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8月2日(水) 大雨時行(たいうときどきふる) 旧暦6月16日
朝顔。 今年はじめてかもしれない。 朝顔をこうやってまじまじと見つめるのは。 「暑いね」って思わず話しかける。 ニュースでも聞くが、身近な人でも熱中症で亡くなる人がいて、今年ほど熱中症を意識して過ごす夏ははじめてである。 このブログにも書いたけれど、夜中に息苦しくなっておきたことがあってそれよりはクーラーをつけて寝るようにしたら、もうそういうことはなくなった。 しかし、油断はならない。 気をつければ免れるものであれば、注意をして過ごすに越したことはない。 コロナだってそう、マスクは任意解禁になったけれど、やはり場所とうによってはマスクをして過ごしたい。 ふらんす堂では、基本みなマスクをして仕事をしております。 新刊紹介をしたい。 四六判ソフトカバー装帯あり 190頁 二句組 著者の大平春子さんは、昭和20年(1945)花巻市にうまれ、現在も花巻市在住である。平成24年(2012)「樹氷」入会、平成28年(2016)に「樹氷賞」受賞している。エッセイもよくし、平成30年(2018)岩手芸術祭「随筆」部門芸術祭賞、令和元年(2019)岩手芸術祭「随筆」部門芸術祭賞、令和四年(2022) 樹氷賞受賞(令和三年・新設の賞)を受賞されており、本句集にそのエッセイも収録されている。現在「樹氷」同人。俳人協会会員。本句集は、平成25年(2013)より令和5年(2023)までの作品を収録した第1句集であり、序文を白濱一羊主宰が寄せている。 抜粋して紹介したい。 大平春子さんは「樹氷」の中でも極めてユニークな存在である。俳人としての発想のユニークさは、この句集を読んでいただければ納得いただけると思うが、春子さんの人柄や存在そのもののユニークさも「樹氷」内では有名である。ヴァイタリティに溢れ、常に前向きな性格、そして県内各地の俳句大会や句会へと愛用のキャリーバッグを引いて現れる姿は俳句に詠まれるほどである。その姿は、この句集に収められている「泣き笑い」というエッセーからも窺える。(略) 春子さんの句は発想が命。そのため比喩の句が多いが、どの句もオリジナリティがありおもしろい。 疑問符のごとくに立つ鷺秋の暮 放課後のやうな静けさ木の実降る 無限大のかたちに果つるみみずかな 花びらに磁力ありけり花筏 (略)春子俳句のユニークさや楽しさをお分かりいただけたことと思うが、春子さんの句の本当に良い部分は次のような句にこそある。 小鳥くるたれとも話したくなき日 真鍮のノブの手ざはり冬はじめ トーストは聖書の厚さ涼新た 配合の句をあげてみたが、季語の斡旋に春子さんの感性の良さが表れていて、詩としての味わいがある。 序文を読むかぎりにおいて、きわめて個性的な存在感のある女性像がうかびあがる。 何度かわたしもお電話でお話をしたが、つぎつぎと言葉がとびだしてきて人を飽きさせない方だ。そのユーモアのセンスに大笑いをしてしまった。 さて、この句集の担当は、文己さん。 女正月聞かせどころはこゑ落とし 匂ふまで研がるる刃新樹光 洗はれて風蘇る網戸かな トーストは聖書の厚さ涼新た 欲しきもの無きさみしさよ花氷 家中の鏡を磨き春を待つ 啄木忌よきことのみを書く日記 文己さんの好きな句であるが、ほかにも〈あんみつやなはん言葉のつい出でて〉〈まんつまんつとまんさくへ近寄りぬ〉などをあげて、「岩手の方言を「なはん言葉」というのですね。 「まんつまんつ」も温かくて良いなぁと思いました。 ひとりファッションショーをする春子さん、ピンヒールを持ち歩くお洒落な春子さん、大好きな春を心待ちにして家中の鏡を磨き上げる春子さん。色んな春子さんが句集の中に垣間見えて、楽しく拝読させて頂きました。 と文己さん。 方言などもたくみに一句してしまう著者である。 洗はれて風蘇る網戸かな 「網戸」が季語。網戸を詠むってなかなかむずかしい。網戸が洗われて、網戸がいきいきと甦ったと詠むのではなく、だとしたら当たり前?「風甦る」で詩がうまれた。きれいに洗われた網戸は風通しもよく、まるで風をさそうかのように網目がきわやかである。この一句「網戸かな」と下5に網戸をおいたことにより、網戸という季題が十全に詠まれることとなった。主役は風ではなく、あくまで網戸である。網戸はやはり洗われなくてはならない。 欲しきもの無きさみしさよ花氷 この一句は文己さんだけでなく、校正スタッフの幸香さんの好きな一句でもある。「この一句に特に惹かれました。エッセイも素敵でした。」と幸香さん。作者のこの気持、分かるような気がする。ただし、わたしは欲しいものがけっこうまだあるので、実感はないのだが、もし、欲しいものが無くなってしまったとしたら、わたしの場合、さみしいを通り越してヤバイって思うかもしれない。が、それはどうでもいいことで、この句、さみしいその気持を「花氷」の季語が、冷たい透明感をもって支えている。「花氷」によって、さみしいその気持をきっぱりとさせるようにおかれている。「花氷」でないたとえば、「ソーダ水」とかだったらどうだろう。さみしさがやや生ぬるくなるって思いません。まだ、欲しいもあるんじゃないって、詮索してしまいそう。「花氷」によってさみしさもきわまった感がある。しかしながら、欲望は大事ですのよ、大平春子さま。(だが、エッセイなどを拝読すると十分に豊かな欲望のある方であることがわかってうれしくなる) 放課後のやうな静けさ木の実降る この一句はわたしの好きな一句であり、白濱一羊主宰も序文でとりあげ、著者も自選句にあげている。