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7月14日(木) パリ祭 6月16日
丸池公園の林にいたオナガ二羽。 写真でみると深い森にいるかのようである。 警戒心がつよく、近づくとさっと飛んでいってしまう。 今日はパリ祭。 フランス革命記念日である。 巴里祭モデルと画家の夫婦老い 中村伸郎 「フランスでは、バスチーユ広場を中心に国全体で夜どおし飲み歌いおどる。」と歳時記にあるが、コロナ蔓延の状況下ではどうなのだろうか。 この日は無礼講となるのだろうか。。 昨年は軍治パレードが行われ、夜にはエッフェル塔を中心に花火が打ち揚げられたようだ。 仁平勝著『永田耕衣の百句』が刊行となった。 ![]() 俳人・永田耕衣は、詩人や歌人にもファンが多かった俳人である。 難解な俳句が多いとされる俳人でありながら、代表句となる句が多い。わたしでさえも代表句が七,八句はすぐに口をついて出て来る。しかし、その死後、あまり語られなくなってしまった。 「百句シリーズ」で、顕彰することができたらという思いがあり、俳人の誰にその執筆をお願いしようかと、いろいろと思案し、思い切って仁平勝氏にお願いしてみたところ、二つ返事で引き受けてくださったのだった。 ところで、耕衣の俳句が難解といわれたのは別の理由もある。いま独自な俳句論と書いたが、そもそもその理論が難しいのである。もっともそういう理論は、耕衣の俳句を読むためには必要ない。たとえば耕衣は禅に傾倒し、その思想についてしばしば語ってきたが、耕衣の愛読者は、俳句から禅の思想を享受しているわけではない。耕衣の句が読む者を魅了するのは、五七五の言葉がときにその意図を超えて飛躍するからだ。そこには、定型の力学を感知する先天的な言語感覚があるのだが、それは理屈で論じることができない。 ただしここでは、永田耕衣という作家を理解するために、そうした独自な俳句論(あるいは俳句観)とも付き合ってみたい。となれば私たちも、「俳句的」なパラダイムを離れないといけない。 巻末の解説の部分を紹介した。確かにわたしたちは永田耕衣という俳人にアクセスしようするとき、どうしてもその難解な俳句論がたちはだかる。作り手である永田耕衣自身にとってはその俳句理論は俳句をつくる上でなおざりにできないものであるのだろうが、十七文字の俳句の前にいる私たち読み手は、、、(と思ったとき、)この解説で仁平さんが書かれている「耕衣の愛読者は、俳句から禅の思想を享受しているわけではない。耕衣の句が読む者を魅了するのは、五七五の言葉がときにその意図を超えて飛躍する」ことの驚きの体験をするのである。そういう意味において、本著は、耕衣の俳句論を知らなくても、ここに収録された百句によってわたしたちは十分に魅了されるであろう。仁平さんは、百句を耕衣の俳句の読者として自由な鑑賞をしつつその俳句の魅力を引き出し、その句がいかに耕衣の俳句論に関わっているかをわかりやすく鑑賞してみせる。解説においては耕衣の俳句論、たとえば「根源俳句」や独自な季語の使い方などについて触れつつ、その俳句がめざしたところの「卑俗性」に言及するのである。本著は永田耕衣という難物な俳人に迫るまさに俳人・永田耕衣入門の一冊である。 いくつかを紹介しておきたい。 母死ねば今着給へる冬着欲し 『驢鳴集』 小津安二郎の『東京物語』では、母親の葬儀の日に長女が早々と形見を欲しがって妹の反発を買うが、この句はそれどころではない、まだ母親が生きているうちに、もう形見をもらうことを考えている。 むろん『東京物語』とは次元が違う。先の「朝顔や」の句が母との恋物語なら、この句は究極の母恋いというほかない。欲しいのは「今」着ているもので、そこには母の温もりがある。耕衣はまるで赤子のように、母と一体になりたいのだ。やがて「母の死や皺の冬着の我が前に」と詠まれるとき、母はもうその「冬着」を着ていない。 手を容れて冷たくしたり春の空 『冷位』 まず、春の空が映る水に手を入れる場面を思い浮かべ、そこから、「春の空」に手を入れるイメージに移行する。作者はたぶん、そのように発想したと思う。 ただし書かれた作品は、さらに別のイメージを引き込んでいる。一句は「手を入れて」でなく、「手を容れて」である。つまり人(作者)が「手」を入れたという行為でなく、「春の空」がその「手」を受容していることが主題になる。そして「春の空」が冷たくなるのは、「手」のほうが冷たいからだ。とどのつまり、「春の空」の暖かさがどうにも居心地悪いのである 地が天を偲び泣くなり秋の暮 『狂機』 『狂機』は、平成二年と三年の句を収録。平成三年に第六回詩歌文学館賞を受賞。同年、転倒による左大腿骨の骨折で三カ月入院したが、作句力は衰えない。 掲句は、なんともスケールが大きい。「天が地を」なら、せいぜい雨の見立てと思えばいいが、これは「天」と「地」が逆である。「忍び泣く」でなく「偲び泣く」だか ら、恋ではなくて追悼だろうか。「地」は生者、「天」は死者といった図式も成り立つが、「地」が「天」を見上げて泣くという擬人法は、そう簡単に像を結ばない。た だ、「秋の暮」の底無しの寂しさは伝わってくる。 擬人法は、耕衣の得意技である。一般的に俳人はこれを通俗な手法として嫌うが、耕衣によれば、擬人法には「人間感情の不易な卑俗性」が関わっている。人間と同じように笑ってみせる「鯰」も、「元来孤独な人間性」を引き受けているわけだ。先に述べたことに重ねていえば、擬人法もまた、みずからの「卑俗性」を対象化する方法にほかならない。「解説より」 白き蛾の老いて生まれて天の川 永田耕衣 この一句は、本書の百句には入っていない。 耕衣の俳句のなかでもとりわけ好きな一句である。 「老いて生まれて」が耕衣らしい。とも。 いつか仁平さんにこの句についても伺ってみたいと思っている。 今日の3時ごろに仁平さんからメールをいただいた。 本日、『永田耕衣の百句』が納品されました。ありがとうございます。 いろいろとお世話になりました。 お陰様で、いい本になったと思います。 今日はこれから、大宮で 辻井君のベートーヴェン『ピアノ協奏曲 第四番』を聴いてきます。 いいですね! どうぞよき夕べを。。。 仁平勝さま。
by fragie777
| 2022-07-14 19:11
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