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3月12日(日) 二月堂お水取り 旧暦2月21日
わが家の庭にも日向水木(ヒュウガミズキ)の花が咲きはじめた。 アオハダの木の根元にほんのちょっと、ひと跨ぎできちゃうくらいの小さな株であるが、それでも玄関のドアを開けるとパッと目に入ってくる。 (ああ、咲いたんだ…)って。 やさしい黄色の可愛らしい花である。 同じような花に土佐水木があるが、こちらは枝ぶりも大きく、花も大きい。 そして華やかである。 小さくても土佐水木より花に透明感があって、わたしは日向水木の方が好き。 まだ寒さが少し残っているそんな時に花開くという記憶だったけれど、今年はすっかりあたたかな日々である。 NHKBS2でやっている「世界サブカルチャー史・欲望の系譜」が面白い。ビデオを撮ってみているのだが、先週は1960年代を中心に戦後日本の高度経済成長期にスポットあて、映像をもとにこの時代は何であったのか、21世紀のいまの時点から問い直していくものだった。毎回、松岡正剛による解説がところどころにあるのだが、時代の読み解きが整理されていてよくわかり興味深い。わたしは時間を見つけて録画したものを見ている。60年代についていえば時代を語る俳優の加賀まりこがすばらしく良かった。彼女は日本の高度成長へのあまりにも激しい上昇機運についていけずパリに脱出するのだ。その辺について語る加賀まりこの現在も又かっこいい。そして今週は70年代だった。これはもう、私自身の青春期にオーバーラップするものであり、映像の一コマ一コマに鳥肌が立つ。吉田拓郎も井上陽水もわが身体に沁み込んでいる。南こうせつの「神田川」が流れると、そう、わたしも神田川を眺めながら男子と暮らしたことがあったな、などとどうでもいような感傷にふけったり、「あさま山荘事件」や三島由紀夫の割腹自殺等々、リアルタイムのことだった。あらためて自分が生きてきた時代をへえーて思いながら映像を追っている。この番組は玉木宏のナレーションもいい。こういう番組を見ることは、生きてきた時代を読み解きながらそれを現在に照射しつつ問題を浮き彫りにさせ、それらをこれからの時代へどう生かしていくか、ということなんだろうけど、iPhoneを片時も離せなくなっているわたしの今をおもいつつ、21世紀のこの一瞬一瞬についていくのがやっと。早すぎるわ、なにもかも。いやはやわたしたちはいったいどこへ行こうとしているのか。そういえば、桜なんて糞くらえって思っていた若き日々だったけれど、いまは、花鳥を追いかけている自分がいてちょっと笑ってしまう。。 今日は田中裕明・森賀まり共著『癒しの一句』より。 3月8日付けの田中裕明鑑賞による松瀬青々の句を紹介したい。 神の手で撫でたやうなる朧かな 松瀬青々 おぼろとは、もともとぼんやりとして不明瞭な状態をさす「おほ」からきている。朧月といえば、水蒸気のために月が霞んだ状態にあることをいう。春は南方から高温多湿の空気が日本に入り込んでくるので、遠くの山などが薄くかすんで見える。昼間は霞だが、夜になれば朧と呼ぶのもゆかしい。俳句の季語としても情緒的、感覚的なもののひとつである。俳人は「辛崎の松は花より朧にて 芭蕉」「貝こきと噛めば朧の安房の国 飯田龍太」など五感すべてで朧をとらえてきた。 松瀬青々は明治二年(一八六九)生れの大阪の俳人。「うらら今それが硝子の色にして」「葱の花沖の沖まで霞みけり」など深い自然詠をのこした。「自然を写すには、ただ自然を見た外形のままを写すのでなく、どんな風に私の心の上に映ったかそれを写したい。」と言っている。朧そのもののいのちに触れようとして、超自然なものの手を感得した。昭和三年作、句集『松苗・春』所収。(朧・春) 神代水生植物園にやって来ていた白鷺。 子どもがやってきた。 「ねえ、あひるがいるよ!」って母親に言っている。 「あら、大きな白い鳥、なんだろう」ってお母さん。 その傍らでお父さんは黙ってひたすら写真を撮っている。 もうひと家族やってきた。 「ああ、きれいな鳥! なにこれ?」って言いあっている。 わたしは、「シラサギですよ」って教えてあげた。 「シロサギ?」 「ううん、シラサギ。大きいからダイサギかな」 「はじめてみました。この鳥、ここにいつもいるんですか」 「いいえ、いつもじゃなくて、近くの川にいたり、ここにやってきたり、このあたりにはたくさんいますよ」 「そうなんですか!」って皆驚いている。 (そうか、はじめて見る人もいるんだ……) わたしたちのやり取りをこの白鷺、きっと面白がって聞いていたと思う。
by fragie777
| 2023-03-12 20:19
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