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4月22日(金) 旧暦3月22日
昨夜に出会った犬。 仕事をおえて立ち寄ったクィーンズ伊勢丹の入口で飼い主を待っていた。 犬のやさしい表情にこころがとまった。 「ワンちゃん!」って声をかけてみた。(もうちょっと違った呼び方をしろよって、そうなんだけど思いつかなかった。。。) わたしのこと、気づいたみたいだけれど、 こんな風にして、絶対わたしを見ない。 目を合わせようとして、「ワンちゃん!」ってもう一度よびかけたけれど、知らんぷりだった。 ご主人以外には人間は存在しないみたいだ。 (そうなのか……) わたしはすごすごと立ち去ったのである。 昨日、『大牧広全句集』の表紙の箔押し見本が送られてきた。 なかなかいい感じである。 連休前に見本を小泉瀬衣子さんにお納めして、実際の出来上がりは、5月半ばとなってしまいそうである。 製本屋さんは頑張ってくれているのだけれど。。。 新刊紹介をしたい。 著者の高松武雄(たかまつ・たけお)さんは、昭和17年(1942)宇都宮市生まれ、現在は神奈川県横浜市在住。平成23年(2011)NHK文化センター横浜ランドマーク教室にて俳句を学び、平成24年(2012)「鷹」入会、平成30年(2018)「鷹」同人。 「句集『風花』は、平成二十四年十月号から令和三年十二月号までの鷹誌に掲載された俳句三百四句と鷹誌番外の俳句二十句を収めたものです。」と「あとがき」にある。序文を「鷹」の加藤静夫氏、跋文を志田千惠氏が寄せている。 加藤静夫氏は、高松さんの第一章から第五章まで、学びの時間軸にそって句をとりあげ丁寧な鑑賞をされているが、ここでは最後の章にふれたところを紹介したい。 礼状を書ける初秋の絹目箋 菩提寺の襖うからの長となる サテライトオフィス出づれば春の土 そして最終の第五章。 基本の「型」が身に付いているからこそ、句またがりに挑戦してもリズムに狂いが生じない。就中、二句目は「菩提寺の襖」と「うからの長となる」との間合いが絶妙。法事の席で親族の顔を見渡しながら、いつしか自分が一番の年長になってしまったと感慨に浸るようすが過不足なく描かれている。 門川の濁りて速き秋日かな 句集『風花』、鷹誌掲載句掉尾の句。 台風一過の川だろう。まだ濁って速い流れにも穏やかな秋の日差しが降り注ぐ。災害の多い日本だが、恐れているばかりではなく、冷静に情景を描写する俳人がここにいる。 跋文の志田千惠氏は、やさしい眼差しで高松武雄さんの歩みをみつめておられる。 武雄氏は、定年を機に俳句を始められた。 講師として最も気を使うパターンである。それは、現役時代のプライドに身を固め、自作への批判は即、自分を否定されたと取ってしまう「駄目出し」に免疫の無い人達が実に多いからである。 そんな一抹の不安を他所に、颯爽と現れた武雄氏は、あらゆる事に素直で気力に満ちていた。「仰有る通りです」とまるで木が水を吸う如くたちまち俳句の詩型に馴れ、みるみる上達して行く様を目にするのは嬉しいかぎりであった。(略) 季語への飽くなき探究。それはまるで、歳時記という遊び道具を手に入れた少年の如く忽ち独自の世界を作り上げて行った。 雁風呂や長子戻りし蜑の家 かくして平成最後の鷹新年句会に於いて、小川軽舟主宰特選の句をものにするのである。 「雁風呂」という季語を巧みに使い熟している。と絶賛され、ここに日頃の努力が高く評価されたのであった。 曙光差すフランス窓や淑気満つ 令和となった今、武雄氏の飽く無き挑戦は止まる事が無い。次々に開いて行く窓には、どの様な世界が見えて来るのであろう。 本句集の担当はPさん。好きな句をあげてもらった。 雷鳴の庭潤さず去りにけり 星飛ぶや稜線暗き奥穂高 水仙の揺れ止まずして暮れにけり そら豆や心たひらになる夕餉 春月の磨きたるらむ象の牙 雷鳴の庭潤さず去りにけり 格調のある一句だ。「雷鳴」は「雷」の傍題。同じ傍題の「遠雷」はよく詠まれるし名句も多いが、「雷鳴」の句は多くはない。有名なところでは、佐藤鬼房の「愛痛きまで雷鳴の蒼樹なり」という句があり、心につきささるような一句である。高松さんのこの句は、もうすこしたんたんと詠まれている。しかし、雷鳴の存在感は十分だ。大きな音をとどろかせ雷鳴が地をふるわせた。すさまじい雷雨となるかと覚悟をしたが、大した雨ともならず去ってしまったのだ。やや拍子抜けな感がある。「庭潤さず去りにけり」という措辞が、雷鳴そのものに大いなる人格があるようなかまえたフシがあってそれが味わいふかいものにしている。乾いた庭に雷鳴が去ったあとの余韻が残っているようだ。頭から一気に読み下し「けり」どめの叙法が句に時間の流れと勢いをもたらした。 水仙の揺れ止まずして暮れにけり わたしも好きな一句である。詩情を感じさせる句だ。水仙は揺れやすい花だ。小さな風にも揺れる。作者の家の庭のかたすみのいつも見えるところに咲いているのだろうか。朝、家の中からみたときに水仙が揺れていた。しばらくして何かの拍子に水仙をみると同じように揺れている。