カテゴリ
以前の記事
最新のコメント
検索
外部リンク
画像一覧
|
5月10日(火) 蚯蚓出(みみずいずる) 旧暦4月10日
このところの寒暖のはげしさはハンパない。 昨日はかなり寒く、今日はよい天気である。 わたしの知り合いの人から聞いたのだが、少し前の寒暖のはげしさでベランダに飼っていた目高がすべて死んでしまったそうである。 ここ最近の気候は命あるものにはこたえるのである。 わたしたちの身体もきっと我慢をしているのだと思う。 と、ここまで書いてきて、今日は厚手のTシャツ一枚で仕事をしていたわたしであるが、すこし寒くなったのであわてて上着をはおったところである。 不調を訴える人も多いこのごろ、お互い気をつけて暮らしていきましょう。 「伊吹嶺」5月号をいただく。 この号で、加藤かな文さんが、荒川英之著『沢木欣一の百句』について、評を寄せている。 大胆な抜粋となるが少し紹介したい。タイトルは「正義について」 加藤かな文さんは、まず「細見綾子でなく、なぜ沢木欣一なのか」と著者の荒川英之さんに問う。「『伊吹嶺』で育ち、編集長として『伊吹嶺を牽引する荒川氏は、まず細見と向き合うべき、と勝手に思っていた。」と。 「しかし、荒川氏が満を持して上梓した『沢木欣一の百句ー思想詩としての俳句』はそんな私の疑問を一瞬にして吹き飛ばしてくれた。(略)沢木の句集は十二冊ある。(略)最も多く入集しているのは『塩田』だ。社会性俳句論争がわき起こる最中に発表され話題となった連作「能登塩田」をはじめ、石川県内灘の米軍基地化反対闘争を詠んだ作品も収録されており、「社会性俳句」の成果の一つとして注目された。刊行から長い時を経た現在、冷静に『塩田』に向き合うとき、滅びゆくものに対する愛惜の念を抑制した文体で描ききる写生の手腕、すなわち「即物具象」の深化を評価すべきではないか。と私は考えていた。ところがである。荒川氏の『百句』は、『塩田』以降の句集からも積極的に「社会性俳句」を紹介する。」 かな文さんは、ここで『塩田』以降の八冊の句集より一句ずつとりだしている。一句のみここでは紹介したい。 戦争の砂漠が写り蜆汁 『交響』 これらの句の解説文に「批評精神」「平和への祈り」『ヒューマニティ-」といった語彙を拾うことができる。また巻末の「思想詩としての俳句」と題された作家論で、沢木が生涯持ち続けた、虐げられた人々に対する共感について論じている。なぜ沢木なのか。その答えはここにある。荒川氏は、沢木を通して正義を考えているのだ。今さら、だろうか。いや、今だからこそ、とわたしは思う。戦争が始まった。社会の格差も広がるばかりだ。またマルクスが読まれているという。夜間定時制高校教師の荒川氏は、日々、貧困や移民という弱い立場の生徒たちに寄り添いながら、憤りを覚えているにちがいない、沢木のように。 「伊吹嶺」5月号の表紙裏には、本著の著者・荒川英之氏の写真が掲載されている。 剣道着姿の凜々しい荒川氏である。 本ができあがるまでメールのやりとりのみでお目にかかったことない荒川英之氏に、「まあ、はじめまして」とあらためてご挨拶をしたのだった。 今日は、目下句集の編集をおすすめている田口茉於(たぐち・まお)さんがご来社くださった。 造本や装幀などのご相談に見えられたのだ。 担当の文己さんが対応。 田口茉於さんの句集は第2句集となる。 第1句集『はじまりの音』につぐものである。 田口茉於さんも編集者である。 「NHK俳句」の編集のお仕事をしておられるのだ。 所属結社は、「若竹」(加古宗也主宰)。 いろいろ句集の見本をご覧になって、造本を決められたのだった。 田口茉於さん。 「前の句集から何年経ちましたっけ?」 「なんともう16年も経ってるんです」 「ええっ!!もうそんなに。つい昨日のことのようだったけれど…」 「わたしもそう思うんです」と茉於さん。 『はじまりの音』は2006年の刊行だからまさに16年である。 それにしては全然変わらずに若々しいまるで学生さんみたいな田口茉於さんである。 お母さまは、俳人の田口風子さん。俳誌「若竹」の編集長さんだ。 「茉於さん、「NHK俳句」のお仕事はどうですか?」と伺うと、 「とても楽しいんです」と顔をかがやかせた茉於さんだった。 神代植物園に咲いていた「橡の花」
by fragie777
| 2022-05-10 18:42
|
Comments(0)
|
ファン申請 |
||