|
カテゴリ
以前の記事
最新のコメント
検索
外部リンク
画像一覧
|
11月8日(水) 立冬 旧暦9月25日
冬である。 どうも、実感が今一つである。 (オナガガモはやって来ているだろうか?) ということで、仙川沿いを自転車で行くことにした。 自転車をとめて仙川をのぞき込んだら、 まあ! いるじゃない。 ![]() 美しいオナガガモ。(♂) 胸の白さ、嘴のブルー、ほっそりした体型。 気品のある鴨である。 つがいでうれしそうに泳いでいる。 そばにやってきたので、「よく来たねえ、待ってたのよお」って声をかけた。 マガモ、ヒドリガモ、コガモ、そしていつもいる軽鴨、白鷺、青鷺などなど、仙川がいっぺんに賑やかになった。 そのうちにバンもやってくるだろう。 今日は俳人・京極杞陽の忌日である。 冬山を塗りまどひゐる日ざしかな 京極杞陽 立冬を過ぎると山々に雪が積もり始め、寒さの厳しい日々がやってくる。 日本海側の冬はどんよりとした雲に覆われて日の差すことが少ない。厚い雲の隙間より一瞬の光が差し込むと、冬山を照らしていくのだが、「塗りまどひ」という措辞が巧みで、刻刻動く雲間の日差しに照り陰りする冬山の姿が見えてくる。 〈雲間より日射黙示す雪嶺を〉〈近づきし冬山を又汽車めぐる〉と続けて掲載されている。杞陽は冬山に差す日差しの移りゆく美しさに、句心を掻き立てられたのだろう。 (昭和三十五年作) 新刊紹介をしたい。 四六判ハードカバー装帯有り 198頁 二句組 著者の長沼利惠子(ながぬま・りえこ)さんは、昭和14年(1939)千葉県生まれ、現在は東京都・八王子在住。昭和54年(1979)綾部仁喜に師事。平成6年(1994)「泉新人賞」受賞。平成7年(1995)「泉賞」受賞。第1句集『虫展』 (2000年刊)につぐ第2句集となる。「泉」同人。俳人協会会員。本句集に「泉」の藤本美和子主宰が帯文を寄せている。 紹介したい。 やかなけり今も信じて薺打つ 詩型を信じることは己を信じることでもある。本書にはひと筋の道をひたすら歩みつづけてきた著者の確かな足跡が明らかに見える。 俳誌「泉」は、石田波郷の師系につらなる結社である。そして、石田波郷の韻文精神がこれほど徹底して貫かれている結社はほかにないのではないか。と、思わせるほどの徹底ぶりだ。 本句集の担当は文己さん。 文己さん曰く、「『泉』50周年のお祝いの会に間に合わせるべく頑張ってお作りしました。」と。 大股に歩きて寒と別れけり ほうたるを呼ぶてのひらの大きくて 短冊の一枚白き星まつり 甲斐犬を添はせて歩く冬の月 丸ひとつ大きく描いて春を待つ ほうたるを呼ぶてのひらの大きくて 蛍飛ぶ闇に差しだされた白い手がみえてくる。蛍っててのひらで呼ぶのだろうかってこの句をみておもった。わたしの経験でいえば、そう、近くに飛んで来たりしたら、思わず手を差しだしてしまう。そんな一瞬をとらえた一句だ。この句「ほうたるを呼ぶ」と最初におかれ、その呼ぶ主体の人間が見えてくるかと思えば、その主体が「てのひら」であると見事な転換をみせるところが巧みだ。しかもその手のひらをさらに「大きくて」と読者の目をてのひらにひきつける。蛍狩りの一瞬の景を手のひらのみで詠んだきわめてシンプルな一句だと思った。「てのひらの大きくて」という措辞が、蛍を切望しているかのように心の思いを語っている。「ほうたる」「てのひら」と平仮名書きにしたことによって、やわらかな時間が流れる。 短冊の一枚白き星まつり 七夕竹にはたくさんの短冊が願い事ともに結ばれる。そのなかに何も書かれていない短冊が一枚だけあって、その一枚に作者のこころが止まった。なにも書かれていないことを「一枚白き」ときわめてシンプルな描写に止めたよって、かえってその白さが印象づけられる。そして、その書かれていない短冊が多くを語ることになる。いったい何を語りたかったのだろう。あえて書かないままに結んだのか、それとも単にわすれただけ、でもそれであったらあとから書き知るすこともできただろうに。願いが多すぎて書けなかった?まさかね。と白い短冊をまえにして、あれこれと思ってしまうが、しかし、この一句からは、そんな騒々しい声は聞こえてこない。語られるのは清々しいまでの短冊の白さだ。つまらないことをあれこれ詮索しないて、この句をつくった作者の心持ちの切れのよさを味わえばいいのである。好きな一句だ。 一掬の泉の音を聞き洩らさず 綾部仁喜を師として俳句を学んできた作者だけあって、本句集には「一」という文字が頻出する。師と同様、「一」が好きなのかもしれない。この句、泉をひと掬いしたときに立てる音を聞き漏らすまいとしている作者がいる。「聞き洩らさず」と下五を字余りにあえてすることによって、その心を泉の音に集中させようとしている心情のあふれるような思いが伝わってくる。この句をみたとき、石田郷子さんの〈音ひとつ立ててをりたる泉かな〉に通じる心を思ったが、当然その関係性において近いところにいる作者であるから、あるいは石田郷子さんへの句の挨拶でもあるのかもしれないと思ったのだ。いや、こちらの句が先だったかもしれない。いずれにしても響き合う一句である。ほかに〈音のあるところ光りて冬泉〉という句もあってこちらも好き。 仰臥にも時流れけり旱星 これもわたしの好きな句である。