木の実降るときって静けさが支配している。それは街騒をはなれ、木の実がふるその瞬間に目をむけ、心を傾けたときの静けさである。その降る木の実と作者をつないでいる静けさ、それを作者は「放課後のような静けさ」と表現した。まずその意外性におどろくが、やがてわたしたちもよく知るところの「放課後の静けさ」が甦ってくる。学びの子どもたちが去って、静けさを取り戻した学校。あれほど賑やかで生命のエネルギーに満ちていたのに、すべては去ってただただひそやかで静かである。「放課後」という具体的な時空を持ってくることによって、その靜けさに広がりが出た。もはや、わたしと木の実の関係の直線的な静けさではなく、あのひろびろとした「放課後のやうな」の広がりのなかで木の実は降っているのである。巧みな比喩であると思う。 父親といふ異性あり水羊羹 本句集に詠まれた唯一の「父」の句である。ちなみに「母」を詠んだ句はない。この句は、作者の父親観なのだろうか。「父親といふ異性あり」にドキッとした。そう、わたしなど父というものをあえて「異性」と思うようにしない自分がいる。しかし、父は女性である大平さんにとって「異性」なのである。そう断言した上で、「水羊羹」がある。わたしはこの「水羊羹」で、大平春子さんにとって、お父さま像は、たいへん好ましい存在であったのではないだろうか、って思った。父親の存在を水羊羹のような、というのにセンスを感じたのだ。いいな、「水羊羹」のようなお父さまなんて、と思ったのだ。さらりとして適度にあまく、娘にとって最高じゃない。しかもべた付かないで、いい感じでクールである。こんな風に父親を詠める大平春子さん、羨ましい。わたしの父親は実直なよき父親であったけれど、とても「水羊羹」には及ばないな。 小鳥くるたれとも話したくなき日 人生に対してきわめて積極的前向きな作者であるが、こんな日もあるのだ。「小鳥くる」という季語がおもしろい。窓辺にやってきた小鳥さえも疎ましいのか、それとも、小鳥の到来は喜んでいるのか、「たれとも話したくなき日」か、、ある日の作者のこころの複雑さが見えてくるようである。人となりに強いインパクトがあって、その場を制してしまう人っているが、きっと大平春子さんはそういう方だと思う。そんな春子さんのある日の心の鬱屈が、「小鳥くる」の季語によって浮き彫りにされる。この季語の斡旋が巧みであると思った。〈さみしさやはばかることのなき朝寝〉という句もあって作者像をうらぎる。さみしさに敏感な方である。 過去十年間の句を集め並べてみますと、当時の句会での様子がまるで昨日のようにと言うよりも、つい、さっきのことのようによみがえって参ります。先生の優しくも深い知識に裏打ちされた適切な御講評、句友の皆様方のあたたかく、そして面白いコメント、すべてが思い出されました。 御指導の中で先生はいつも「正確な日本語」について熱く語って下さいました。「正確な日本語」ということを踏まえた上での作句は、大変、勉強になりました。 月に四、五回ある句会に納得のゆく句を持ってゆくことは大変なことでした。大変ですが止めないで続けて参りました。そのことはとても不思議です。俳句の力ということなのでしょうか。余生の中心に俳句を置いて参りましたことは幸せなことだったと確信をしております。 「あとがき」を抜粋して紹介した。 本句集の装釘は君嶋真理子さん。 「春を待つ」というタイトルから、やはり春を感じさせるものをといろいろと君嶋さんに案を出してもらった。 タイトルは金文字。 題字は、大平春子さんの筆による。 家中の鏡を磨き春を待つ この句から句集のタイトルを付けたという。この句からも春子さんらしい前向きで真摯な生き様が感じられるではないか。句集出版は人生の一区切りではある。しかし、人生はまだまだこれから。今後も春子さんらしい句を詠み、文章を綴り、人生を楽しんでいただきたい。(白濱一羊/序) 本句集には6編のエッセイが収録されているが、どれもおもしろい。人をひきつけてはなさい語り口である。 「エッセイを書くのは楽しくて好き」っておっしゃっていた大平春子さんである。 上梓後のお気持ちを伺ってみた。 ふらんす堂の皆さま、この度の句集作成に際しましては、大変御世話になりました。ありがとうございます。 本日昼頃に荷が届きました。初めての句集、ピカピカ光っておりました。優しい色合い、帯のパールピンクも素敵でした。(ピンク好きの私は、歳を重ねましても、必ずどこかへピンクを入れております)何もかも気に入っております。 余生の十数年間を俳句一筋に過ごして参りました。その結果が一冊の本になるなんて、とてもうれしいことでございます。「樹氷」主宰の白濱一羊先よりすばらしい御序文を頂くことが出来ましたことも、とても大きな喜びでございます。帯に「第一句集」と書かれてありました。長生きをして、又、「第二句集」を出版出来ますよう、がんばりたいと思います。ありがとうございました。 お写真はご遠慮されたいとのこと。 その代わり、いつか東京にいらしたときにふらんす堂に遊びに行きますから、とおっしゃってました。と文己さん。 大平春子さま。 是非、第2句集の刊行を目指してくださいませ。 そして、ふらんす堂にもお遊びいらしてください。 お待ちしております。 個人的見解桃は硬きを是 桃が美味しい季節である。 で、 この一句、まったく同感。
by fragie777
| 2023-08-02 19:25
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