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6月22日(水) 乃東枯(なつかれくさかるる) 旧暦5月24日
萱草(かんぞう)の花。 道の辺に咲いていて、ハッとその鮮やかな色で人目をひく花だ。 これは一重咲きなので「野萱草」というらしい。八重咲きは「藪萱草」と、歳時記に。 これは神代植物園に咲いていたもの。 ユリ科なので百合かなって一瞬おもうのだけれど、百合よりも野趣に富む。 わたしがこの花のまえでぼんやり立っていたら、初老のご夫婦がやってきた。 女性の手にはカメラ、男性は手ぶらで、散歩を楽しんでいる様子。 「百合だわ」と婦人が言う。 夫は黙って見ている。 婦人はカメラをかまえてシャッターを切る。角度を変えてふたたび切る。 わたしはためらったのであるが、 「萱草の花です」と小さな声で言う。 すると、婦人は、百合と呟いたことなどなかったかのように「萱草」と言ってふたたびシャッターをかまえたのだった。 そして何枚か写真にとって立ち去った。 婦人の写真フォルダには、今日の写真は「萱草の花」と明記されるだろう。 「百合」とは決して記されないだろう。 そのことを萱草とともに喜びたい。。 新刊紹介をしたい。 四六判ハードカバー装帯あり 198頁 二句組 著者の稲垣いつを(いながき:いつおさんは、昭和19年(1944)三重県北牟婁郡生まれ、現在は三重県鈴鹿市におすまいである。本句集は、前句集『樏』につぐ第2句集となる。昭和57年(1982)「狩」(鷹羽狩行主宰)に入会し、平成9年(1997)「狩」同人、平成30年(2018)「狩」終刊に伴い退会。平成31年(2019)「滝山」(桑島啓司主宰)入会、現在「滝山」同人。俳人協会会員。 のこぎりは押すよりもひけ山笑ふ 句集名となった一句である。発想に飛躍がある。のこぎりから「山笑う」の季語へと着地するのであるが、ものすごい飛翔力をもって飛んで着地した感がある。しかも「押すよりひけ」という中七が有無をいわさず、あっけらかんといっさいの言い訳を拒んでいる。この勢いある上五中七を「山笑う」という大きなどっしりとした季語が受け止めた。するどい突っ込みをみせながら前後にうごく動作をがっしりと大きな山がうけてとめている。そんな構図もみえてくる素晴らしい一句だとおもった。 担当の文己さんが好きな句を紹介したい。 菱の実のまあるくなりて流れ来し こがらしの村に十戸の灯がともる 厄日過ぐ小さき喧嘩を一つして 郵便屋さん待つ幾度も雪踏んで 青竹の箸ほめられて夏料理 秋刀魚焼く男ばかりの日曜日 初氷先に割られてしまひけり 良夜なることをまづ告げ電話かな 挙げられた句を読むと、作者の暮らしぶりやら心の置きどころがわかってなんだかほんわかしてくる。日常のささやかなことに心がとまり、それを一句にしているのだ。とてもささやかなことなのだけれど、季語と定型の力によって嫌味なく言い過ぎることもなく読者に伝わってくる。 郵便屋さん待つ幾度も雪踏んで 「郵便屋さん待つ」というのがいいなあ、常日頃から郵便配達員のことを「郵便屋さん」と親しく読んでいるのだろう。その親しみのある思いのままに、手紙かしら、あるいは待ち焦がれる吉報があるのだろうか、それを待っているのだ。この句「郵便夫待つ」ではなく「郵便屋さん待つ」と敢えて字余りにしたところに抑えきれない心の昂ぶりとあふれくる思いを感じる。そしてその待つ心は、雪を踏んで何度も家のポストを見にいくのだ。そしてがっかりして、もどり、また行く、まるで子どものようだ。玄関から家のポストがあるところまで少し距離があるそんな暮らし振りもみえてくる。 初氷先に割られてしまひけり この句は、著者の稲垣いつをさんも自選句にあげておられた。「初氷」は、読んで字のごとく初めてはった氷のことだ。氷を踏む感触ってある。それもその冬はじめてはった氷とくれば、また特別なものがある。作者は毎年その初氷を踏むことを楽しみにしておられるのだろう。家の近辺ではだいたいあそこに氷がはるな、などと頭の中で初氷がはる場所をマークしておく。で、いよいよその時が来たとおもったら勇んで出かけていく。頭の中で初氷の形や色を想定し、ううむ、だいたいこんな感じ凍っているだろうな、などと思ってちょっとウキウキしてくる。で、思っていた現場にたどりついたら、おお、何ということか、すでに誰かに割られてしまっているではないか。大いなる落胆とともに、足の裏がむずむずしてくる。割りたいよーって訴えているような。しばらく茫然として割られた氷を見つめ、そして仕方ないよと自身をなだめ、肩を落として帰るのだ。初氷に一喜一憂する作者のくらしぶり、いいなあって思う。平和であるということはこういうことだ。 跡形もなく飯場消え鬼やんま これはわたしの好きな一句。土木工事などで働く人たちが泊まって生活する「飯場」。