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4月26日(火) 旧暦3月26日
今朝のつつじ。 空は曇っていたが、つつじは鮮やかだ。 白つつじ。 大型連休を目の前にひかえて、ああ、どのように過ごそうかなあ、近くの公園などにいって鳥をみたり草木をみたり、あるいは録りためておいたビデオを見たりして、まったり過ごそうかなあって思っていたのだが、いろいろと用事ができて遠出(車であるが)をすることになりそうである。 まあ、それも休みでなければできないことなので、いいのかな。。。。 こうみえて、案外、家でごろごろしているのが好きなyamaokaである。 いま、家でごろごろしているって書いてみて、この「家でごろごろしている」ってなんかいい表現だなあって思った。 「ごろごろしている」のだから、家の中で立っているのではなく、横になって寝ているのであるが、「ごろごろ」だから静止しているわけではなく動いているのである。 あっちへごろごろ、こっちへごろごろ、なかなか活動的である。時には寝てみたり、ときには本を読んでみたり、時には猫をお腹の上に乗せてみたり、しかし、ごろごろだから基本的には、力がぬけている。いつも立って活動をすることの多い人間には、この「ごろごろ」が必要かもしれない。力はぬけているけど静止という硬直状態ではない。 時間がゆるす限りにおいてこの連休「ごろごろ」することにした。 「ごろごろ」万歳。。。である。 新刊紹介をしたい。 四六判ハードカバー装帯あり 150頁 三首組 著者の横内進(よこうち・すすむ)さんは、昭和9年(1934)山梨県韮崎市生、現在もおなじところにお住まいである。35年間教員をされ退職後は生地に帰り農業に従事されておられる。定年退職後に短歌と出会い、農作業に従事するかたわら作りつづけて来られた横内さんである。本歌集は、その短歌をまとめて一冊としたものである。跋文をおなじ短歌会「長津田短歌会」に所属する徳山八邨氏が寄せておられる。徳山八邨氏は、2016年にふらんす堂より歌集『歌筵』を上梓しておられる歌人である。 徳山氏は本歌集について、短歌を鑑賞しながら本歌集全体の解説をされている。この跋文を読めば本歌集の全体像がよく見えてくる。タイトルは「農業人として詠う」。 抜粋して紹介をしたい。 米作り八十七年の人生は妻と肩組む二人三脚 歌集名の採られている巻頭の一首に、本歌集の基調をなす事柄が的確に詠われている。「米作り」「妻と肩組む二人三脚」は、平易ながら本書全体に流れる著者の愛と願いの表現である。「八十七年の人生」とともに、飾りなく著者の大きな思いと大切な事実がそのまま詠われていて、余すところがない。 まさにこの歌集は、「妻」なるまつ子夫人ととも農事にたずさわる日々を日記風に短歌に詠んだものである。と同時にいまは亡きまつ子夫人なきあとの日々を短歌によって記している。目次のおおきな章立ては、「二人三脚」「野山を詠う」「いろいろな行事」「学校」「旅にて」「日々を詠う」「別れ」となっている。最後の章は、まつ子夫人の入院、手術、回復、急逝、その後などがリアルに詠まれている。 また、農作業にかかわる短歌などは実に生き生きと詠まれている。ふたたび跋文より。 黄金に実った稲穂味見する特等米に妻と夢見る 右の歌には、秋を迎え二人三脚の成果は如何と、ともども胸躍らせる心情が素直に詠われていて、実にいい。農業生産者にしてはじめて詠うことのできる豊かな世界だと思う。私の好きな歌の一つだ。(略) 刈り田にて藁焼く煙り見上げつつ新穀感謝の両手を合わす 収穫後の田にたなびく煙にはもの悲しい美しさがある。とともにそれは、嗅覚にも言いしれぬ懐かしさ・寂しさ・そして温かさを訴えてくる不思議な漂いである。著者はそのたなびく姿に対し、そして一年の労働の場でもあった煙たなびく収穫後の田に向かって、新穀感謝の手を合わせるのである。農業人としてまさしくそういう敬虔な気持ちに導かれるのだろうと思わせてくれる、好もしい歌だ。 担当は文己さん。 水田に植えた早苗の清しさに体を起こしじっと見返す 農道を歩む姿勢は前のめり「体起こせ」と妻の一声 朝焼けの富士に向いて合掌す我が家の朝の伝統行事 日に三度洗濯機回す生活に野良着の袖口綻びており 悲しみは愛であると悟る今日も写真に向い合掌の日々 タンス引く靴下の上に「冬用」と妻のメモあり涙を誘う 農道を歩む姿勢は前のめり「体起こせ」と妻の一声 この短歌、わたしも○をつけたもの。まつ子夫人の一喝がいい。「体起こせ」の声にハッとして姿勢をただす作者の姿がみえるようだ。この状況を一首にする横内さんの妻への心の態度も見えてくる一首である。よきご夫妻でいらしたんだなあと。土を耕して命をそだてる人間の気構えがみえてくる一首だ。 日に三度洗濯機回す生活に野良着の袖口綻びており 本歌集は、愚直とさえ言えるような日々の出来事を日記のように詠む実直な詠みぶりの短歌である。それゆえにストレートに読者の心に短歌がとどく。この短歌など、簡潔に報告されているが、野良仕事にいそしむ人のありようがまさに具体的にわかり、その大変さにも思いがいく。