ふらんす堂編集日記 By YAMAOKA Kimiko

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願ふ死は花満開の散らぬ間に 

3月30日(木)  旧閏暦2月9日


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神代植物園の枝垂桜。


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大きな桜の木である。


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木曜のみ車で出勤するので、今日は仰山冬物を車につめこんだ。
クリーニングに出すためであり、すでに仕上がっているものを受け取るためでもある。
で、お昼休みに商店街にあるクリーニング屋さんに冬物をかかえて、「ちょっと行ってきます」と出かけていった。
そしたら、なんとお休みだった。。。。
わたしの気合いは一気にそがれ、ふたたび仰山の冬物を仕事場に持ち帰った次第である。
ヤレヤレ。。。。





新刊紹介をしたい。

山口一世句集『明り窓』

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四六判函入り上製本 290頁 二句組


写真でもわかるように枝垂桜を配した一冊である。ゆえに今日の写真はどうしても枝垂れ桜にしたかったのである。
そして、作者の山口一世(やまぐち・かずよ)さんは、もうこの世にはおられない。ご本をすすめていく過程で亡くなられたのだった。
本書は、ご長男で山口建氏(静岡県立静岡がんセンター総長)によって主にすすめられたものである。

山口一世さんは、昭和2年(1927)三重県生まれ、俳誌「天狼」(山口誓子主宰)、「狩」(鷹羽狩行主宰)を経て、「香雨」(片山由美子主宰)のそれぞれの同人として俳句をつくって来られた方だ。すでにふらんす堂より第1句集『雛の灯』(1998)、第2句集『色鳥』(2009)を私家版として上梓されている。本句集は、大きく二つにわかれ、前半は「明り窓」と題して、平成19年(2007)から令和4年(2022)の作品を収録、後半は「付 思い出」と題して昭和47年から平成20年までの作品とご自身が描かれた俳画を30点を収録している。これらの編集はすべて山口建氏をはじめとするお子さまがたの意向による編集である。山口建氏が「第三句集に寄せて」と題して、文章を書かれているので、抜粋して紹介したい。
山口氏は、第1句集、第2句集よりそれぞれ一句を紹介しながら、その背後にある母親の人生にふれ「こうした家族が共有する句は、単に「写生」にとどまらず、時空を飛び越えて、当時の情景やその後の人生までを、私たちの脳裏に鮮やかによみがえらせてくれます。」と語る。
そして、

平成二十一年に第二句集を刊行したのちも、母は小さな黒い俳句帳を常に持ち歩き積極的に作句を続けていました。九十歳を過ぎた頃、問われるがままに、「いろいろなことがわかって、やっと、少し納得できる句ができるようになった」と申します。そこで、母の俳句人生の集大成となる第三句集の刊行を強く勧めました。また、家族からの要望として、第三句集以前の昭和三十七年から平成二十年までの代表句や思い出の句を母に選んでもらい、描きためた俳画を添えて、「付 思い出」としてまとめました。
今、人生百年時代が現実のものとなりつつあります。人間の身体や体力は高齢になれば衰えます。しかし、幸い、心は衰えを知らぬ存在です。そして、知恵は、何歳になろうとも努力によって増え続けます。母にとって俳句との出会いは、若い心を保ち、知恵を伸ばし続けるよすがとなりました。また、十七文字の文学を介した見知らぬ人々との密な俳句界交流も母の楽しみの一つになっています。第三句集が俳人の皆様との新たな縁を結ぶきっかけになることを願っています。

この句集がどのような経緯によって、いや、母へのどのような思いによって形作られていったかを記されている。そこには医師として母の老いをみつめる視点も当然ながらあったと思う。また、素晴らしいと思うのは、九十歳をすぎ句歴60年以上となる山口一世さんが、「やっと納得できる句ができるようになった」とおっしゃっていたこと。そして、子どもたちもまた俳句に向き合う母を深く理解をしていたことである。

本句集の担当はPさん。時間をかけながら丁寧に作業はすすんでいった。

 寄り添ひて強き火となる螢かな
 蜜豆や青春引き寄せたき銀座
 滅びゆくものは一気に牡丹散る
 日の匂ひさせ野遊びの子が戻る
 青芝に伸ばす手足の若さかな

Pさんの好きな句をあげてもらった。


 蜜豆や青春引き寄せたき銀座

そうなのか、山口一世さんにとって「青春」は「銀座」に結びつくのか。お医者さまご一家ということもあって、上品なご家庭であったのだと思う。山口建氏は、「薬剤師として忙しく働いていた母」と書かれ、働く母のイメージもおありのようだが、青春時代はきっと銀座でお友達と「蜜豆」を食べてたのしいひとときを過ごされたんだと思う。作家の中村真一郎さんが、何かの本に「美人に会いたくなったら銀座に行く」って書いていたけれど、かつて(今もか)銀座は良き家の美しいお嬢さんたちが遊ぶ場所だったのかもしれない。わたしにとっては「銀座」はいまも「大人の街」というイメージである。敷居がやや高い。じゃ、青春の街って聞かれたら、やはり新宿だ。東京でもっとも好きな都会の街だ。なぜって、不敵な目をした黒衣の天使にすれ違いそうじゃない。どこか不穏、ちょっとワクワクする。って、そんなことはどうでもいいわよね。〈歌舞伎座を出て掛けらるる春ショール〉という句もあって、これもどこか優雅。

