ふらんす堂編集日記 By YAMAOKA Kimiko

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「鮑海女」への慈愛にみちたまなざしと労わりの心は、苦楽を分かち合うほどの連帯感があればこそのものだ。

1月5日(木)  旧暦12月14日


「鮑海女」への慈愛にみちたまなざしと労わりの心は、苦楽を分かち合うほどの連帯感があればこそのものだ。_f0071480_18301046.jpg
アユタヤ遺跡にて。


美しい鳥をみた。



「鮑海女」への慈愛にみちたまなざしと労わりの心は、苦楽を分かち合うほどの連帯感があればこそのものだ。_f0071480_18303389.jpg
ヤツガシラという鳥らしい。

日本にも春と秋の渡りのときに数少ない旅鳥として飛来するという。




今日から仕事はじめ。

スタッフはパートさんのTさんも加えて全員そろう。
「ふらんす堂通信」校正助っ人の愛さんもやってきた。
お正月気分をすっとばして、仕事、仕事である。
メールの返事を書き、たまった郵便物をかたづけ、などなどやることがぎょうさんある。
銀行、郵便局へもいかなくてはいけない。

気合いもはいるが、やることを思うと肩に力がはいる。
できるだけ、身体に力をいれないようにして、仕事に向きあいたいのだ。
そう、いい感じに力を抜いてね。





ということで新刊紹介をしたい。


富田範保句集『鮑海女(あわびあま)』



「鮑海女」への慈愛にみちたまなざしと労わりの心は、苦楽を分かち合うほどの連帯感があればこそのものだ。_f0071480_18304954.jpg
四六判ソフトカバー装帯あり 216頁 3句組

著者の富田範保(とみだ・のりやす)さんは、昭和20年(1945)岐阜県養老郡のお生まれ、現在は愛知県弥富市にお住まいである。昭和63年「笹」に入会、伊藤敬子に師事、平成29年(2017)「笹」を退会、「伊吹嶺」に入会、栗田やすし主宰に師事、平成30年(2018)「伊吹嶺」河原地英武新主宰に師事。「伊吹嶺」同人。俳人協会会員。本句集は平成63年から平成25年までの「笹」時代の作品をまとめた第1句集である。河原地英武主宰が、序文を寄せている。句集名「鮑海女」も河原地主宰の命名である。
序文を抜粋して紹介したい。

富田範保さんの作品を読むたび思うのは、俳句という詩形の端正さと美しさである。ほんとうは富田さんの句が端正であり美しいのだが、まるで俳句そのものが富田さんの言葉を通じてその姿を現したといった風情なのだ。漱石の『夢十夜』に出てくる運慶が、木のなかに埋まっている仁王像を掘り出すように、富田さんもまた、然るべき言葉を過不足なくぴたりと五七五に収めてゆく。その手続きが何の苦渋もなしに行われているような印象を与えるのである。
むろん富田さんとて、そう易々と作句しているわけではあるまい。わたしは「伊吹嶺」誌同人欄の選者として、その創作過程を垣間見るチャンスに恵まれているのだが、富田さんは毎回一つの主題、あるいは一つの季語で連作を試みている。似た句が並ぶことをいとわず、すこしずつ角度を変えながら同じ対象をスケッチしているうちに、時折目の覚めるようなイメージが立ち昇るのである。感性がどんどん研ぎ澄まされてゆくプロセスに、わたし自身が立ち会っているような思いで選をしている。
(略)
ただ、富田さんはとりわけ海がお好きらしく、海辺の風景や島の暮しをたくさん詠んでおられる。そのなかでも「海女」もしくは「鮑海女」をモデルにした句にわたしはいたく心を揺さぶられた。

 五月晴れ眩しと海女のまた潜く
 鮑海女夫の手を借り脱ぐ磯着
 磯着脱げば二児の母なり胡瓜揉む
 虚空蹴り海に逆立つ鮑海女
 海を出て雨を厭ひぬ鮑海女
 海女潜く人魚となるを夢に見て

などはもはや吟行句ではない。「鮑海女」への慈愛にみちたまなざしと労わりの心は、苦楽を分かち合うほどの連帯感があればこそのものだ。そのようなことを思い、句集名を決めさせていただいた。