そうなのか。。 悲しみは愛であると悟る今日も写真に向い合掌の日々 「別れ」の章にあるこの一首、わたしも立ち止まった一首である。手術も成功し、回復を予測していたはずなのに突然の急逝。茫然自失する作者。葬儀にも心ここにあらずといった状態。悲しみのどん底の日々。「体起こせ」と叱ってくれる妻はもういないのだ。二人三脚でここまでやってきたのに。。そんな嘆きの日々のはてに「悲しみは愛であると悟る」。この一首には、妻の死を受け入れ、心静かに遺影に向き合う横内さんの姿がある。悲しいけれど、それは愛ゆえなんだと。本歌集を読むわたしたちもホッとして安堵する。 タンス引く靴下の上に「冬用」と妻のメモあり涙を誘う 愛情深いまつ子夫人だった。細やかな心遣いが残されているが、妻はもういない。あらためて悲しくなる。 校正者の幸香さんは、「越冬の畑に咲いたホトケノザ鍬を振り上げ深い根を抜く」。 みおさんは、「梅雨に入り梅は色づき畑に落つ拾う人なくまた雨が降る」。 私は農家の生れです。子供の頃から両親の仕事(農業)を見ながら育ちました。農業の仕事は種類が多く一人でやるより多くの人の力を借りてやる方がより成果が上りました。そこで大事なことは他人の理解と協力です。妻(板山まつ子)は結婚(昭和四十三年)を契機に教員の仕事の合い間をぬってよく仕事を手伝ってくれました。学校でやった運動会の競技種目「二人三脚」と同んなじと考えてこの題名と決めました。 今日まで農業(米作り)を続けることが出来たのも偏に妻の理解と協力があった賜ものです。(略) 歌集には、歌筵・長津田・そしてみぎわの三歌集に提出した短歌約六百首の中から二百八十三首を抽出したものです。主なる短歌は農業に関わるものを載せてあります。一年を通しての四季の作品や学校関係・区長・行事・旅なども収めました。特に令和元年最愛の妻との別れに係わる短歌は多く収めました。(略) 「あとがき」を抜粋して紹介した。 本歌集の相談にみえられた横内さんは、一枚の写真をもってこられた。 そして、その写真を歌集のカバーに使いたいと切望された。 作者のご希望を装幀の君嶋真理子さんが、その通りにデザイン処理をしてくれたものが本歌集である。 帯の細さにもこだわられた横内さんである。 軒下を朱色に染める枯露柿は妻の巧みな皮剥にあり この一首に詠われている景である。 一心不乱に柿の皮剥をしているまつ子夫人。 横内さんにはこの写真への思い入れがひとしお強く、実は色校正を出してもなかなか気に入ってもらえずやり直しを繰り返した。 途中印刷屋さんも頭をかかえたのだが、あきらめず頑張ってもらい、やっと納得する色合いに仕上がったのである。 表紙は、柿をおもわせるような色。 扉も柿色に。 活字は大きめに。 味噌汁を一口飲んだ此の旨さ妻には言わず仕事で返す 言葉の技巧もさることながら、短歌で何より大事なのは真実の心の表現だとつくづく思った。さらに著者は二人三脚ぶりを詠い、また、二人での静かなひとときを詠うのである。(徳山八邨・跋文より) 本歌集に口絵としていれた横内さんご夫妻である。 日を決めて共に歌詠み四十年傘寿を祝い歌集の発行 「日々を詠う」の章の最後におかれた一首である。 あまり、家でごろごろしていると「体起こせ」と天から一喝されるかもしれない。
by fragie777
| 2022-04-26 20:13
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Comments(2)
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オスカー
at 2022-04-29 12:34
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こんにちは。
横内さんご夫妻の姿に亡き両親を重ねてしまいました。ほぼ同世代で同じ山梨の方! ころ柿は母が好んで食べていました。ウチの両親は農家ではなく商売をしていたのですが、ふたりで働き休むのは元日だけという年月だったと思います。 記事投稿の日付も私の誕生日だったので、リストにから「ちゃんとしろし!」と言われたような気がしました。ありがとうございました。
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fragie777 at 2022-04-29 20:13
オスカーさま
そうでしたか。 4月26日、お誕生日でいらっしゃったのですね。 あらためましておめでとうございます。 オスカーさまのご両親もきっと仲がよろしかったのでしょうね。励まし合いながら生きてこられたのだと思います。 横内さんもご夫婦で働きながら、頑張ってこられたのでした。 コメントをいただき、わたしも頑張っておりますので、励まされました。 ありがとうございます。 (yamaoka)
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