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9月10日(土) 十五夜 旧暦8月15日
今日は仲秋の名月である。 ということでさっきベランダに出て月を仰いだ。 さすが真ん丸である。 カメラにおさめたのだが、すこしも美しくない。 月や星を普通のカメラでとるのはなかなか難しい。。。 数日前に仙川で出会った鶺鴒。 たいへん久しぶりである。 身体のおおきな美しい鶺鴒だった。 今日は休日ではあるが、俳句文学館へ資料集めの仕事のつづきをしに行く。 10半までには行く予定だったが、予期せぬ小さな出来事が重なって、11時近くになってしまった。 俳句文学館の閲覧室は、ほとんど人がおらず空いていて静かである。 途中でひとり男性がいらした。 しばらくして目があって気づいたのだが、なんと髙柳克弘さんだった。 「まあ、こんにちは」と簡単な挨拶をかわして、(私語厳禁なので)それぞれ調べものに集中。 そのうちに髙柳さんは、用事がすんだらしく帰り支度である。 帰りの挨拶をしようとおもったときに、髙柳さんが携帯をみせてそっと教えてくださったことがある。 第71回「小学館児童出版文化賞」に、髙柳克弘著『そらのことばが降ってくる」が決まったというお知らせだった。 「まあ、おめでとうございます!」とわたしはものすごく小さな声でささやく。 「ありがとうございます!」と髙柳さんもものすごく小さな声で返事をされる。 そして忙しそうに帰っていかれたのだった。 わたしはその後もずっと資料調べで、文学館の閲覧室を出たのは、3時半をまわっていたのだった。 なんとか少しははかどったけれど、勝利はまだまだ先である。 頑張ろう。 今日は髙柳克弘著『芭蕉の一句』より。9月4日付けのもの。十五夜にちなんで「月」の句を。 名月や池をめぐりて夜もすがら 『あつめ句』 今宵は名月、興にまかせて池辺をめぐっていると、一晩中でもこうして月を仰ぎつつ歩き続けていたいと思えるほどだ、というのである。門人とともに、芭蕉庵で月見の会を催したときの作。「夜もすがら」は月見への思い入れを誇張して表現したもの。李白の詩「月下独酌」に「我歌へば月は徘徊」という一節があるように、名月そのものが池をめぐっているイメージも背後に潜む。芭蕉の月の句は、傍題なども含めると全体の三十パーセント近くに及ぶ。芭蕉の誕生日は八月十五日という俗説が生じたのも、この芭蕉の月への執心に拠る。季語=名月(秋) ふたたびわたしはベランダに行き、月を仰ぐ。 日頃、月をしみじみと見るなんてことほとんどない。 十五夜のお月見は、風情のあるよきならわしであり、故郷ではお月見をしていたような気がするが、わたしには縁のないものとなってしまった。 月を見ていたら、遠吠えでもしたくなってきそうである。 早々に、家の中に入った。。。。。 東中野の駅よりみたなつかしい風景。 さきほど予期せぬ小さな出来事と書いたが、実は、俳句文学館に来るまでに、電車に乗り損ね、そして電車から降り損ねてしまったのだ。 乗り損ねたのは、インスタグラムでフォローしているイケメンに見とれていて、はっと顔をあげたときは、電車のドアがしまったあとだった。。 降り損ねたのは、これは本を読むことに没頭しており、気づいたときは大久保駅を発車していた。で、隣の駅の東中野で降りたというわけである。東中野は学生時代から結婚して数年は住んでいたところなので、ひどく懐かしい。 そんなこんなで、多分20分くらいは時間をロスしてしまったと思う。 没頭していた本は、先日来社された千葉皓史さんが良かったと言っていたもので、さっそく電子書籍で購入して読み始めたもの。 千葉さんは、「読みやすいから一時間もあれば読めますよ」と言ったのだけれど、わたしは時間の合間合間に読むのでそういうわけにはいかないのよ。しかし、面白い。何という本だって、フフフ、ナイショ。言うもんですか。。。
by fragie777
| 2022-09-10 21:25
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