ふらんす堂編集日記 By YAMAOKA Kimiko

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自身の心の内を俳句が受け止めてくれることで、何度も救われました。

9月20日(水) 彼岸入り 旧暦8月6日


自身の心の内を俳句が受け止めてくれることで、何度も救われました。_f0071480_17512193.jpg

秋海棠。


自身の心の内を俳句が受け止めてくれることで、何度も救われました。_f0071480_17512313.jpg


暗がりに咲いていることが多いが、花の色はまことにあざやかで人目をひく。


自身の心の内を俳句が受け止めてくれることで、何度も救われました。_f0071480_17512528.jpg


艶やかにして野趣がある。

講談社版の『日本大歳時記』(水原秋櫻子・加藤楸邨・山本健吉監修)の「秋海棠」の解説の項目をみていたら、飯田龍太の解説である。

「(略)一茎を折って花瓶に挿すと、素人でもそのままさまになる。花期は初秋。湿気のあるところを好み、控え目の花だが、雨の日でも案外凛とした姿を保っている。秋海棠といわれれば、なるほど海棠の花に似たところはあるが、しかしこの名は適切を欠く。実物にふさわしい、もっといい名前にかえられぬものか。」

俳人・飯田龍太は、この名前がやや不満でおられたようだ。こんな率直な解説もおもしろい。
この「秋海棠」は、「断腸花」という別名をもつ。
しかし、この歳時記では、傍題としても記していない。
「断腸花」はもっと論外ということなのだろうか。
手許の歳時記をいくつか当たってみたのだが、「断腸花」を傍題としているのと、そうでないのとがある。
なにゆえ「断腸花」の別名をもつのか、知りたいと思ったのだが、手許にある歳時記をしらべた限りでは、その由来に触れているものはなかった。
もうすこし調べてみようかとは思うが。。。。



 そのほとり秋海棠の濡れ易し   後藤夜半






新刊紹介をしたい。

塙千晴句集『おかへりの声(おかえりのこえ)』


自身の心の内を俳句が受け止めてくれることで、何度も救われました。_f0071480_17432504.jpg
四六判小口折表紙帯有り 192頁 二句組。


著者の塙千晴(はなわ・ちはる)さんは、1974年兵庫県生まれ、2007年に「知音」に入会、2014年「知音」同人、俳人協会会員である。本句集は第1句集であり、知音代表の行方克巳氏が帯文を、西村和子氏が序文をよせている。

 しやぼん玉膨らみたくて歪みをり

地球ほどのしゃぼん玉を吹こうとする。いやいやをするように、ゆっくりと膨らんでゆく、――次の瞬間壊れてあとかたもなくなるかもしれない。(略)仕事と家庭を両立させながら、千晴さんはきっと彼女の世界をしっかりと切り開いてゆくことだろう。

行方克巳代表の帯より抜粋した。
西村和子代表は、塙千晴さんの初学のころからの俳句から現在にいたるまでの句を丹念にとりあげ、鑑賞をしている。ここでは句集名となった一句についての鑑賞を紹介したい。

 かなかなやおかへりの声もう聞けぬ

「おかえり」と迎えてくれるのは家族だけだ。この句からだけでは詳しい事情は分からないが、実家の亡きお母さんのことを詠んだものだ。結婚して十年以上たった頃でも、作者が実家へ行く度にお母さんは「おかえり」と迎えてくれた。息子娘に関わらず、母親とはそうしたものだ。しかしもうその声は聞けない。その悲しさと寂しさと虚しさをかなかなの声が語っている。
句集名になった句であることからも、この句集を編む一つの契機になったことが偲ばれる。


本句集の担当はPさん。
Pさん曰く、「母恋いの句集です」と。
Pさんの好きな句は、

 夜濯のシャツ手のひらにはりつきて
 追ひ抜かれ追ひ抜き返し街薄暑
 生命をもてあまし馬冷さるる
 母見舞ふ桜の写真撮りためて
 鳥帰る小さきものこそ逞しき
 出勤の喉に張り付く寒さかな



 夜濯のシャツ手のひらにはりつきて

作者自身のシャツだろうか、それとも夫のシャツか、仕事から帰って汗まみれとなったシャツを洗濯する。昼間の仕事務めの身体はかなり疲れてはいる。洗濯をしたシャツが疲れて脱力した腕にはりついてからまる。腕にべったりとはりつくシャツは重たい、しかし、その冷たさは気持ち良くもあり、身体を潤してくれるようでもある。この一句は、心情的なことにいささかも触れていないが、作者の肉体感覚とその心情がヒシヒシと伝わってくる一句だ。ひたすらな描写が、「夜濯ぎ」という季語をじつにリアルにさせている。わたしも好きな一句である。

 追ひ抜かれ追ひ抜き返し街薄暑

会社勤めをしている作者である。本句集にはそんな務め人である自身の状況を詠んだ句が散見する。〈残業の夜ふけの窓に春時雨〉〈男らと競ひ干したり生ビール〉などの句から想像するに、生ビールのみならず、男性と肩をならべて仕事をされてきた方のよう。現在は役職にもついておられるようだ。掲句は、まさに出勤途上のことか、上五中七によって、そんな緊張感がみなぎっている一句だ。だってそうでしょう、普通、ショッピングや遊びで街をあるいていて追い越したり追い抜かれたりするという意識ってまずない。ゆったりと街をたのしみながら歩く、この句の状況はまさに会社人としての一句。「追ひ抜かれ追ひ抜き返し」で一気によみくだし、「街薄暑」で言い止める。うっすらと汗をうかべた作者の貌がみえてくるのでは。〈出勤の喉に張り付く寒さかな〉も、「喉に張り付く」の措辞が緊張の一日がはじまることを暗示している。

