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4月10日(日) 鴻鴈北(こうがんかえる) 旧暦3月10日
紫木蓮が花ざかりである。 写真、ちょっとしつこいかしら。。。 紫木蓮家の中よりもの問はれ 岡本 眸 紫木蘭いちにち蔵を開け放つ 大石悦子 今日の第14候は「鴻鴈北(こうがんえる)」である。 「くらしのこよみ」によると、 冬を過ごした雁が北国へと去っていきます。雁は「かり」とも読んだり、また鴈と書くこともあります。季節の訪れとともにその姿を現す候鳥(こうちょう)として、春に飛来し秋に去る燕と対をなして暮らしや文学の上で親しまれてきました。群れをなして生活し、連なって飛ぶ様子がしばしば見られます。 とある。 季語では、おなじ意味として「鳥帰る」や「鳥雲に入る」「引鴨」のなどがあるが、わたしが問題(?)にしたいのは、「連なって飛ぶ様子がしばしば見られます」とあるところ。 実はわたしはこの「様子」をまだ一度も見たことがないのだ。写真や絵などでは目にしたことはもちろんあるが、あの鉤型というのかしら、あれをこの目で一度はみたいものであると思っているのだが、ないのだ。どうやったら見られるのだろう。それこそ、仙川に飛来した鴨たちもつぎつぎと帰っていく。でも、わたしは彼らが帰って行く現場を目にしたことがない。 朝早く旅発っていくのかしら。そうしたら寝坊のわたしは絶対みられない。 あるいは夜中に? 長い距離を渡っていくわけでしょう。途中で休んだりしないのかしら。気流をつかまえて楽々といくのかなあなんてもう何年も生きてきたひとかど(?)の大人なのに全然なにもわかってやしない。どんな思いをして渡ってきて、どんな風にいつ帰るのだろう。帰るのを決めるリーダー格の鴨がいるのかしら。 仙川も鴨たちと一方的に仲良くなって、そんなことがやけに気になりだした。 調べよう調べようって思って忙しさにかまけて日が過ぎてしまった。 どうなんだろうなあ。。。。 田中裕明・森賀まり著『癒しの一句』より、3月24日付けのもの。田中裕明さんの鑑賞である。 鳥雲に入るおほかたは常の景 原 裕 春、北方へ帰る渡り鳥の群れが雲間に見えなくなることを「鳥雲に」「鳥雲に入る」という。 「鳥雲に入りて松見る渚かな 白雄」「雲に鳥人間海に遊ぶ日ぞ 一茶」という江戸期の作がある。 帰雁、引鴨などの季語は、その鳥の姿がありありと目に浮かぶが、「鳥雲に」の場合はもちろん実景はあるのだけれど、それとともに帰っていく鳥への感傷もふくんだ奥行きの深い言葉である。 その鳥の姿から、視線をおろして地上に目を戻せば、山も野も、家々もかわりのない景色である。天上の鳥に比べて、人間の為すことのなんと小さなことよ。ニヒリズムの気配もあるが、それよりも、生活者のすこし諦めまじりの肯定がかんじられる。 作者原裕は昭和5年(1930)茨城県生れ。自然と人間諷詠にバランスのとれた作風を持つ。同じ季語で「雲に入る鳥あとかたもくなりし」もある。淋しい季節があるのではなくて、さびしい人間がいるだけなんだなあ。 掲出句は句集『青垣』(昭和51年)刊行。(鳥雲に入る・季語) 今日の昼食。 くせになってしまったフレンチトースト。 (バニラエッセンスも買ったことだし) あまったフランスパンでやってみた。 手前のサラダは夕べののこりもの。 たことパプリカとインゲンとコリアンダーをバルサミコ酢とオリーブオイルで和えたもの。 パプリカは、軽く焼くと美味い。
by fragie777
| 2022-04-10 22:22
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