カテゴリ
以前の記事
最新のコメント
検索
画像一覧
|
6月16日(木) 梅子黄(うめのみきばむ) 旧暦5月18日
国立、矢川沿いにて。 わが家のちかくの畑にも石榴の木が一本あったのだが、一昨年だったか、ばっさりと剪られてしまった。 それがあった時はそれほど意識していなくて、花が咲けばああ花が咲いているといって見あげ、実がなれば実がなっていると見あげていた。 ちょうど畑の角にあって、そこを曲がることが多かったので、その石榴の木がそこにあることはわたしのなかで不動のものだった。、だから剪られてしまったときは、あるべきものがないという思いと、この角をどう曲がろうかしらと中心を失ったようなへんな感覚に捕らわれてその角を曲がるのもちぐはぐな気持のままに曲がった。いつもあるものがなくなるということ、それが人の世の条理であるならいいかげんそういうことに慣れないといけないのだが、わたしは決して慣れることはないだろう。 だからこうして、別のところで石榴に出会うと懐かしい気持がして見あげる。 もっともこの石榴の木も、もう10数年以上、毎年眺めてきたものだ。 この木もいずれ失われるかもしれない。 すでに共に見あげた人がこの世を去ってしまっている。。 あるいは、私自身が取り去られるのと、石榴の木が取り去られるのとどちらが先だろうか。 ふとそんな思いもよぎる。 石榴にとっても人間にとっても死は不意打ちでやってくるのだ。 新刊紹介をしたい。 四六判薄表紙カバー装帯あり 214頁 本著は、編者の向瀬美音(むこうせ・みね)さんが中心となって、世界中で俳句をつくる人たちの作品を歳時記別に編集収録したものである。本書は、歳時記版として「冬・新年」の句が収録してある。参加している方たちはアジア、アメリカ、ヨーロッパ、アフリカ等々より21か国の人たちの参加を得たものである。本書には俳人の櫂未知子氏が序文を寄せている。タイトルは「季語の力」。櫂未知子氏は、冒頭で、日本人と海外に暮らす人たちとの季語の感覚の違いを指摘しながらその国に暮らす人々への背景や状況へと思いを凝らす。抜粋して紹介したい。この序文は、向瀬さんによって、英語とフランス語に訳されている。ここでは日本語のみを紹介したい。 冬の夜や砂漠に包まれてをりぬ アブダラ ハジイ モロッコ在住の作者。おそらくは荒涼たる景色が広がっていたであろう「砂漠」。筆者はモロッコに旅したことはないが、ものの本によると、地中海性気候の土地がある一方で、サハラ砂漠へ続く乾燥地帯が広がっているらしい。この作品は地方色を濃く出していて、とても惹かれた。 「霜夜」の句で、次の作品にも心惹かれた。 霜夜なり亡命したる家族写真 カメル メスレム アルジェリア在住の作者。「亡命」という、日本人には馴染みの薄い厳然たる事実に驚かされる。この世には普通に生きてゆくこと自体が難しい土地があることを、この『国際歳時記』から教えられた。 ここ二年近いここ二年近いコロナ禍の日々にもめげず、この歳時記を世に問うことを決めた向瀬美音に対し、感嘆の念を禁じ得ない。皆が疲弊した、行く先が見えず、心がささくれた。しかしながら、彼女は俳句を、そして季語を通して、たしかなる一冊をもってわれわれに十七音の存在を知らしめようとしている。 ありがとう。厳しい状況下で、俳句の存在感を示してくれて。 敬称略だらけではあるが、感謝の念を込めて、わが序文としたい。 本文はこのような感じで組まれている。 本書のなかから、ひとつだけ季語を選んで紹介をしておきたい。 わたしたちに親しい「着ぶくれ」でいこう。 着膨れ[きぶくれ・kibukure] heavy layers of clothing / chaudement vêtu In order to prevent the cold, wearing multiple layers of clothes. Difficult to move. 着膨れてコロナ禍といふ長き影 the long shadow of covid — heavy layers of clothing バーバラ オルムタック/Barbara Olmtak (オランダ/Holland) 着膨れて地面に座る亡命者 chaudement vêtue et assise par terre — l’exilée イスマーヘン カーン/Ismahen Khan (チュニジア/Tunisia) すつきりと別れてからは着膨れず free from his possessive love — heavy layer of clothing シウ ホング- イレーヌ タン/Siu Hong-Irene Tan (インドネシア/Indonesia) 着膨れてまもなく茜さす時間 chaudement vêtue — bientôt le crépuscule エリック デスピエール/Eric Despierre (フランス/France) 着膨れて一つの旅の始まりぬ folding the heavy layers of clothing — beginning of the journey タンポポ アニス/Tanpopo Anis (インドネシア/Indonesia) 着膨れて雪はまた雪覆ひけり heavy layer of clothing — snow covering snow アドニ シザー/Adoni Cizar (シリア/Syria) 着膨れて君の体を発見す heavy layers of clothing — discovering your body ミレラ ブライレーン/Mirela Brailean (ルーマニア/Romania) 丸腰の魂もまた着膨れぬ different layers of winter clothes — my naked soul strati diversi di vestiti invernali — la mia anima nuda アンジェラ ジオルダーノ/Angela Giordano (イタリア/Italy) 嘘に嘘重ねとうとう着膨れぬ a tissue of lies — heavy layers of winter clothes mensonge sur mensonge — chaudement vêtue 向瀬美音/Mukose Mine (日本/Japan) 日本語の俳句がまずあって、それから英語、あるいはフランス語やイタリア語もある。 