「鮑海女」とは、わたしなど聞き慣れない語彙であったが、表記によって意味はすぐにわかる。

句集名は、「海を出て雨を厭ひぬ鮑海女」などの句より、河原地主宰より「鮑海女」と付けていただきました。海の句が多い中、わが意に適った題名であると思っております。

と。富田さんは「あとがき」と書いている。


本句集の担当は、文己さん。
「対象を的確に詠まれた句が多く、特に「色」を敏感に感じ取り詠んだ句に感銘を受けました。」と文己さん。

 盆のもの磨く心の晴るるまで
 餌を撒けば声が声呼ぶ冬鴎
 白魚の水より淡く泳ぎたる
 迎へ火に母の好みし香を足す
 海を出て雨を厭ひぬ鮑海女
 天に月残し山焼き終はりたる


 餌を撒けば声が声呼ぶ冬鴎

寒々しい空と暗い海がひろがり、そこに人間がやってきて鴎たちに餌をやっている景だ。なぜかこの景は無彩色といわないまでもグレ―トーンの色彩がひろがる。鷗の餌といってもたぶん鰺のような小魚だろう。この句「声が声呼ぶ」の措辞が眼目だ。声とはもちろん人間の声ではなく、鷗の声だ。餌を競って取りあうそんな激しいけたたましい声だ。その声に惹き付けられて別の鷗もやってくる。視覚的な風景から聴覚へと句をふくらませていく。そして下五で「冬鷗」と止めることでその声の主を現す。厳寒の海に生息する鷗たちのたくましさが「声が声呼ぶ」から立ち上がってくる一句だと思う。

 海を出て雨を厭ひぬ鮑海女

句集名ともなった一連の鮑海女を詠んだ句のなかの一句だ。帯にもとりあげられ、序文でもとりあげられている。わたしも好きな一句だ。海からあがった鮑海女はもちろんぐっしょりと濡れている。その濡れた海女が、雨を厭っているというのだ。海でさんざん濡れて冷え切った身体である。せめて海からあがったときくらいは、水から解放されたいものだ。はやく身体を温めなくてはいけないのに、どんよりと曇った空から,雨滴となって水が落ちてくるのである。さらに身体は冷え、硬直しさんざんである。わたしはもちろん海女の経験はないが、この鮑海女の心境はよくわかる。「もういい加減にしてよ」っていう感じである。いいじゃない、海で濡れたんだから、雨に濡れたって、なんていう人間がいたらぶっ飛ばされるよ、きっと。海女の仕事の辛さは、わたしだってほとんどわかってないかもしれない。しかし、海からあがって一仕事終えた海女たちには、やわらかな日差しが降りそそいでほしいものだ。この一句、「雨を厭ひぬ」という中七が、海女の心情を端的言い止めていると思う。「海を出て」という表現の簡潔さもいい。

 母の日やしばし天地に棲み分れ

これはわたしの好きな句である。著者ご自身も自選十句にあげておられる。一瞬わかりにくい句であると思う。あるいは著者はキリスト教徒であるのかしら、とも思った。母の日であるが、母はもうこの世にはいない。そう、天国に召されているのだ。そして我はこの地上にあってあくせくと生きている。死者と生者である。しかし、作者は死者であることと生者であることを大きな隔たりとは考えていない。別れているのは「しばし」であり、あるいはほんの一瞬であるかもしれない。いずれ自身も天に召される時が来る。中七下五に作者の宗教観〔信仰)が垣間見られる。「母の日」という季語で、こんな風に母を詠んだ俳句はあまりないのではないだろうか。生きている母への思い、あるいは死んだ母をなつかしむ思いの句はたくさんある。が、この一句は、いずれは母にまみえるという希望があり、死者がたんなる死者でないという、ひとつの信仰告白としての俳句としてわたしは読んだ。「棲み」が「住み」でないところも、もっと根源的な魂の在り処を思わせているようにわたしには思えた。〔勝手な読みでしたらごめんなさいませ)

 眼より文字の逃げゆく春炬燵

これもおもしろい一句だ。「春炬燵」が季語。春になって身体がゆるんでくる。しかし、大気はまだ寒い。そんな時にまだしまわれていない炬燵に身体を突っ込むのはなんとも幸せである。冬ほど身体は緊張していないから、炬燵に足をつっこんでいるだけでもほかほかと十分にあったかくなる。そして眠くなる。炬燵にあたりながらの読書なんて、無理もいいとこ。その眠くなる気持を「眼より文字の逃げゆく」と表現したところが、巧みだ。本を読むなどと語っていないのに、本を読もうと頑張っている人間がみえてくる。そしてこの文字に逃げられるという感覚もまたよくわかるのである。

