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4月27日(木) 旧暦3月8日
仕事をしていると、ふっと誰かが窓から覗いているような気配がする。 顔をあげると、 覗いていたのはショベルカーだった。 いよいよお隣のビル建築へむけての工事がはじまった。 うるさくなることはある程度覚悟はしている。 4階建てができあがるらしい。 ずいぶん暗くなるだろうなあ。 こんなふうにショベルカーとわたしはときどき目を(?)あわせる。 窓からのぞいてみたら、 もうこんなに土が掘られているのにはびっくりした。 26日付けの毎日新聞による坪内稔典さんの「季語刻々」は、飯田博句集『木洩れ日』より。 てふてふに直線の道なかりけり 飯田 博 「もしかしたら直線の道を持つチョウもいるかも」と坪内さん。わたしもこれからの蝶々については、観察してみたいが、蝶々の飛び方だけを考えると到底無理だとおもう。 目下私の机の右横に積み重ねられている雑誌の山をすこしずつ崩すことをはじめている。 「俳句」五月号 友岡子郷氏の追悼号が編まれている。 友岡先生にはずいぶんとお世話になった。 井上康明さん、岸本尚毅さん、中岡毅雄さん、寺井谷子さん、駒木根淳子さんが寄稿をしておられる。 中岡毅雄さんはとりわけ友岡子郷さんとは交流が深かったとその文章を拝読しておもった。 中岡さんをめぐる波多野爽波さんと友岡さんとのやりとりについては笑ってしまった。 友岡子郷氏は一度だけ仙川にいらしたことがある。 『現代俳句文庫 友岡子郷句集』を上梓されたあとだっと思う。 お昼を召し上がっていただき、もっとお話をされたかったご様子だったが、わたしの方で予定があってそれ以上時間をとることが出来なかった。 しかし、まずお会いしたときにおっしゃったのが、飯田龍太とのことだった。 師・飯田龍太とはじめて顔をあわせたときのこと、その緊迫した瞬間のことをお話してくださった。 わたしが、出版社勤務時代は、雑誌に原稿をいただいたり、第3句集『未草』を担当したそんなご縁もあった。 清潔で凜々しい俳人だった。 『現代俳句文庫 友岡子郷句集』に赤尾兜子が第一句集『遠方』によせた文章が収録されている。 いい文章である。 その文章の一部を抜粋して、友岡子郷という俳人を追悼したいと思う。 遠方とは、遠きを志すという謂であろう。 友岡子郷君は第一句集の名にこれを採った。第一句集というものは、まずその作者の生理に近い処女性をあらわにするものだ。「遠方」においても、そのことがまきれもなく立証されている。(略) やさしさとかなしみ、それを抒情というのは常識的な指摘で、たしかにかれの詩質の中心は、ここに根ざしている。ただその抒情に、私はいくぶん雄心のにおいをかぎつけてしまうのである。かれが男性であることなどとはさらさら関係はない。古くたとえるなら、平家の若き武者、そのすがすがしい凛気のようなもの、今様には都会的知性というのかもしれないが、それとはいささか質がちがう姿を思う。 父といふしづかなる無為雪間草 友岡子郷 (『春隣』より) 「俳句」五月号には、生駒大祐さんが、小山玄紀句集『ぼうぶら』の書評をされている。 これは、この句集の意義とあたらしさをみすえたいい評である。 「『ぼうぶら』において頻出するモチーフに『鏡』あるが、この句集こそ読者を映す鏡であり、この句集について語ることがその者の俳句観を炙り出す構造となっている。恐ろしい句集が出てきたものだ」と結んでいる。 是非に一読を。 西村麒麟さんが、あたらしく創刊された俳誌「麒麟」と、第1句集『鶉』の新装版を送ってくださった。 俳誌「麒麟」春 創刊号(左)と句集『鶉』新装版(港の人刊) 俳誌「麒麟」の題簽は高橋睦郎さん。 師の長谷川櫂さんが序句をよせておられる。 西村麒麟さま 御誌「麒麟」の創刊 おめでとうございます。 こころよりお祝いを申し上げます。 第1句集『鶉』の新装版も素敵な仕上がりです。 「ふらんす堂通信」の「うづら集」の選者として、177号からどうぞよろししくお願い申しあげます。
by fragie777
| 2023-04-27 19:31
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