前後の句から判断すると作者が闘病中の句であるようだ。多分寝返りをうったりできない身体だったのかもしれない。ひたすら仰向けに寝ている作者、その作者の胸のうえを時間がすぎさり、そして夏空にはあかあかと星が輝いている。病とたたかう自身もまた、天空の運行の時間のなかに見出すことによって、地上につなぎとめられた肉体を解放するような思いを籠めたのだろうか。この句をみたときに波郷の〈胸の手や暁方は夏過ぎにけり〉を思い出し、師系につらなる波郷の病身を思いつつの一句であるのかもしれないと思ったのだった。この句のしばらくあとに〈股引をはき怖きもの世にあらず〉〈まんばうを食ひ菜の花を食ひにけり〉などの句があって、お元気になられたご様子にホッとしたのだった。 夫に挿す白菊のまだ固蕾 作者の長沼さんが、自選15句のひとつに選んでおられる一句である。本句集には夫を詠んだ句も多い。良き関係でおられたんだろうと思わせる句だ。〈吾が病めば夫の病みゐる冬椿〉〈付添ひの夫の真赤な冬のシャツ〉〈近ぢかと夫の鼻梁や夏の月〉などの句があって、〈夫恋ひの真つ赤な梅を干しにけり〉〈夫に問ふこと一つあるマスカット〉などの句があり、掲句は句集の最後から二番目におかれた一句である。夫の霊前に菊を供えた、それは白い菊でまだ固い蕾をもったものなのだ。この一句もたいへん簡略化されている。「夫に供える」ではなく「夫に挿す」という思い切った措辞が、すでに夫はこの世におらず、その花は霊前に供えるものであることを「白菊」の花から暗示している。説明ではなく描写のみで一句を詠むことによって白菊の意味がみえてくるのだ。こういう叙し方はやはり「泉」という結社のものであるとも思う。いい意味で「言葉を惜しむ」というか、余計な言葉はなにもない、句のかたまりが語る、そんな一句だ。「固蕾」という言葉もまた菊の物質感があってその存在を際立たせているようにわたしには思える。 『自画像』はわたくしの第二句集です。第一句集『虫展』(二〇〇〇年刊行)から二十三年が経っていました。 第一章「青蘆原」の頃は俳句を作ることが好きで楽しくて仕方ありませんでした。「俳句研究」の俳句研究賞に応募したのもこの頃です。応募作が偶々「第一九回俳句研究賞候補作品」として「青蘆原」五十句が誌上に掲載されました。その良き思い出として「青蘆原」十八句を集中に収めました。 しかしその数年後「天の川」の章では大腿骨頭壊死という難病を発症してしまいました。それまで俳句は見える物を詠むものでしたがいつの間にか心の内から生まれるものになっていました。幸い難病は癒え普段の生活を取り戻し旅の句なども作ることが出来ました。 「あとがき」より前半部分を紹介した。 本句集の装釘は、君嶋真理子さん。 長沼利惠子さんは、「雁」がお好きなようで、本句集には雁の句が数句ある。 装釘案として、「雁」の装画のものも用意してもらったところ、気に入っていただいた。 「地味よりは明るい色味をとのことで2種類あるうちの、フランスの伝統色を使った華やかなグリーンの色を選ばれました。」と担当の文己さん。 表紙は布クロス装。 渋めの薄グリーン。 材質感のあるものに「雁」の型押し。 背は金箔押し。 見返し。金、銀の箔が品良くあしらわれたもの。 扉。 花布は金。 栞紐は白。 五つある章の扉にはそれぞれ長沼利惠子さんが描かれた絵を挿画として配した。 どれも素敵であるが、そのうち三点のみ紹介をしたい。 この挿画について、「あとがき」でこのように記しておられる。 七十七歳を過ぎて水彩画を習い、その課題作品として自画像を描きました。出来上がった自画像で驚いたことは私の俳句が形を変えてそこにあったからです。皺も歪みも俳句まみれの私の顔でした。自画像はまだ一枚しか描いておりませんが句集名といたしました。作品の合間に描いた小さなスケッチをカットとして使いました。 実はこの挿画について、入れるか入れまいかかなり悩まれたのであるが、出来上がった本をご覧になって入れて良かったと喜ばれたのだった。 侘助の二つひらきて師の忌日 今思うのは、亡き綾部仁喜先生にこの句集を見ていただきたかったことです。初めから懇切丁寧にご指導いただきましたことを深く感謝いたします。(あとがき) 先日行われた「泉」50周年のお祝いの会で、長沼利惠子さんにおめにかかったのであるが、句集の上梓を心から喜ばれておられ、丁寧に御礼をいわれたときは、心の底からよかったと思ったのだった。 この会で、長沼さん終始ニコニコされていたのが印象的だった。 長沼利惠子さん。 第1句集にひきつづき、ふたたびのご縁をいただきましたこと、改めて御礼をもうしあげます。 第2句集を上梓され、更なるご健吟をお祈りもうしあげます。 担当の文己さんが、「1枚だけ書いたことのあるという「自画像」もいつか拝見してみたいです。」と申しておりました。 わたしも見てみたいです。 いつか、是非に。 行水の月の赤子を裏返す 長沼利惠子 この句、第1句集『虫展』よりわたしの好きな一句です。
by fragie777
| 2023-11-08 20:10
|
Comments(0)
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ファン申請 |
||