 曖昧な笑みを浮かべて新社員

これはわたしがおもしろく詠んだ一句である。西村和子さんは、序文でこの句やほかにいくつかの句をとりあげ、「冷静な人間観察と、人間関係を客観的に把握することのできる大人の視点を感じた。」と記されている。わたしはこの一句の「曖昧な笑み」が、おもしろいと思ったのだ。曖昧な笑みと感じた先輩社員である作者、新社員もそうやや硬直した笑顔だったのだろう。そりゃそうだわ、新しい会社にはいって緊張は極度に達し、しかし、笑顔をつくって明るくできるだけ良き印象をあたえたい。緊張の果てにつくった笑顔である。その笑顔をつかさず、作者は一句にしあげたのである。先輩社員の余裕である。ちょっと面白がっている作者であるかもしれないが、決して、冷徹な先輩ではないとわたしは思いたい。あるユーモアをもって新社員諸君を見ているのだ。しかし、「曖昧な笑み」は巧みだと思う、新しい組織のなかに組み込まれて緊張する若者の心根が見えてくる。

 桃色の傘差す男夜の雪

この一句、ものすごく勝手な鑑賞をしてしまうけどお許しねがいたい。「桃色の傘差す男」が目の前にいる。作者の目はその男に釘付けとなった、(とわたしは妄想する)。黒々とした夜の闇に降り続く雪の白さ、そしてあざやかな桃色の傘。なかなか色気のある男とみた。映画の一シーンのような印象的な場面。で、わたしはさらに妄想をしてしまうのね、この句下五が「雪の夜」だったら、それはもうなんというか、桃色の傘の男とこの作者はただならぬ関係へと発展していくこと間違いない、なんという甘美な夜であることよ。しかしである。この句「夜の雪」であることによって、その関係性は一変する。この桃色の傘の男は、すっーと作者の傍らを通り過ぎて行く。美しい一瞬の出会い。桃色の傘の残像をのこして、すべてが過ぎ去る。まことにわたし好み。「夜の雪」の下五に、わたしはぐっときたわけ。

 隙間風忘るる母の饒舌よ

この句「隙間風」が季語である。おもしろい一句だ。母の饒舌と隙間風との関係、一見なんの関係もなさそうであるが、隙間風をわすれさせるほど、(というのもすごい)母は娘に喋りつづけているのだ。久しぶりに帰ってきたわが娘に、話したいことはそれはもうたくさんある。そんな母の一方的なおしゃべりを娘は、ひたすら無心に聴いている。部屋にはいったとき、隙間風を感じて(あら、寒い)って思ったものの、母の話にこころ奪われてしまった。そんな母と娘の遠慮のない関係、お互いにおしゃべりをすることでどんなに癒やされてきたことか。「隙間風」という季語を巧く詠んでいる一句だと思った。その仲の良かった母も亡くなってしまった。〈かなかなやおかへりの声もう聞けぬ〉本句集のタイトルとなった一句である。〈母見舞ふ桜の写真撮りためて〉桜の写真を喜んでくれる母はもういないのである。


校正スタッフのみおさんの好きな句は、〈マウンドを降り全力で麦茶干す〉「全力で」という部分から中学か高校の野球部の風景を想像します。」と。


今回、句集を作りたいとの思いに至り、これまでの自身の句を見直す中で、私の心がいつも「家族」と「仕事」によって大きく揺れ、そして満たされてもいたことを改めて感じました。その過程で、中学高校時代からの友人たちから多くの刺激を受け、支えてもらったことが、自分をもっと表現したいという思いの芽生えにもつながっていました。こうして、徐々に自分の弱さや人には言えない心の内を俳句に託せるようになり、いつの間にか俳句は、自分にとって大切な話し相手になっていたのです。
句集の章の分け方は、自分自身の心を揺り動かして来た出来事を軸にすることとしました。
夫の存在に助けられながら、仕事、そして自分の不甲斐なさに向き合って、毎日をただ無我夢中で過ごしていた時期(「ゆつくり」)、勤め先で工場に配属され、新しい業務、そして、初めての役職というプレッシャーと格闘していた頃(「生麦酒」)、夫が海外赴任となってから帰任するまでの一人の時間(「帰任」)、母の闘病に寄り添った三年四か月(「母見舞ふ」)、そしてその母との別れと遺された父への思い(「あの時」)、それらの経験を通して得た自分なりの成長を喜べるようになった今(「今時の子は」)。
とりわけ、亡き母の闘病期間は、自身の心の内を俳句が受け止めてくれることで、何度も救われました。句集名「おかへりの声」はその母への思いを託した句からとったものです。

「あとがき」を抜粋して紹介した。


本句集の装釘は和兎さんであるが、表紙の装画は、塙千晴さんのご希望による写真を加工したものである。


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この日傘の女性は、塙千晴さんのお母さまである。


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まさにかなかなの声が聞こえてくるような風景である。


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 冬の星添ひ遂げるとはいづこまで


最近のこの句に注目した。(略) 遺されたお父さんの生き方を見て作者自身の人生にも思いが及んだのだ。こうした精神の領域にまで踏み込んだ作品が生まれたことでこの句集の魅力が深まったと感じるのは私だけだろうか。(西村和子/序より)





「「私の句集」と心から思える一冊になったことたことをとても嬉しく思っています。そして、あとがきと重なりますが、これからも一日一日を大切に俳句と歩んでいきたいです。」

と、上梓後の感想をくださった塙千晴さんである。




 ねえと言ひああと言はれてのどかなる   塙 千晴


日々を多忙に働いておられる塙さんであるが、こういう一句もあって、わたしはホッとしたのだった。





 
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by fragie777 | 2023-09-20 19:43 | Comments(0)


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