大事なことは、この歳時記に参加している世界の人たちが、この歳時記を喜んでいることである。自分の句が、日本語の俳句となって収録されている、ということが素晴らしいことなのである。 その世界中の俳句を愛する人たちの気持ちをうけとめて俳人の向瀬美音さんが、この歳時記を編集し世に出したのである。 その心意気が素晴らしいと思う。 版元は違うがすでに向瀬さんの編による「国際歳時記 春』(朔出版)によって刊行されている。 その続きとしての本書である。 今回は冬・新年の歳時記を編むことにしました。 まず、本書をまとめるにあたり、本書は日本語を母国語としない海外俳人を対象としているため、外国人に伝わりやすい季語を選びました。 海外で俳句に興味を持つ人間にとって、歳時記を入手することは困難であるため、その人たちの為に歳時記という形式にこだわりました。 日本では季語について深い考察がされ、また文化・体感として季語への理解がされていますが、この試みは「俳句を作ることを欲している海外俳人や世界へ季語を発信する」ことを第一義とし、まずは季語に触れ実作をすることを目的として開始したものです。作品がつたなくとも、多くのメンバーの俳句を収録することに全力を尽くしました。 季語の本意や文化的意味の理解については将来改善の余地が大いにあると考えていますが、季語の説明など、到ら到らない点は全て向瀬美音の責任にあるとし、ここにまとめました。 (略) 私たちのグループは主に、英語、フランス語、イタリア語に対応していますが、最近は投稿者の国がはっきりわかり始めた為、その国の言葉の持つ特有の感性の違いも少しずつ見えてきています。それが各々の俳句作品に表れるのです。例えば、インドネシアは俳人が多くいて、アジア的な感性を共有していると言えます。北アフリカの、チュニジア・モロッコ・アルジェリアなどは「詩人の国」と言われ、それゆえ俳句もとても詩的です。また、フランス語俳句は時に印象派絵画をみているような錯覚に陥ることも。かつてモネやゴッホが浮世絵に影響を受けるなど、一大ブームとなったのが「ジャポニスム」でしたが、今度は逆に西洋の俳句が印象主義絵画のような姿で日本に刺激を与えにやって来たようにも思います。彼らの作る俳句は絵画のように視覚に訴えるのです。 (略) コロナ禍のために郵送はままならないこともありますが、メンバーとは毎日オンラインで繋がっているので、できるだけ交流を続けたいと思っています。 メンバーの関心がますます季語に向かっている今、夏と秋版の歳時記の刊行も実現させたいと考えています。 また、「女性の日」「地球の日」「俳句の日」などの海外特有の季語もあります。海外の季語も集めて、外国語版の歳時記を作っても面白いと思います。俳句の国際化は奥が深くて面白いと感動を覚える日々です。 「あとがき」の一部を紹介した。 それにしても情熱がなければ出来ないことである。 向瀬美音さんについて、俳句を中心とした略歴すこし紹介しておきたい。 1960年、東京生まれ、上智大学外国語学部卒業。日本ペンクラブ会員、日本文藝家協会会員。 2013年頃から作句を始め、大輪靖宏、山西雅子、櫂未知子から俳句の指導を受ける。2019年、第一句集『詩の欠片』上梓。2020年、国際歳時記「春」。 現在、「HAIKU Column」主宰。俳句大学機関誌「HAIKU」Vol1[世界の俳人55人が集うアンソロジー] Vol5 [世界の俳人150人が集うアンソロジー]の編集長兼発行人。2020年『世界の俳人90人が集うアンソロジー』。 日本伝統俳句協会、俳人協会、国際俳句交流協会、フランス語圏俳句協会AFH、上智句会、「舞」会員、「群青」購読会員。 本書の装釘は、和兎さん。 薄表紙の造本である。 花切れはクリーム色。スピンは白。 未だ世界はコロナ禍で不安を抱えている日々です。投稿される俳句を読むたびに、その閉塞感が伝わってきます。コロナになる前は、広くて果てしないと思っていた世界でしたが、最近は人々の心はなんて近いのだろうと感じるのです。俳句を通してならば不安感さえ共有することができます。美しい自然(季語)を詠み発表することは、心の不安を吐露し、分かち合うことに繋がるのです。俳句にはそういう力があると実感する日々です。(向瀬美音・あとがき) 本の装画となっている水仙を詠んだ句を二句のみ紹介しおきたい。 水仙や香り強める夜の風 increasing strength of narcissus scent — night breeze タンポポ アニス/Tanpopo Anis (インドネシア/Indonesia) 水仙花川辺に影とゐる農婦 narcisse — au bord du fleuve, la paysanne flirte avec son reflet アブダラ ハジイ/Abdallah Hajji (モロッコ/Morocco) 今日の夕暮れの空。 優しいオレンジ色に気持ちがやわらぐ。
by fragie777
| 2022-06-16 19:26
|
Comments(2)
![]() ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
川上幸子さま
コメントをありがとうございます。 こもごもありがとうございます。 さっそく伺ってみます。 これからもどうぞよろしくお願いいたします。 (yamaoka)
1
|
ファン申請 |
||