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10月12日(水) 旧暦9月17日
途中に咲いていた芙蓉の花。 新聞の記事を紹介したい。 10月7日付けの毎日新聞の坪内稔典氏による「季語刻々」は、岸本尚毅句集『雲は友』 より。 歩く人月の光が手に膝に 岸本尚毅 「句集には「澄み切つて芋焼酎や月に酌む」もある。彼は横浜に住んでいるが、月光の中をいっしょに歩きたい。」と坪内さん。 坪内さんと岸本さん。いいですねー。いったいお二人はどんな会話をされるのかしら。ちょっと楽しそう。わたしは月影となってお二人についていき、そのおしゃべりを盗み聞きしたい。 讀賣新聞の「枝折」は、森賀まり句集『しみづあたたかをふくむ』が紹介されている。 夫・田中裕明を亡くして18年。書名は冬の七十二候「水泉動」。「失われたものの温みに気づかされた」年月だったとあとがきに書く。〈こはれもの抱きて秋めくこころかな〉 新刊紹介をしたい。 四六判ハードカバー装帯有り 190ページ 2句組 楠戸まさる(くすど・まさる)さんの前句集『遊刃』 につぐ第4句集である。楠戸まさるさんは、昭和16年(1941)神奈川県南足柄市生まれ、「狩」(鷹羽狩行主宰)に入会し、同人となるも一身上の都合により退会。句集に『竹聲』『飛火野』『遊刃』がある。現在は、俳句集団「翡翠(ひすい)会」の代表。俳人協会会員。 『日月(じつげつ)』は二〇一六年から二〇二二年前半までの六年半の間に詠んだ句の中から自選した三百二十句を収録した第四句集です。 腎移植後の十年余、一日一日を疎かにせず丁寧に生きるよう努めてきました。できるかぎり旅に出て各地の自然や風土の中に身を置き、感性を研ぎ澄まし自らの体感によって納得できる句の創作をめざしました。 「あとがき」を紹介したが、集名の「日月」が語るように、日々を俳句によって刻印していったその結実が本句集である。 花過ぎの堰切つて刻ながれ出す 秋麗や聳つ山も伏す山も など集中、大胆に景をきりとった詩情溢れる作品がおおい。 本句集の担当は、文己さん。好きな句をあげてもらった。 参道を逸れたる道の淑気かな うろこ雲旅に祈りのこころあり 喪ごころの歩みとなりし冬帽子 大海に果ついつぽんの枯野道 大いなるものの掌の中日向ぼこ 藁塚に凭れてぬくき日の家郷 晩年の空あをあをといかのぼり 大海に果ついつぽんの枯野道 大海原へと枯野の道がまっすぐに通っているシンプルな景がたちあがる。海の青と枯野の黄土色。コントラストが美しい。この一句は「大海に果つ」の「果つ」に作者の感情が込められている。それは終わりがあるということ。真っ直ぐに海へとむかう縦の直線、枯野の景はさびしさをまとっている。しかし海原でそれは尽きる。その道が尽きることを知りながら大海をめざして進んでいくのである。果てた先にある大海とは、海であることによって、作者をいだきとめる母なる海。。。作者にとってそれは彼岸を意味するものか。いやあ、考えすぎかもしれない。。。 大いなるものの掌の中日向ぼこ この一句も、形而上的な存在の気配がある一句だ。日向ぼこの温もりのなかに作者はいる。その温もりとは「大いなるものの掌」の温もりなのだ。それが神であるとか仏であるとか、そういう言葉をもちいずに「大いなるものの」という措辞によって、宗教的な匂いを消し去り、もっと宇宙的な存在者を体感的に言いとめているのだ。「日向ぼこ」の安らかな温もりにつつまれている作者であり、読者にもその温もりがつたわってくる。こんな日向ぼこだったらしてみたいな。わたしの日々の戦いに疲れ果てた(?)身体もおおいに癒やされるだろう。そういえば、日向ぼこってわたししたことがあっただろうか。そう考えるとほんとうに慌ただしく日々をやりすごしていることにいま呆れている。 石濡るるほどの雨過ぐ桜餅 これはわたしの好きな一句である。「桜餅」がとてもおいしそうに思えたのである。目の前に桜餅がある。そして少し前に激しい雨がふったのである。「石濡るるほど」の、この具体的な描写がいいと思う。雨で濡れた石が黒く光っている。雨後の大気は冷ややかかで澄んでいる。空気はまだしっとりとしていて、桜餅の匂いがたち、そのピンク色もあざやかだ。雨の質感と石の色と桜餅の色、風味、和菓子がもつ繊細なすべてを一過の雨が際立たせた。 梁(うつばり)の波うつ山家雛飾る この一句も好きである。山の暮らしのなかの雛祭りの風景である。「梁の波うつ」の措辞が巧みだと思う。もうそれだけでその山家のありようが見えてくる。しかも「波うつ」である。歳月に耐えてしっかりと家を支えてきた梁である。その家で雛が飾られていく。質朴な山家に華やかなお雛さまたち。きっと古くからあるお雛さまだろう。代々飾られてきた雛さまだ。格調ある靜かな古雛へ、梁は波うち躍動している。 校正のみおさんは、「〈数へ日の隠れごころの旅ひとつ〉にとても惹かれます。以前、十二月に思い立って奈良を旅行したときのことを思 い出しました。」と。 おなじく校正者の幸香さんは、「〈春嵐地軸かたむく星に棲み〉に惹かれました。」と。この一句も大胆な一句だと思う。 ほかに、 おほがねの一打すなはち春動く 山国の闇おし拡ぐ大桜 顔見世や京に親しき橋の数 二〇二〇年の春先から始まったコロナウイルスの流行は、大幅に社会活動の制約を迫るものとなり、今もなお「自粛」や「不要不急」なる概念が心の中に澱のように棲みついています。さらに世界に目を転ずれば目を背けたくなるような惨状が日々の報道にあふれ、人類の行末さえもあやぶまれる状況です。 このような中で俳句文芸の意義は何かと問うこともありましたが、今は一種メランコリックな気分を引きずりつつも、三十代から関わってきた伝統的な詩型に自らの思いを込めて文芸としての高みをめざす外ないと思っています。 ふたたび「あとがき」を紹介した。 本句集の装釘は、前句集『遊刃』にひきつづき、君嶋真理子さん。 タイトルの「日月」は黒メタル箔。 表紙のクロスは紺をお望みでいらした。 題字などは黒メタル箔。 カラ押し。 扉。 花布は、日本の伝統色でいえば、「柿渋色」。 濃紺とよくあっている。 栞紐は紺。 句集名「日月」は平成二十年に世田谷区内に転居した後、町田市鶴川南方の緑山の霊園に墓地を求めその際墓石に刻んだ自作の句、 日月のあゆみ絶やさず初桜 に拠っています。(あとがき) 楠戸まさる氏。 大らかな景を詠んだ句が心地よく拝読しました。 「藁塚に凭れてぬくき日の家郷」が特に好きでし た。 楠戸様と相談して、この句を帯にと提案し、おゆるしをいただきました。 文己さんの感想である。 六月の切株はわが思惟の座 句集後半に置かれた一句である。 わたしの前をよこぎったカミキリムシ。
by fragie777
| 2022-10-12 19:50
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