 木の実打つ痛さに一句失へり

これには笑った。俳人ならではの悲哀(?)である。おっ、いい句が浮かんだとおもったら、木の実に頭をしたたかに打たれたのだ。痛いとおもったら浮かんだ句が逃げてしまった。俳句をつくる人なら、こんな経験はしている人はすくなからず、とも思った一句だ。


校正スタッフのみおさんは、「〈鰤来るか竜巻の尾の海へ垂れ〉が好きです。
中七下五がいかにも冬の北陸の荒々しさです。」と。
壮大な一句だとわたしも思った。


俳句との出会いは昭和六十三年に始まります。その頃私は眼の病を発症し、行く末に大きな不安を持っていました。少しずつ視野が欠けてゆく不安に脅えつつ、落ちつかない毎日を送っていました。そんな時これではいけないと一念発起し、勉強をするつもりで栄の中日文化センターを訪ねてみました。幸い私の休日に故伊藤敬子先生の「俳句の手ほどき」と言う講座があり、受講する事にしました。受講して俳句を作る事に意識が集まる様になり、次第に眼の病気の事を忘れる様になりました。心の状態が安定したせいか、病気の進行も止まり、普通の状態に戻りました。俳句を作る事が心と生活の支えとなったのです。
俳誌「笹」においては故伊藤敬子主宰より、写生の理論をみっちり教えていただき、それが今の私の俳句の根幹をなしていると思っています。平成二十九年、一身上の都合で「笹」を退会し、「伊吹嶺」の門を叩く事になりました。栗田やすし前主宰、河原地英武主宰に温かく迎え入れていただき、深く感謝をいたしております


「あとがき」の一部を抜粋して紹介した。
俳句の力を思わせられる「あとがき」である。





本句集の装釘は君嶋真理子さん。

富田さんには、装釘についていろいろとご希望があった。
君嶋さんにはそのご希望をよいかたちでデザイン化してもらった。


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タイトルと名前は黒メタル箔で。


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ざらざらと質感のある用紙を用いて、海の荒々しさを表現。


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見返し。


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扉。


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この句集を手にした人はだれしも感じるだろうが、富田さんの句の洗練は群を抜いている。俳句が三度の飯より好きな人が(と、わたしには見える)、毎日倦まずたゆまず作句をつづけ(きっと、そうにちがいない)、その修練のなかで身につけた独自のリズム感と自在な言葉の運用力がこの一書に凝縮している。(河原地英武・序文)




ご上梓の後のお気持ちをうかがった。


長年句集出版については夢として持っていました。
伊吹嶺前主宰の栗田先生のおすすめもあり、又今年が私の喜寿の歳、金婚の年でもあり、終活の一環として句集出版を決意いたしました。俳句を始めた頃より現在までの俳句、1冊にまとめるには少し長すぎはしないかと思い、一応平成25年を1つの区切りといたしました。平成26年以降についてはおいおい考えたいと思っています。句集の句を選ぶにあたって多くの句を落す事には非常に苦しい思いをいたしました。河原地主宰には私の意に適った選句をしていただき大変嬉しく思っております。今後世に出た場合どの様な評価をされるのか、楽しみよりも怖さを感じております。
出版にあたり、ふらんす堂の横尾様はじめ、校正の方々に適切な助言をいただき、深く感謝をいたしております。
今は、自分の娘を嫁がせる時の心境です。ありがとうございました。





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富田範保氏




喜寿、金婚、そして句集のご出版喜寿、金婚、
そして句集のご出版、まことにおめでとうございます。179.png179.png179.png179.png179.png
第1句集の刊行をひとつの節目として、さらなるご健吟をお祈り申し上げます。
第2句集をめざして。。。
ふたたびのご縁がありますように。







明日もまた新刊紹介をいたします。

yamaoka むちゃくちゃ頑張らねばならぬのです。158.png

しかし、力を抜こう。。。。





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写真の仏像には身体があるのです。実は。。。









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by fragie777 | 2023-01-05 20:34 | Comments(0)


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