工事がおわったのか、それとも中断したのか、大勢の男性たちが寝泊まりしていたその版場が跡形もなく、というのだから、作者の知らないうちになくなってしまっていた。作者の目には、かつてそこで働いていた男たちの汗臭い肉体や活気ある会話などが蘇ってくる。それらすべてがすでに幻影であるかのように消えてなくなった。あとにはなにもなくあっけらかんとした空き地が炎天にさらされている。そんな虚空に鬼やんまが現れた。喪失したすべてを満たすかのような存在感をもって。鬼やんまに焦点がしぼられていく。 わたつみのものも加へて若菜粥 これもいいなと思った一句。「若菜粥」は「七種粥」のことであり、正月の季語。お正月の七日目に、七草で粥を炊く。当然野山の草を摘んできて(買ってきて)炊くのであるが、作者はそこに「わたつみのものも」加えて炊くという。「わたつみ」は「海」の謂いでもあるから、海のものも加えるわけだ。「わたつみ」という言葉がお正月の粛々とした空気をそこねずにいいと思う。何をくわえるのかしら、海老とか蟹とかかしら。七草粥ってそんなにとびきり美味しいものじゃないから、わたしなど、ぜったい「わたつみのものも」加えてゴージャスにして欲しい。稲垣さん家に呼ばれたいな。。。。余談だけど、わたしはこの「七草粥」ってこれまで生きてきて自分じゃ作ったことない。どうしてって、七日目をいつも忘れるのと、そういう日本の繊細な行事が頭の中に入ってこないのよね。。。。先日に暮らしの日々をエッセイにされた素晴らしいご本をいただいたのだが、その著者の宇多喜代子氏に叱られてしまうかもしれないからここではナイショっていうことで。 ほかに、 道草の言ひ訳に提げ猫柳 青竹の青を盗みし蛙かな かかしかと見ればかかしの歩き出し 美しき表紙捨て去り初暦 喜寿を迎えたのを機に第二句集を上梓しました。第一句集『樏(かんじき)』は「狩」誌上に掲載された句ばかりでしたが、今回は「狩」時代の拾遺に、折々の句会で俎上に載せられたものも加えた、計三三六句を自選しました。題名は「のこぎりは押すよりもひけ山笑ふ」から。コロナが早くおさまり、山の鼓動に共鳴して笑い転げたい、という願いも込めました。 「あとがき」を紹介した。 喜寿を迎えられたのですね、おめでとうございます。 本句集の装釘は、君嶋真理子さん。 出来上がってきた一冊をみて、とても気持があたたかくなった。 句集名とよく響き合っている。 タイトルは黒メタル箔。 本が喜んで笑っているみたいでしょう。 よき一句なので、もう一度。 のこぎりは押すよりもひけ山笑ふ 上梓後のお気持ちを稲垣いつを氏よりいただいた。 『山笑ふ』の作業を終えて 一冊をまとめてみて改めて感じたこと、見えてきたもの。 俳句活動40数年間の中から336句を拾いました。これを通して改めて見えてきたのは、昔の作品の方にこそ案外、自分らしさが出ているのではということでした。垢抜けることなんて出来るはずないのだから、もともとの土臭さを大事にしろということに気付かされました。慣れるということはプラスにもなるしマイナスにもなるということですね。個性も感性もよれよれだなと強く感じてしまっている昨今、せめて好奇心くらいは衰えないよう心掛けて、土くさい俳句のために土くさい活動をこれからも続けていきたいと思っている次第です。 今後の俳句活動の方向性。 喜寿という言葉の響きはもちろん悪くはないですが、後期高齢者なんぞということばで括られてもいる年代です。覚束なさや由々しさを感じること少なからず。これは確かなことです。これからは、これからもと言うべきか、公の場への顔出しは少なくして、車の運転も控え目に、地域にどっぷりと沈んだ生活を目指します。田舎生活の中心に泥臭俳句を据えての生活、これがこれからの方向性です。 二年前にロートルの山友だちと、月に1回の「山友句会」を立ち上げました。次回が25回目。最近カナダからのメール参加者も加わりました。時には一献ということもあります。遊びをせむとや生まれけむです。少子化が進み、子どもたちの声があまり聞こえないのが、寂しいところです。 今の自分にとって俳句とは 三十路に入ってからの道連れの一つが俳句です。沢登りの立ち往生の時も、磯釣りでの油断大敵の時も、いつも俳句と一緒でした。その俳句も今や後期高齢者です。こんなことではと一年ほど前から、朝食前の5千歩散歩を始めました。句づくりにも体力が肝要と思ったからです。しかし夕散歩まではやらないし雨の日も無理はしません。悟り方が中途半端なんですね。でもこの緩々さこそが私と道連れの「らしさ」なんだと開き直っています。 喜寿をむかえられた稲垣いつを氏。 句集のご上梓、そして喜寿、おめでとうございます。 こころよりお祝いを申し上げます。 土臭い俳句、素晴らしいと思います。
by fragie777
| 2022-06-22 20:03
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