 青芝に伸ばす手足の若さかな

みずみずしい緑がまず立ち上がり、白く眩しい素肌の手足が見えてくる、そんな一句だ。梅雨の季節がおわったころに一気に芝は成長する。その勢いはさわると痛いくらいだ、だから、その生気に拮抗できるくらいの勢いをもった手足でなくてはいけない。となればこれは「若さ」しかない。この若さは小さな子どもではない。子どもの手足はまだやわらく、青芝には勝てない。青芝にこうぐっと伸ばすことのできる手足となればそれば、青春期真っ只中の手足だ。「若き手足かな」ではなく「手足の若さかな」と言い留めたことによって、下5に「ア行」の音がつづくことになり、句に解放感をもたらしている。「青芝」のア音ではじまり「ア行」で終わることも句を広やかなものとしているのではないだろうか。さらには「イ行」の音も効果的に働いているのでは。。。〈日の匂ひさせ野遊びの子が戻る〉も良い句だと思う。

 羅を脱ぎ落したる疲れかな

この一句、わたしはおもしろいと思った。「羅(うすもの)が季語。夏の単衣の着物のことで、「絽」や「紗」や「上布」などなどいろいろとある。夏の着物は見る人には涼感をあたえるが、着ているほうは結構暑い。しかし、いいわよねえ、暑い盛りに「羅」を着こなしている人を見るのは。しばし、見とれてしまう。それだけに着る方は気合いがいる。袷の着物をきたほうが意識としては楽だと思う。この句「脱ぎ落としたる」が巧みだと思う。単に「脱ぐ」ではなく「脱ぎ落とす」ことによって、軽やかなうすものがさらさらと身体から離れて行く様子が見えてくるし、一刻もはやく身体から去らせたい、そんな気持も見える。そして「疲れかな」という下5によってもうヤレヤレと疲れを味わうほどに感じ入っている作者がいる。そして作者の足元にもまた、疲れ切った様の羅が横たわっているのである。

 秋風と共にとほされ写経の間

「秋風」がいい。お寺の広々とした空間がみえてくる。作者は「写経」をするために寺を訪ねたのである。風通しのよい寺の座敷で写経をするのだ。秋は写経をするのに抜群の季節じゃないかしら。春風だったら精神がなまる。北風はごめんこうむる。となれば、新涼の季節しかない。というのは言い過ぎかもしれないけれど。「秋風と共にとほされ」と詠む作者がいい。作者のまわりにいる人間たちの姿や話し声は消え、風をのみを感じてまっすぐに写経へとむかう、作者の涼しい心がみえてくる。
 


校正スタッフのみおさんは、〈長き夜のまた始めから電光板〉が好きということ。
「同じ文章が延々と繰り返し流される電光掲示板は、いかにも長き夜だなあと思います」
 


この度、第三句集を上梓致しました。
第一句集『雛の灯』は平成十年、第二句集『色鳥』は平成二十一年に上梓致しました。その後、第三句集との想いもありましたが、高齢となり体力、智力共に衰えを感じ、その思いを断ち切っていました。ところが長男に私の俳句人生を孫や曾孫に伝えるべきだと盛んにすすめられ、それに順う事と致しました。
私の俳句との出会いは昭和三十七年、「天狼」入会に始まり、「狩」、「香雨」に入会させていただき今日に至って居ります。山口誓子先生、鷹羽狩行先生、片山由美子先生の御三方を師と仰ぎました事は私の生涯御三方を師と仰ぎました事は私の生涯にとりまして無上の幸せでした。
第三句集の句集名「明り窓」は庭で舞う蝶を見て嘗て吟行で牛小屋を訪ねました時、牛の優勝額の側に明り窓がありました事が鮮明に思い浮び、早速、句と致しました。
この句集には、子どもたちの勧めもあり、私の俳句人生の「思い出」となる百七十四句を掲載しました。第一句集、第二句集を始め、様々な句会などでご評価いただいた作品をまとめたもので、子、孫、曾孫に目を通してもらいたい句を選びました。つたない句集ですが、お目通しいただければ幸いに存じます。

「あとがき」を抜粋して紹介した。

 旅立ちは急ぐなかれと庭の芽木  一世

という句が、最後におかれている。




本句集の装釘は、君嶋真理子さん。


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函入りの本は久しぶりである。
山口一世さんの句集は第一,第二それぞれ函入りのもの。


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句集名は金箔押し。


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函をつくる業者がのきなみ減っている現在、美しく仕上がった函がうれしい。

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背も決まっている。


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グラシンにつつまれた句集をとりだす。
ひさしぶりの感触だ。


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グラシンをはがすと布表紙があらわれる。
この緑は山口一世さんが、ご希望された色。


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型押しされた表紙。


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背は金箔押し。


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扉。


本句集には、著者による俳画がたくさん挿入されている。
二点ほどを紹介。



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 紫陽花を剪るあぢさゐの中に入り


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 雛祭る雛と同じもの食べて



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花布は桜色。

栞紐は、うす黄。


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 蝶来ては去る牛小屋の明り窓


タイトルとなった一句である。

担当のPさんは、

「句集製作をご依頼いただいた時はまだご存命だったのですが、途中で亡くなられてしまったのは本当に残念でした。
句集を間に合わせることはできなかったのですが、ご子息の山口建さまとやりとりを続けて、一世さまの思い出とご遺族の方の愛情が一冊に仕上がりました。
「付 思い出」の色紙の配置にとてもこだわられて、俳句と響き併せるのがなかなか大変でしたが、ご遺族の皆様が満足される御本をお作りできたことが嬉しいです。


山口一世さんから、上梓の感想をいただくことは叶わなかったが、ご家族によってお写真をいただいている。


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山口一世さん。





 願ふ死は花満開の散らぬ間に    (病室から満開の河津桜を見て)


句集『明り窓』の最後におかれた一句である。

ご家族のおもいによって、満開の花の季節にうまれた第三句集となった。



山口一世さま

長いご縁をいただきましたこと、感謝申しあげます。
ご冥福をこころからお祈り申し上げます。






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by fragie777 | 2023-03-30 19:47 | Comments(0)


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