水仙にとらえられた心がある。昼にもみた。ああ、揺れているな。夕方近くになって庭に降りてみるとやはり揺れている。こんな風に水仙をみながら一日が暮れてしまった。風に揺れている水仙のみを詠んでいるようにみえる一句であるが、水仙に心を寄せてくれてゆく時を思う作者の静かなたたずまいが見えてくる一句だ。 そら豆や心たひらになる夕餉 「そら豆」の季語がいい。「そら豆」のみどりいろ、まるいかたち、ほのかな甘みとあわあわとした味わい、小さすぎず大きすぎず、するっと口のなかにすべりこむ。 そら豆は人をやさしくする魔法をもっているかのような豆である。夕餉にそのそら豆が配されていた。作者のこころはそら豆に止まった。(おお、そら豆か…)ややぎすぎすしていた気持ちもそら豆を見、口に含んだだけで「心たひらに」なってきたのである。この「心たひらに」の「たひら」にがそら豆の形状とも響き合ってとてもいい。やさしくでもなくおだやかでもなく、「たひら」の発見が詩となった。わたしは思うのだ、世界中のみんながそら豆をたべるといいのにって。そうしたら心が平らに平和になって戦争などおこらないかもしれないって思うのだけれど。。。。 羅の刀自に濃茶もてなさる これはわたしが面白いと思った一句である。季語は「羅(うすもの)」。面白いとおもったのは、この「刀自(とじ)」の用い方だ。「刀自」ってすぐわかります?余談であるが、わたしの家は神道なので、この「刀自」ということばを冠婚葬祭ではよく使う。しかし、どうやら神道独自のことばではないらしい。ということがこの一句で知った。広辞苑によると、いくつかの意味があるようだが、ここではたぶん「主に年輩の女性に敬意を添えて呼ぶ語」の謂いだろう。巧い使い方だと思う。羅を召したやや年輩の女性が「刀自」と呼ばれることで品格を増し、端正なものごしの上品な女性となった。「濃茶」とあるからお茶席なのだろうか。「刀自(とじ)」というかたい響きがその席をゆるぎない気が支配するものとしている。 四十余年にわたるサラリーマン生活に別れを告げた後、さて余生をどのように過ごすか、以前から考えていたことは「これまで携わって来た仕事とは全く関係のないことをやってみたい」、ということでした。それでまず始めたのが俳句作りです。 俳句とは何の縁もない人生を過ごして来た自分ですが、学校で習った芭蕉や一茶、蕪村の俳句には惹かれるものがありまして、ただそれだけで、確たる考えもなくNHK文化センターの俳句教室に通い始めました。またその翌年には同教室の受講生に勧められて俳句結社「鷹」に入会しました。俳句教室に通い始めてから、令和三年十一月で、十年と半年余が過ぎました。俳句作りは今後も続けたいと思っていますが、この辺りで俳句に一区切り付けたいという思いもあり今回句集を作ることにしました。(略) 教室の方々、鷹俳句会の方々など多くの方々のご厚意に恵まれて続いた俳句作りの十余年と思っております。これらの皆様方に改めて心よりお礼を申し上げます。 「あとがき」を抜粋して紹介した。 タイトルの「風花」は、「風花をワイン抱へて戻りけり」による。 本句集の装釘は、和兎さん。 色をおさえた一冊となった。 扉。 全体的に品のいい渋さである。 花布は、深いグレー。 栞紐は、グレー。 涼風や万年筆の黒光り 「型」を信じ、対象に素直に向き合おうという健気なようすが見て取れる。 俳句が好きさでありさえすれば、俳句は決して高松さんを見捨てることはない。(加藤静夫) 本句集を上梓後のご感想を高松武雄氏にいただいた。 (1)本が手許に届いた時の気持はいかがでしたか。 自分の句集ながら、見た目は悪くないと思いうれしく思いました。 (2)初めての句集に籠めたものはなんですか。 自分の俳句のレベルは自分がよく承知しており、このようなレベルで句集を出すなどおこがましいのではないかと思いつつ出版の準備をしてきたのですが、句集を作って全く思いがけないよいことがありました。それは、この九年余の間に作った自分の俳句を読み返すと一句、一句その句を作った時の、場面、回りの景色、共にいた人々等々が、思い出されるということです。句集が人生のよい思い出になるということですね。 (3)今後の句作への思いをお聞かせください。 たかだか十年間の俳句歴ですが、句集を出して何となく一段落といった感じです。俳句はこれからも楽しみたいという気持はあり、一段落したところで、これからはもっと気楽に俳句を作ろうと思っています。 「句集が人生のよい思い出になる」とは句集作りをお手伝いさせていただいた版元としては嬉しいお言葉です。 高松さま、さらに第二句集上梓へむけて、ご健吟をなされてくださいませ。 今朝の道すがらにみかけたつつじ。 夏はもうすぐそこに来ている。
by fragie777
| 2022-04-22 20:41
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Comments(2)
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