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10月3日(火) 水始涸(みずはじめてかる) 臥待月 旧暦8月19日
ときどき自転車をとめて、空をながめた。 昨日は三森鉄治さんの忌日であったことを記すことを失念してしまった。 今日は飯田蛇笏の忌日でもある。 三森さんが敬愛した俳人であり、いまはおなじ甲斐の空の下で眠っている。 蛇笏忌の百合の実どれも天へ反り 三森鉄治 蛇笏忌の雲に風あり盆地あり 〃 今日はゲラを一本校了にする。 そこに「赤心」という語彙が出てきた。 物知りの方や読書家の方は、ご存じかもしれないが、わたしはさっそく辞書をひいた。 ふ~~む。 と納得。 わたしより若いスタッフたちに聞いてみた。 「ねえねえ、赤い心って書いて、赤心(せきしん)と読ませる言葉があるのだけれど、どういう意味かわかる?」 スタッフたちは怪訝な顔。 「そんな言葉あったんですかあ」とも。そして、 「嫉妬する心かなあ」とスタッフの一人。 「怒る心かしら」ともう一人。 ふらんす堂でいちばんの物知りのスタッフは、今日はリモートで在宅勤務なのでいない。 彼女にも聞いてみたかったのだが、残念。 赤心(せきしん) わかります? 広辞苑によると 「いつわりのない心。まごころ」 という意味。 さらに調べてみると「赤」という字は、「はだか、あるがまま」という意味がありそこから来ているらしい。 ひょっとすると「赤子(あかご)」もそこからきているのか? で、慣用表現としては、 「赤心を推して人の腹中に置く」(後漢書)があり、その心は、「まごころを以て人に接し、少しもへだてをおかないこと。また、人を信じて疑わないこと」という意味であるそうだ。 わたしは今この慣用表現を五回ほどくり返してみた。 わすれないように。 でもきっと忘れてしまう。 しかし、この精神は忘れないでおこうっと。 今日は二冊新刊句集が出来上がってくる。 一冊は上製本、もう一冊は並製本、 どちらも意匠の凝ったほんである。 そしてどちらも美しく仕上がっている。 著者の方も満足してくださった。 担当スタッフの文己さんががんばって細心の注意をはらって進めたものだ。 手に取ってつくづくと嬉しい。 さきほどまで印刷会社の営業マンのKさんがいらしたのだが、本を手にとって 「いやあ、本当に綺麗に仕上がっていますね。手製本ならではの仕上がりです」と感激している。 このKさんは、本作りにも非常にくわしくて、わたしたちにもいろんな情報を提供してくれる。 「こんな本がつくりたい」と言えば、うてばひびくように「ああ、それはですね」と答えが返ってくる。 わたしはKさんと本の可能性について、話すことがとても楽しい。 お客さまがひとり、ご来社くださった。 大木満里さん。 第1句集の相談にみえられたのだ。 大木満里さんは、俳誌「都市」(中西夕紀主宰)の同人であり、長く編集長をつとめて来られた方だ。 14,5年にわたる俳句をまとめられて句集にすることを決心されたのである。 すでに中西夕紀主宰よりお電話をいただいていた。 スタッフのPさんが担当ということで対応。 いろいろと句集を御覧になって、造本、装釘などを決められる。 「今回、句稿をおまとめになっていかがでした?」とうかがったところ、 「たいへん苦しかったです。まとめることって大変ですね。」と大木さん。 「それでも、こうして自分の生きて来た日々を句集というかたちで残せること、それは幸せかもしれません」と。 いまは、カルチュアセンターで講師もされて、俳句を教えられておられるということである。 大木満里さん。 小学校の先生をしておられたということ。 「子どもとの関係を俳句にしたいと思いました。日々の足跡です」と大木満里さん。
by fragie777
| 2023-10-03 19:12
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