今年最後の句会となった。 一年の慰労の意味もこめて句会のあとにお目にかかってお食事をしながらいろいろとお話をうかがう。 片山由美子さん指導の句会はもう20年以上続いている句会である。 最初は3人ほどの参加者から始まった句会が、懇切な指導によっていまはたくさんの人があつまり人気の句会である。 しかし、たいへん厳しい句会である。 俳誌「香雨」の主宰となられても「ふらんす堂」句会の指導はつづけていただいていることも大変有りがたい。 今日は、結社における地方のひとたちへの指導についていかに腐心されているかを伺ったのだった。 地方の句会においても、現地集合を中心にして主宰への過剰なはからいをやめ、宿泊などもそれぞれ個人にまかせるようにされたということ。 それによって、これまで句会に出ずらかった人も出られるようになったということなど、うかがえば納得できることばかりだった。 すみずみまで指導を行き渡らせるということは大きな結社はそれなりに大変なことでもあるのだとあらためて思ったのだった。 片山由美子氏。 モノトーンの装いでいらっしゃったので、あえてモノクロにしてみました。 片山由美子さま 丁寧なそして厳しい句会の御指導をありがとうございます。 すでに20年以上変わらずに熱心に御指導をしてくださっていますこと、 心より感謝もうしあげております。 引きつづきよろしくお願いもうしあげます。
by fragie777
| 2023-12-16 22:25
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