ふらんす堂編集日記 By YAMAOKA Kimiko

fragie.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

ふらんす堂の編集日記と最新ニュースなど。 By YAMAOKA Kimiko
by fragie777
プロフィールを見る
画像一覧
新着記事を受け取る
Facebook Instagram
< January 2026 >
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
カテゴリ
全体
インタビュー
本紹介
賞
未分類
以前の記事
2026年 01月
2025年 12月
2025年 11月
more...
最新のコメント
sinamonさま そ..
by fragie777 at 18:31
asitanokumoさ..
by fragie777 at 10:42
この日のブログの日付が「..
by asitanokumo at 05:17
asitanokumoさ..
by fragie777 at 11:09
ItoMizuki777..
by fragie777 at 18:47
ItoMizuki777..
by fragie777 at 10:59
村山半信さま お気遣い..
by fragie777 at 09:42
ItoMizuki777..
by fragie777 at 09:30
福砂屋のカステラキューブ..
by 村山半信 at 04:47
sinamonさま お..
by fragie777 at 09:30
検索
外部リンク
  • 自費出版のご案内 | 出...
画像一覧

もっと見る
エキサイト
XML | ATOM

Powered by Excite Blog

会社概要
プライバシーポリシー
利用規約
個人情報保護
情報取得について
免責事項
ヘルプ

鈴木直充著『木下夕爾の百句』刊行。

11月21日(火)  旧暦10月9日



鈴木直充著『木下夕爾の百句』刊行。_f0071480_18000072.jpg
山茶花。

冬の花である。




鈴木直充著『木下夕爾の百句』刊行。_f0071480_18061538.jpg鈴木直充著『木下夕爾の百句』が出来上がってくる。
木下夕爾の俳句については、ときどきお客さまからお問い合わせをいただいていた。
ファンが多い詩人である。
本著は、俳誌「春燈」の鈴木直充主宰が、「春燈」2021年1月号から2023年1月号まで連載されていたものを一冊にしたものである。もとよりシリーズの一冊として刊行していただきたく、ご多忙の鈴木直充主宰にこのような形でお願いをしたものである。
こうしてシリーズとして手にすることができたことを感慨ふかく思っている。
巻末の解説をまず先に抜粋して紹介してみたい。

終戦直後の昭和二十一年一月、安住敦らが久保田万太郎を主宰に擁立して俳句誌「春燈」を創刊した。そこで夕爾は敦の勧めで「春燈」に投句を始めたのである。夕爾が「春燈」に発表した俳句を見てゆこう。
 海鳴りのはるけき芒折りにけり
 青蜜柑夜汽車にひとり覚めてをり
 久保田万太郎の選を受けて「春燈」創刊号に載った句である。万太郎の選句はきびしく、また毎号選評はない。けれども、万太郎は夕爾の俳句の詩品の高さを見逃さなかった。夕爾は文芸汎論詩集賞の受賞ですでに詩人としての声価が定まっていたにもかかわらず「春燈」に拠り、万太郎にその天分を見いだされて韻文である俳句の稟質を開花させていくのである。

万太郎の弟子ということもあって、その俳句はやさしい表情をしつつ余情がある。
いくつかを本文から紹介しておきたい。


 とぢし眼のうらにも山のねむりけり    「春燈」 昭和三十四年

木々がすっかり葉を落とし、山は眠っているようである。その山を見つめていた夕爾はおもむろに目を閉じた。
すると今まで眼前にあった山よりも眼裏の山の残像のほうが深く眠っているようなのだ。
山は名の通ったものではなく、日頃見慣れた山ではないだろうか。しばらく眼を閉じていると山は夕爾の眼裏から心の奥に蔵され、温められている。
この句を反芻していると心地よく、やすらかに睡りへいざなわれてゆくようだ。

