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4月5日(火) 清明 旧暦3月5日
![]() 仕事場への途上、クイーンズ伊勢丹前の遊園地の桜は、桜散るただ中だった。 花びらを身体で受けながら、桜散るなかを歩いて行く。 見あげれば、まだ美しい桜が朝の日にかがやいていた。 ああ、来年もまたこうして桜をみることができますように。。。 ふらんす堂のホームページに新しい連載がはじまった。 詩人・そらしといろと歌人・松野志保によるつれづれ連載。旅の出来ない日常から抜け出してふたりの作り出すキャラクターが架空の世界を旅します。 SNSで知り合った顔の知らないふたりが、ひとりは最北から、ひとりは最南端から――果たしてふたりは世界の真ん中で出会うことができるのか。手紙のように作品を交換して一歩ずつ近づいていくふたり。 月2度の静かな熱の交換をお楽しみに。 スタッフPさんが力をいれている企画である。 顔をしらない者同士が、北と南の果てから出発して手紙のように作品を交換して、やがて出会う、、、ハズ。。。 Pさん曰く、ふたりがそれぞれ創り出したキャラクターであり、作品をとおしてベールを脱いでいく、それはお互いにとってもそうであり、読者にとってもそうである。ということ。 一緒にドキドキしながら旅をしましょう。とPさん。 お互いに二人の出会う、距離計もついているということ。デス。 「ふらんす堂通信172号」の編集ただ中である。 今日は助っ人の愛さんがやってきて、校正をしていく。 今号は、たくさんの記事があり読み応えがある。 新しい連載がはじまった。 フランス文学者の高遠弘美さんによる「わたしのプルースト」。 高遠さんは、目下マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』(光文社古典新訳文庫)の翻訳をされていて、すでに7冊が刊行となっている。 以前、「ふらんす堂通信」にプルーストに関するエッセイを貰ったのであるが好評だったので、大学のお仕事を定年退職をされたのを機に「プルースト」について書いてみませんか?とお願いしたのだった。 実は高遠さんとは同級生で、おなじ大学で弓削三男先生の下でプルーストを学んだという縁がある。 しかし、わたしはきちんと授業に出ていただろうか。 まったくもって不肖の学生であった。 高遠さんは、前の席に座っていて、いつも弓削先生から指名されて訳していた。 その高遠さんのうしろ姿はいまでも覚えている。 わたしは大学卒業とともにプルーストのことは忘れ去った。 しかし、こうしてある歳月を経て「ふらんす堂通信」に高遠弘美さんによって、プルーストのことが語られ、しかもプルーストの美しいフランス語が掲載される、ということに驚きつつ、喜びを感じている。 同じ学窓でまなんだあのなつかしい時間が蘇ってくるようだ。 4月2日付けの東京新聞の夕刊の日和聡子さんによる「詩の風景」に、河津聖恵詩集『綵歌』が取り上げられている。 タイトルは「過去の気配」。望月游馬詩集『燃える庭、こわばる川』(思潮社)と一緒に。 詩集『綵歌』について、紹介しておきたい。 河津聖恵著『綵歌』(ふらんす堂)は、江戸時代中期の絵師・伊藤若冲’1716ー1800)の絵をモチーフに書かれた連作をまとめた詩集。序章から終章までの6章から成り、三十篇を収める。巻末には著者自身による全作についての解説が付される。書名は若冲の〈三十幅の花鳥画の題名「動植綵絵」〉から採られているが、収録作モチーフとなるのはそれに限らない。若冲の数々の作品に触発されて書かれた詩の一編一編が、著者の感動や想像、イメージ、考察などを映し出し、巻末の解説や図版等とともに、伊藤若冲とその作品の魅力を新たな角度から伝える役割も果たしている。 今日は、ずっとゲラを読み続けている。 まだ終わらない。 徹夜しても終わらない。 しかし、徹夜はしない。 明日またやろう。 わたしがゲラを読み続けている間中、桜は散り続けている。 帰るときにクイーンズ伊勢丹前の桜をふたたびみて見よう。
by fragie777
| 2022-04-05 19:42
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