ふらんす堂編集日記 By YAMAOKA Kimiko

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桂信子、そして岡本眸。。。

5月24日(火)  旧暦4月24日




桂信子、そして岡本眸。。。_f0071480_17160719.jpg

国立・谷保に咲いていた鉄線の花。


桂信子、そして岡本眸。。。_f0071480_17161200.jpg


作家の白洲正子は鉄線を切花にして毎年楽しんだという。
しかし、大事に育てていたかというとそうでもなく、簡単な棚をつくって放ったらかしにして、野生のままの状態にしておいたらしい。
「支柱など立てて、人工的に作りすぎたてっせんは、花器に入れた時、すこしも風情がないからである。」と記し、「そこへ行くと、のび放題にのびたてっせんの蔓は、こんがらがって始末に悪いかわり、ずばりと切って信楽の大壺に入れると、さながら桃山時代の襖絵のように、豪華絢爛に見える」と。さしずめこの写真の鉄線も伸び放題のさまをしている。こういう鉄線におめにかかることはあまりない。



 蔓までも鍛へ上げてよ鉄線花    凡  鳥

 かな女忌の来る鉄線の濃むらさき  殿村菟絲子

 鉄線の花の紫より暮るゝ     五十嵐播水





20日づけの毎日新聞の坪内稔典氏の「季語刻々」では、松波美恵句集『繕ふ』
より。

 やはらかき莢豌豆のすぢの青    松波美恵

坪内さんの鑑賞で、「軟化栽培」という語が出て来た。「ウドやネギなどの野菜類を日光に当てないで軟らかくする栽培法」とのこと。日光というのは野菜栽培にとって鉄壁だと思っていたので、そうかって思った。野菜のことなーんにも知らないのよね、ムシャムシャ食べるばかりで。






桂信子、そして岡本眸。。。_f0071480_17164532.jpg吉田成子(よしだ・しげこ)著『桂信子の百句』が出来上がる。百句シリーズの一環である。
すこし紹介しておきたい。
本著は、俳誌「草樹」(宇多喜代子代表)に吉田成子さんが、連載していたものをシリーズ用に編集しなおしたものである。吉田成子さんは、ふらんす堂刊行の『桂信子全句集』
の編集においてもご尽力をいただいた方だ。

 乏しきに馴れきよらかに年迎ふ   『月光抄』・昭和十九年作

昭和十九年といえば太平洋戦争の最中である。食糧や衣類、燃料など配給制度になり、国民は窮乏生活を強いられた。この句集は昭和十三年から二十三年までの作品をまとめたものだが、戦時をまるまる生きた信子に戦時下の状況や心境を詠んだ句が見当たらない。
だがその一端を覗ける作品が僅か一句ある。この大戦をどのように受け止め、どのように暮していたのか、当時の様子を想像させるのが掲句である。どんなに窮していても精神の均衡を保ち、高潔に過ごそうとする気持を込めた「きよらか」ではないか。

 山の鳥裏にきこえて夏座敷   『初夏』・昭和五十一年作

句集『初夏』には何気ない事柄に心を寄せた作品が多い。一見それがどうしたと言いたくなるようなありふれた事柄や情景である。それらの多くが二物衝撃の作品で、季語によって只事が只事でなくなっている。季語の選択が光るのである。しかもその季語がまことにさりげなくおさまっている。掲句はその一例で、「夏座敷」によって「裏にきこえて」が生きる。裏と座敷の組合せは敷地の広い邸宅をイメージさせ、家屋全体に漂う静けさが鳥声を際立たせる。

 治療には薔薇一本の花瓶も邪魔   『草影』・平成十一年作

八十四歳のこの年、転倒による大腿骨の骨折で手術をする羽目になった。その入院中の作品である。病院のベッド脇のテーブルは狭い。花瓶などの置場には確かに苦労するのだが、吐き捨てるような最後の「邪魔」は、早く完治したい強い気持の表われと見た。入院は三か月の予定が二か月で済み、周囲も驚く回復ぶりであった。
幼少期にスペイン風邪や急性リューマチを患って以来大病もなく過ごしてきた人である。思いがけない入院生活、一日も早く元の生活に戻りたくて、うずうずしていたに違いない。

解説では、著者は句集の順を追って、丁寧に鑑賞解説をしている。一部のみを紹介しておきたい。最後の部分を紹介しておきたい。


 大花火何といつてもこの世佳し
 九十の春いまだ知りたきことのあり
 往生に「大」をつけたき今朝の春

信子は『草影』刊行の翌年十二月に九十年の生涯をとじたが、右の作品は主宰誌「草苑」に発表された『草影』以後の作品である。自身が選んだ道を迷うことなく進み、存分に生きた人の満ち足りた晩年を思わせる。昭和十三年に日野草城の作品に魅せられて以来、六十五年余にわたる信子の作句活動は「物事の底にあって動かぬものを詠むべき」と言う信念に基づき、時流に乗らず、おもねらず、揺るがぬ自我を貫き通した。これは高潔に生きた桂信子の人柄と重なる。
 
本著の副題は「ゆるがぬ自我」である。カバー装画の梅の花の凛とした趣によく響き合っている。








お客さまがふたりご来社くださった。

松岡隆子さんと小川美知子さん。

松岡隆子さんは、俳誌「栞」の主宰であり、小川さんは編集にたずさわっておられる方だ。

今日は、これから刊行される「岡本眸全句集」の打ち合わせにご来社くださったのだ。
長年待ち望まれていた岡本眸全句集である。
生前の岡本眸先生から「全句集をつくって欲しい」というお言葉をいただいていたが、とうとうそのことが叶う日がやってきたかと思うと感慨深いものがある。
最後の句集『午後の椅子』をおつくりするときに何度も岡本先生にお会いした。そのときいろんなことをお話してくださったことをしみじみと思い出す。
全句集については大方のことは、岡本先生の信頼をうけておられた野路斉子さんに託されていたのだった。
今日は野路さんはご来社が叶わなかったが、野路さんのご意向をうけて、松岡隆子主宰と小川美知子さんが打ち合わせにいらっしゃったのだった。
松岡隆子さんには、もっか「栞」にて「岡本眸の百句」をいずれ1冊にすべく連載をしていただいている。
まもなく百回をむかえ、眸論を書き加えていただきそれも1冊にさせていただく予定である。

岡本眸の全句集を刊行出来ること、本当に嬉しい。
とてもとてもお作りしたかった一冊である。





桂信子、そして岡本眸。。。_f0071480_18470605.jpg

松岡隆子氏(右)と小川美知子氏。




岡本眸句集については、電話でも良く問い合わせをいただく。

多くの人に待ち望まれた全句集である。。

不肖yamaokaも頑張るつもり。166.png158.png








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by fragie777 | 2022-05-24 18:49 | Comments(0)


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