 
 忌の螢はなつよりすぐともしけり   「春燈」昭和三十八年

夕爾には三人の文学の師がいた。かれの在所の隣村・加茂村出身の小説家井伏鱒二、詩の堀口大學、そして俳句の久保田万太郎である。三師は早くから夕爾の詩品の高さを評価していた。昭和三十八年五月六日、万太郎が急逝。同年発表のこの句は、万太郎の追悼句と思われる。
夕爾が手のひらに載っていた螢を闇へ押し出したら、すぐに火をともしながら飛び立った。螢は夕爾の手のぬくもりを得て火をともしたのであろう。闇の中の螢の火の明滅は、夕爾の師への敬慕の情の象徴化である。


 石投げて心つながる秋の水   『定本 木下夕爾句集』 昭和二十四年~四十年

夕爾は沼のほとりにいたのであろう。所在なげに足許の石を拾い、沼へ投げ入れた。沼はポチャンと秋気を帯びた音を立てた。そのとき、夕爾の詩心が覚醒したにちがいない。「心つながる」という自然と自己が一体化する表現が、夕爾の創作の原点を示している。
水があれば覗き込み、魚影を追ったり、石を投げたり、こうした児戯にひとしい行いが、児童詩を含む多彩な詩を生む原動力になっているのである。そして、この句のように俳句にも新風を吹き込んでいる。

解説のタイトルは「孤高と有情――詩と俳句のはざまでー―」。鈴木直充さんは、解説を夕爾の俳句を解き明かすためのキイワードによって分類し鑑賞していく。
抜粋して紹介をしておきたい。

夕爾句には、あからさまな洒落、おどけ、滑稽、皮肉といった諧謔はない。「俳句」は和歌・連歌から派生する過程で「言葉の遊び」「精神の遊び」を伴う諧謔を内包してきた。けれども、夕爾はその〝遊び〟を〝あそばず〟ひたすら〝心を澄ませ〟、身辺の風物に溶け込んで韻文である俳句の世界を構築するのである。(略)
寡黙、寡作の作家・木下夕爾は「含羞の詩人」といわれた。かれの表現は一見さらりとしているが、ふかいニュアンスとペーソスを帯びた抒情が俳句のなかに封じ込められている。そして、一句に凝縮した暗示や省略から、古今なかった繊細なエレガンスをふくむ俳風をつむぎだしたのである。

本書のカバー装画はふくろう。

(略)夕爾十代の詩に「ふくろう」がある。「まいにち/まいにち/私の胸まで来て啼いてゐた/ふくろうよ─ /あれはとうさんではなかつたらうか」。実父常一は夕爾五歳の時に精米機に袖を引き込まれて事故死した。梟は夕爾にとって父性の象徴として胸底に仕舞われている。
このような解説がふされている一句は、


 梟や机の下も風棲める     木下夕爾


好きな一句である。





今日は午後よりコビーなどの性能をそなえた新しい複合機がやってきた。
リースの再契約としての入れ換えである。
前より小型になって機能はかわらず、リース料金もお安くなった。
むかしはコピーだけであったものがいまはなんだってやってしまう。
強い味方である。

頼もしい限りである。

で、

あるゆえに


今日は鍋にしよう。

えっ!?

いったい、複合機となんの関連が。。

ありはしない。

冷蔵庫から白菜がはみだしそうなのである。





鈴木直充著『木下夕爾の百句』刊行。_f0071480_18001044.jpg

今朝の甲州街道。

車で出社したのはいいけど、道路工事のため遠回りをさせられた。
運転は超ヘタッピなので、甲州街道をはしることは、地球が滅亡の危機にあっても避けたいところだ。
が、
迂回をさせられ甲州街道を走ることになってしまった。
しかも前はトラック。
すごく緊張してびびっている。

ああ、
でも
欅紅葉がめちゃめちゃきれいだった。。。









Tweet
by fragie777 | 2023-11-21 19:04 | Comments(0)


<< 派手にやすむってどう休めばいい... 俳誌「南風」創刊90周年を祝う。 >>

ファン申請

※ メッセージを入力してください