ふらんす堂編集日記 By YAMAOKA Kimiko

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素朴でもよい。自分の言葉だと確認してゆくことだ。

8月21日(月)  旧暦7月6日


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露草。


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この日はカンカン照りであったが、露草のさいているところはひっそりとしている。






さっそく新聞記事を紹介したい。

19日の讀賣新聞の長谷川櫂さんによる「四季」は、千葉皓史句集『家族』より。

 まつくらな泉に顔をつけにけり   千葉皓史

「夏の日盛りを歩いてきた旅人は思わず水に顔を漬けたのだ。泉に口づけするように」と長谷川さん。思うに泉って水がとても澄んでいるのだけど、概して暗い。そう、真っ暗って言っていいくらい。





おなじく今日の讀賣新聞の長谷川櫂さんによる「四季」は、水原紫苑歌集『天國泥棒』より。

 夾竹桃も凌霄花も見ぬ晩夏ただ何者の嘆息きこゆ   水原紫苑

この一首、パリでつくられた一首であるようだ。「この一首の前後にはパリの名だたる教会や大聖堂の歌が並ぶ」とあり、そして「ほのかな暗がりに花の面影がステンドグラスの残光のようにちらつく」と。





今日は午後よりお客さまがみえた。

目下句集の制作をおすすめしている園田美知子さんとお嬢さまお二人である。
園田美知子さんは、ことし98歳になられる。
お嬢さまだけがみえるという風にうかがっていたのだが、ご本人もいらっしゃた。
いろんな本を御覧になって、本のイメージを決めたいということである。
担当は文己さん。

文己さんが用意した資料本を熱心に御覧になっておおよそのイメージを決められた。

「馬醉木」に所属されており、德田千鶴子主宰のおすすめで句集の決心をされたということ。

およそ20年間の作品を収録する第1句集である。

毎月おこなわれる馬醉木の句会には、月に二度かならず出席されるということ。



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園田美知子さん(手前)と三女の尚子さん(左)と次女の房子さん。



耳と目がすこしご不自由ということであるが、とても溌剌とされてお元気なご様子の園田さんである。

「今は、俳句がただひとつのささえ、俳句があってよかった」とうれしそうに語られた園田美知子さんだった。







藺草慶子さんによる「俳句日記」で、「今日は斎藤夏風先生の七回目の忌日。」と書かれているように、今日は俳人・斎藤夏風の忌日である。

2020年に俳誌「秀」(染谷秀雄代表)の方々のご尽力によって『斎藤夏風全句集』が刊行された。


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 虚子旧居まで秋風の坂すこし    斎藤夏風



写生俳句では、自分の言葉であるかどうかも大切なことの一つだ。対象が作家の心とひびき合って自然に言葉になって出てくる。こう書くのは簡単だが、作品にするのは大変だ。言葉だってすらすらと出てはこない。作り続けること、多くのものを知ることによって対象がこなれ、周囲と共に存在そのものがみえはじめ、そこで自己の蓄積した語彙がひらかれ、言葉が流れる。多作多捨だ。言葉あくまで自己の問題である。だから推敲も大切だ。素朴でもよい。自分の言葉だと確認してゆくことだ。(「俳句縦横」より)
 
 
 蜩の鳴くみちのくの石の貌    斎藤夏風






素朴でもよい。自分の言葉だと確認してゆくことだ。_f0071480_20124654.jpg

昨日出会った野良猫のうしろ姿。






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by fragie777 | 2023-08-21 20:22 | Comments(0)


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