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5月9日(火) 旧暦3月20日
コゴメウツギ とあった。 空木の仲間である。 こちらは、 これもまた空木の仲間である。 なんとも清楚な花である。 空木(卯の花)は、種類が多いようだ。 今日は新刊紹介をしたい。 福田敏子さんの第3句集となる。福田敏子(ふくだ・としこ)さんは、昭和10年(1935)生まれ、昭和47年(1972)大林唐子郎に師事。俳誌「多摩」同人を経て、平成24年(2012)「雨蛙」(鈴木すぐる主宰)」に入会。現在「雨蛙」白雲集同人。俳人協会会員。第1句集『槐の木』(平成2)、句文集『山の影』(平成17)を上梓している。本句集には、鈴木すぐる主宰が序文を寄せている。抜粋して紹介したい。 (略)今回の『懐郷』は、平成元年より令和四年までを纏められた句集であり、あとがきによると、句集名は、「寄せ来る年波を考え(中略)“ふるさと恋し”の思いを込めました。」とある通り、ふるさとを、祖父母・父母・兄弟や子を恋う句が全編に鏤められている。(略) 菩提寺である昌平寺に於いて、「寺の文化活動の一環として俳句を取り入れたい」という開基住職・小畑俊哲師の希望で、昭和六十年より深見けん二師を迎えられた。その頃、敏子さんは昌平寺の檀家の役員もされていたので、毎月昌平寺の会議室で俳句の会が開かれるようになると、欠かさず参加され、けん二師の「花鳥諷詠・客観写生」の作風の教えを受けることが出来た。 物をよく見よとの教へ水澄めり 師の一語一語を胸に園若葉 尊敬された深見先生は、令和三年九月十五日、九十九歳で黄泉の国へと旅立たれた。次の句は、けん二師を詠んだ句で「深見けん二先生」と前書きがある。 恩師との永久の別れや秋深み この句集は、三十余年の長い年月から選び抜いた平成・令和を詠んだ句集である。特にコロナ禍以後は目まぐるしいスピードで社会が変化している。同時代を生きて来られた方々には、特に心に響く句が必ず見つかるものと思う。 本句集の担当は、文己さん。 爽やかに池を隔てて声交はす 山の影山に重なり秋深し 後になり先になりして蝶と行く はるばるとただ葭切に逢ひたくて 明日離るる町を一巡十三夜 我に一つ励むこと有り初桜 後になり先になりして蝶と行く この一句をみたとき、わたしは深見けん二の「蝶に会ひ人に会ひ又蝶に会ふ」の句をまっさきに思った。きっと作者である福田敏子さんにもこの句が心のどこかにあったのではないだろうか。福田さんの句は、出会った蝶にたわむれるようにして歩いていく。春の長閑さが感じられる。深見けん二の句は、行く先々に蝶がいて人がいてまた蝶がいる。それを叙したまでだが、蝶も人も同格の存在として詠まれている。どちらも一つの道をいくその途上でのことだ。季語は「蝶」。 我に一つ励むこと有り初桜 この句も、深見けん二への挨拶句である。「人はみななにかにはげみ初桜」は、深見けん二の代表句の一つである。とてもいい句だ。桜の季節になると必ずと言っていいほど、口をついてくる一句だ。そしてなんとなく励まされる。福田敏子さんの句は、その師の句に対して、「我に一つ励むこと有り」と応答している。こんな風に一句に対して一句で応答し挨拶をする、というのも俳句ならではだ。先行する一句によって、あらたに生まれた一句であり、そして、この句もまた、わたしたちの心に訴えかけるものがある。そう、わたしにも励むことがあるんだなって。桜の季節であることが、しかも初桜であることが思いを初々しくするのだ。 瓢簞を数多生らせて男老ゆ これはわたしの好きな一句だ。「瓢箪」の季語がなんともいい。滑稽にしてすこしもの悲しく誹諧味がある。男が老いてゆくのはなにも瓢箪を生らせるばかりではないのだが、たくさんの瓢箪をそだてそれをみている男は、傍からみるとやや哀れだ。しかし、ちょっと笑ってしまう。なぜだろう。きっとそれは瓢箪という言葉の響きとその形態の由縁かもしれない。直線はなくて曲線で構成されていて胴体がくびれているところにちょっとした愛嬌がある。「ひょうたん」という響きもなんとなく罪がない。美しいものかといえばそうでもないが、親近感を感じさせるかもしれない。気取ってもおらず親しみやすい。そんな瓢箪をそだてながら男は老いていく。それを見ているのは女の目だ。たぶんクスって笑ったかもしれない。 遠足の列正しても正しても これも多くを語らずに、季題「遠足」が十全に詠まれている一句だと思う。遠足で浮き立つ子どもたちの様子がよく見えてくる。「正しても正しても」と繰り返しているとこが巧みだと思う。先生たちもいい加減諦めて、お互いに顔を見合わせているかもしれない。しかし、一応列をつくって進まなくてはならない。苦笑いをしている教師たち、弾んだ声がきこえてくる乱れた子どもたちの列。通りすがったわたしたちは、まあ、元気なこと、って列にぶつからないように、笑いながらちょっと距離をもつ。電車などに乗り合わせると、わたしは絶対におなじ車両には載らないことにしている。 一水を隔てて賀詞を交はしけり 文己さんは、「爽やかに池を隔てて声交はす」をあげていたが、同じような景で季節ちがいの一句である。この句の季語は「賀詞」。新年の年賀の挨拶のことだ。「一水」の措辞がすごくいい。川か池か、それを一水としたことによって、粛々とした気が生まれた。また、新しい年をむかえた緊張感も感じられる「一水(いっすい)」の響きである。冷たく澄んだ水のさままでみえてくる正月の風景だ。水も人も発する声も、新しい気がみなぎっている。 校正者の幸香さんは、「冬木立つとことん枝を詰められて〉が特に好きでした。」と。これもまた裸木の様子がわかる一句だ。 この句集は、私の第三句集となります。が、人様に誇れるものではありません。寄せ来る年波を考えた、私の思いつきに他なりません。 表題を「懐郷」としまして、“ふるさと恋し”の思いを込めました。(略) 思わぬ動機で始まった私の俳句ですが、長年にわたって学び、楽しむことができたのは、生涯何よりの幸せと、深く感謝しております。 「あとがき」を抜粋して紹介した。 本句集の装釘は君嶋真理子さん。 「郷愁」の表題は金箔押し。 思いのふかい句集名であるが、はなやぎのある一冊となったのがいい。 見返し。 表紙。 扉。 推敲に時かけてをり夜の雪 上梓の後お気持ちをうかがってみた。 映えもしないものを連ねております。若い頃には気が多くて、縫い物・編み物・そして社交ダンスにフォークダンスと時間を費やしておりました。一番長いのは習字ですね。熱心とは言えませんが、今も続いてはいます。 皆さまには大変お世話になりました。ありがとうございました。 福田敏子さん 雨近き空や泰山木開く 福田敏子さま。 泰山木の花が咲く季節となりました。 今年はなにもかもがはやいですね。 もう御覧になりましたか。 ご健吟をお祈りもうしあげております。
by fragie777
| 2023-05-09 20:03
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